04 また入院
目が覚めた。
まずその事に疑問を抱く。
何故今自分は生きているのだろうか。
仁はうっすらと開いた目で、天井を見つめる。
ここが死後の世界でもない限り、病院に見えた。
つまり、あの状況で友軍が間に合ったのだろうかと考える。
それは何とも奇跡的なタイミングとしか言いようがない。
まるで奇跡のバーゲンセールである。
身体を起こす。
鈍った具合から推測になるが、三日か四日は眠っていたのだろう。
手探りでナースコールのボタンを探り当て、押し込む。
その一仕事を終えて再び仁はベッドに倒れ込んだ。
宇宙漂流の時間も含めてこれはリハビリが大変そうだと思う。
もしかしたら再生治療した方が復帰は早いかもしれないとさえ。
いやいや、そんな簡単に身体を乗り換えるかのような使い方は、と自分の中で人間らしいところが嫌悪感を示す。
「中尉! 目が覚めたんですか?」
ぱたぱたと駆け寄る足音。
騒々しい奴だな、と思いながら仁は声の主を見上げる。
「よう軍曹。まだ生きてるみたいだな、俺」
顔見知りを見るまで、1%ほどはあの世を疑っていたのだが現世で良かったと安堵する。
「衰弱してて大変だったんですよ! 一週間も目が覚めないですし!」
「あー一週間だったか」
少しばかり見込みが外れたと舌打ち。
「……ところで何でお前がいるんだ軍曹」
「反応遅いです」
見れば軍服ではなく、相当久しぶりに目にする私服だ。
これはつまり、ちょっと仕事帰りにお見舞いに来たわけではなく結構がっつりと面倒見てくれていたのではないだろうか。
「仕方ないじゃないですか。中尉、澪ちゃん以外に身内居ないですし」
「澪は、大丈夫なのか?」
「うちで預かってます。『また病院なの? おとーさん病院好きだね』って言ってました」
何だろう。ちょっと寂しい。
別に泣いていて欲しかったわけではないのだが、そこまであっさりされるとそれはそれで。
とりあえず。
軍曹に物申したい事があった。
「似てねえ」
父親としては今の物真似は0点だ。
澪の愛らしさを欠片も表現できていない。
「煩いですよ。っていうか澪ちゃん淡泊過ぎません? 実は嫌われているんじゃないですか。おとーさん?」
ダメだしされた事が悔しいのか。
嫌味ったらしい口調で「おとーさん」を強調してくる。
「ばっか。信頼されてんだよ」
「病院から必ず帰ってくるって?」
「そうそう」
などと頭の悪い会話をしていたら看護師が駆け込んできて軍曹は追い出されていった。
その後検査やら何やらを受けて。
主治医からは、
「二週間近く身体を動かしていない人間とは思えない程に健康だね」
とお墨付きを貰った。
とは言え身体は大分固まっているので医療用ナノマシンを併用したリハビリが一週間ほどは必要だという話らしい。
診察が終わった後、再び眠りに就く。
身体はまだまだ休息を欲していた。
翌朝軍曹と、それに連れられた澪が病室にやってくる。
「あ、おとーさん今日は起きてる!」
「んな何時もは寝てるみたいに言わないでくれ」
「だって今週ずっと寝てたよ」
確かに。
「それより見て見て! テスト百点だった!」
「お、凄いな。おとーさんテストで百点何て取ったことないぞ」
全然心配していない娘と心配されていない父親。
故に話題はもう普段の学校生活に移る。
「私、花瓶の水換えてきますね」
「お、ありがと軍曹」
軍曹はそう言って花瓶を手に病室を出ていった。
そういえば、あの花は誰が持ってきてくれたのだろうか。
そのやり取りを澪はじっと見つめていた。
「どうしたんだ、澪?」
「んとね、何でおとーさんはしゃろんの事ぐんそーって呼ぶのかなって」
「まあ渾名みたいなものだな……っていうかシャロンもそうだぞ」
「そーなの?」
知らなかったらしく、澪は目を真ん丸にする。
「ファーストネームとファミリーネームを縮めた渾名だな」
「へー。でも何でおとーさんはぐんそーなの?」
「そりゃ……あいつが軍曹だからな」
「シャロンも何でおとーさんをちゅういって呼ぶの?」
「まあ、それは俺が中尉だからな。仕事の役職だよ」
「ふーん?」
納得していないような口ぶりで澪は腕を組んだ。
そのまま唇を尖らせて首を傾げる。
「良く分かんない」
まあそうだろうと仁も思う。
その辺の経緯を説明しようとすると少々入り組んだ話をすることになる。
もうとっくの昔に終わった話を。
「昔からの友達だから特別な呼び方なんだよ」
