02 対クイーンの心得
通常、高出力なリアクターを持つ相手と戦う場合の基本戦術は飽和砲撃である。
例え、個々の兵装で相手のコーティング、フィールドを突破できないとしても。
命中すればその分だけ相手のエーテルを消費させられる。
それを繰り返すことで相手のエーテル精製量を上回れれば、防御を突破できる。
だから単独で何とかしようとする仁は端的に言えば異常であった。
「エーテル収束……300%」
マニュアルでエーテルライフルの収束率を変更する。
元より、アサルトフレーム単機の火力でクイーンを倒せるとは思っていない。
あくまでこちらに気を逸らさせての時間稼ぎだ。
巡洋艦『レア』がオーバーライト完了するまでの時間稼ぎ。
オーバーライトしようとした時にクイーンに接触されていると、最悪な事になる。
オーバーライト先にまでクイーンがくっついてくる事になるのだ。
そうなればもう逃げ場はない。
巡洋艦のエーテルリアクター出力では、次のオーバーライトに一時間はかかる。
「さあ、いい子だからこっちにこい……」
収束率を高めたエーテルライフルは、相手に爪楊枝で突いたくらいの刺激は与えられる。
傷にはならないが注意を向けさせるには十分だろう。
『おいおい、エースさんよ!』
無茶だという声が聞こえてくる。
アサルトフレーム単機で倒すのも、陽動を仕掛けるのも等しく無謀だ。
「ミミズ共を頼む!」
クイーンが仁のレイヴンへとゆっくり――あくまで相対的に見てだが――向かってくる。
それを確認した瞬間、漆黒の人型はその身を翻す。
機体各所のスラスターが光を増す。
一気に加速した機体は、ミミズ型の群れの僅かな隙間を見つけ出して強引に包囲を抜け出す。
到底アサルトフレームが描くとは思えない軌跡は仁の高速機動の真骨頂とも言えよう。
慣性を無視したかのような機動に、誰も追いつけない。
「鬼さんこちら……っと」
そういえば、澪と鬼ごっこをしたこと無いなとふと思った。
誘ったら一緒にやってくれるだろうか。
少なくとも後数年もしたら頼んでもやってくれなさそうだ。
「敵のエーテル出力は……凡そ1000ラミィか」
前回の黒騎士とほぼ同様。
だが今回は相手が巨大だ。
あの時の様にエーテルを収束させて相手のコーティングは突破できる。
だがそれだけだ。
あまりに影響範囲の狭い攻撃は、相手のダメージにはならない。
巨大というだけで既に強いのだ。
そしてASIDには再生能力がある。
アサルトフレームのナノスキン装甲はASIDの再生能力を元に作られた物だ。
クイーンともなれば、致命傷でなければ自己再生で元通りになってしまう。
無論総体としてはどこかしら減っているので続ければ何れ限界は来るのだが――やはりそれも単機で行うのは現実的では無い。
仁にとってプラスに働くのは、相手もまだ目覚めたばかりでその身にエーテルを十分に蓄えてはいない事だ。
つまり、当面は射撃は気にしなくていい。
その巨体による攻撃にだけ警戒すればいいというのは気が楽だった。
『東郷中尉! 時間稼ぎは十分だ。帰投を!』
「馬鹿を言うな。まだ半分も稼いでないだろ」
『このままだと貴官も取り残されるぞ!』
「心配するな。帰らないと怒られないからきっちり出発には間に合わせるさ」
駆け込み乗車にはなると思うが、いざとなればクイーンを振り切って着艦する策が仁にはある。
いや、策と呼べるほど立派な物ではない。
エーテルリアクターのリミッターを外して全エーテルを推力に回すというだけだ。
通常の三倍のエーテルを全て機動力につぎ込めば、瞬間的にクイーンを振り切る速度は出せる。
タイミングさえ誤らなければ問題ない。
「カウントダウン頼むぜ」
ロザリオ級巡洋艦は巨大だ。
連絡船ならば三分もあればオーバーライトが完了するが、巡洋艦ではそうもいかない。
平均十五分。
まだ後十分は稼がないといけないだろう。
背後のクイーンから伸びる触手めいた物。
それらが仁のレイヴンを絡め取ろうと凄まじい速度で射出される。
前言撤回。
射撃は無いが、遠距離攻撃はある。
「モードキャニスター」
前を向いたまま、肘を逆に曲げる。人体構造を無視した動きで銃身を後ろへ向けて無造作に撃つ。
大量に撒き散らされるエーテルの弾丸。
到底クイーンの防御を突破できるものではないが、強烈な面攻撃はその勢いを緩めるには十分な物だ。
更に前方。進路を塞ぐように通常型が集ってくる。
「ジェネラルタイプは……居ない。よし」
巣分け直後だからか。
本来クイーンを守る衛兵たるジェネラルタイプのASIDは存在していない。
仁の腕ならば通常型であろうとジェネラルタイプであろうと撃破時間にはほとんど差が無い。
ただそれによって落とされる速度は別だ。
速度を落とさないと、ジェネラルタイプを撃破する前に通過してしまうのだから。
状況としては悪くないと仁は笑みを浮かべる。
迂回することなく道を塞ぐ群れの中へと突貫する。
すれ違いざま、相手のミミズ型を機体で踏み付け加速する。
岩の上を飛び跳ねるかのような動きで仁のレイヴンは更なる加速。
対してクイーンは自分の群れが壁となって逆に速度を落としている。
『あー大丈夫みたいだな』
若干気の抜けたような声が仁の耳に届く。
こうも単機で相手を翻弄しているのを見ればそういう声にもなるだろう。
「ああ。こっちは任せてくれ。中隊は『レア』に近付いてくるASIDの方を頼む」
『ほとんどそっちに行ってるけどな』
ふむ、と仁はレーダーに一瞬視線を向ける。
なるほど確かに。光点――即ちASIDの反応は片っ端から仁の背後へと集結している。
「ならこのまま引き回す。丁度いい」
敢えて速度を少し緩めて、ミミズ型を振り切らない様にする。
着かず離れずの距離を保てば大した知能も持たないASID達は仁を追いかけ続ける。
「……やっぱあいつらとは違うな」
先日の人型との戦いを思い出す。
これが本来のASIDの戦い方だ。
数を頼みとした突撃。
稀に回り込まれたりはあるが、それとて稀。
人型の様に陽動を仕掛けてくるなんてことはない。
よく言えば常に全力だ。
悪く言えば何も考えていない。
だからこそ、人型の特異性が際立つ。
同時にその目的も。
あの襲撃は何のための物だったのか。
あれ以降来ないという事は、目的は果たされたのだろうか。
だとしたらそれは何なのか。
それを考えることは仁の仕事ではない。
それでも気になる。
あの黒騎士の動き。
あれはただの獣じゃなかった。
ならばそこには何かの道理がある筈なのだ。
澪を攫おうとした理由。
それが気になる。
偶々なのか。或いは。
「っと」
思索を打ち切る。
流石に考え事をしながら捌ける数ではない。
仁の集中が散ったタイミングに偶々突っ込んできたミミズ型が、レイヴンに蹴り飛ばされる。
瞬間的なエーテルコーティングの偏向。
インパクトの瞬間にエーテルを流し込むのはアサルトフレームを使った格闘術。
第三船団で使いこなせるのは仁とほんの数名だ。
尤も、そもそもアサルトフレームで徒手格闘戦をやろうなど考える人間がその数名しかいないという説もあるのだが。
バラバラになり、加速が途絶えた事であっと言う間に後方に消えていく残骸を見送る。
それに巻き込まれて別のミミズ型が減速し、クイーンに追いつかれ、押しつぶされてまたデブリの仲間入りをした。
仁の視界の片隅でデジタル時計が時を刻む。
3。
2。
1。
アラームが響き渡る。
『教官さんよ! タイムアップだ!』
既に中隊は巡洋艦『レア』に取り付いている。
後は仁が着艦すればその瞬間にオーバーライトでこの宙域から離脱できる。
そして今、仁のレイヴンと『レア』の間にASIDは居ない。
「コードトリプルシックス。エーテルリアクターの全リミッターを解除!」
軍曹の調整したレイヴンはそのコマンドにも耐えた。
出力が一気に三倍に跳ね上がったエーテルリアクター。
そのエーテルを全て機体内に留める。
高まる内圧を、全て一か所から放出するように仁は機体の設定を変える。
全スラスターの方向を合わせる。
舌を噛まない様に口を閉じて、その圧力を解放した。
「ぐっ」
かかるGに肺から空気が押し出される。
秒速十キロメートル。
かつて母星の重力を振り切るのに必要だった速度とほぼ同じ速度だ。
慣性制御は既に限界。
圧力に耐え、真っ直ぐに巡洋艦へと向かうレイヴン。
一秒後、その軌道がずれるのが見えた。
「!?」
一瞬の未来を見るエースの力。
それとて万能ではない。
特に今回の様に、結果へと至る原因が分からない場合は対処のしようがない。
いや、今回の場合原因が分かったとして対応できたかどうか。
この速度、レイヴンが何かアクションを起こせばその瞬間に重心バランスが乱れて軌道が変わる。
つまり、見えた時点で詰んでいた。
何かがレイヴンに接触した。
それはそれなりの大きさで。
しかしレイヴンの体当たりに耐えられる程の強度は無くて。
そして、見えなかった。
先日の偵察機。
その情報を思い出して仁は――視界の隅へ遠ざかっていく巡洋艦を認めた。
更に後方から追い縋るASIDの群れ。
ここから仁が旋回していたら