「おーしゃろんはおとーさんの特別!」
「澪、その言い方はやめて」
有らぬ誤解を招く。
「それからおとーさん、授業参観のお知らせ貰った。大丈夫?」
見せられた文面は、明後日。もう少し漂流が長引いたら危なかったと仁は冷や汗を拭う。
「明後日か……ああ、大丈夫だ。這ってでも行く」
きちんとリハビリすれば明後日には動き回れる程度にはなっているはずだ。
「何だか楽しそうですね? でも病院だからあんまり騒がしくしたらだめですよ。澪ちゃん」
「はーい。ねえねえ、しゃろんって本当は何て名前なの?」
「え、知らなかったんですか。シャーリーですよ」
「苗字は~?」
二人の今更な会話から仁はベッドの枕元に置かれた二枚の電子ペーパーを手に取る。
一枚は訓練生達からの寄せ書きだった。
快癒を祈っている物から、腕前を褒め称える物。そして遠回しに人間じゃないと書かれている物。
寄せ書きってこういう物だっけ? と思いながらもう一枚を見る。
そちらも寄せ書きだった。巡洋艦『レア』のクルーと護衛中隊の物。
こちらはストレートに礼の言葉が綴られている。
どうやらあの後『レア』は無事に脱出できていたことが分かり安心する。
あの時遭遇したクイーンについてはそれほど心配していない。
不意打ちだったので仁も痛い目にあっただけで、護衛艦隊ならば確実に撃退できる程度の規模でしかなかった。
気になるのは被害がどの程度出たかくらいだ。
「じゃあみお学校行ってくるね!」
そう言って澪は病室を出ていった。
なるほど、そのまま行くつもりだったのか。
鞄を背負っている理由がわかり、疑問が氷解した。
「さて、軍曹。聞きたい事がある」
「……何で中尉が助かったかですね」
「話が早くて助かる。正直死んだと思ったからな」
流石に澪がいる前では聞きにくかった。
「オーバーライトです」
結論から軍曹は口にした。
「中尉のレイヴン単独で、船団の近郊にオーバーライトされてきました。ですが言うまでもなく、アサルトフレームにはオーバーライト機構は積まれてません」
もしかしたらどこかの船団が試作してるかもしれないが、少なくとも今は無関係の話だ。
「むしろこちらが聞きたいですよ。中尉。一体どうやって中尉は船団に辿り着いたんですか?」
「ブラックボックスの中身は?」
それを見れば機体に何があったのかは一目瞭然だろう。
そう問いかけると軍曹は首を横に振る。
「……見てません。私が見る前に回収されました」
「回収? 誰にだ」
「第二船団派遣部隊です。上の方でどういう取引をしたのかは分かりませんが……」
「……どうなってるんだ?」
「どうなってるんでしょうね」
明らかにおかしい。
第二船団が何故ここで出てくるのか。
いや、それを言うのならば以前の謎の繭の様な物体。
あの時も対応が可笑しかった。
「ちょっと軍曹。手伝ってくれ」
「へ? 何をですか」
無言で軍曹の左手を取る。
その甲に――スキンシートの上に指を這わせて文字を入力した。
軍曹がくすぐったそうに身悶えする。
が、そこに書かれた文字を見て表情を引き締めた。
「家探し。盗聴器が無いか探す」
手分けして探したところ、それらしきものは見つからなかった。
考えすぎだっただろうか。
そう考えながら仁は切り出す
「俺が意識を失う前に黒騎士と交戦していた」
「黒騎士って例のアレですか?」
「ああ。澪を連れ去ろうとした奴だ」
思い返すと、あの時の個体と同じにしては今回の動きは大分精彩を欠いていた様に思える。
いや、十分に驚異的な動きではあったのだが……嫌々感が出ていたとでも言うか。
要するにやる気が無かった。
「正直コンディションも最悪で、逃げることも撃墜することも出来ずに俺は失神したんだが」
「中尉が失神するとか正直想像も出来ないんですけど。健康優良児じゃないですか。訓練校時代風邪ひいたこともないでしょ」
「そこは置いておけ。兎に角そんな状態で失神したから俺はもう完全に死んだと思ったんだが」
何故か、第三船団に放り出されていた。
考えられる可能性は二つしかない。
「第三船団の部隊が救出したのでなければ、第二船団が救助したって事になりますけど」
「だとしたら何で隠すのかって事になるな。自分で言うのも何だが、俺を助けた何て全力で恩を売れる」
そうしない理由はない。
そしてもう一つの可能性は。
「……黒騎士に、ASIDに助けられた。それを第二船団は隠蔽したい。その可能性がある」




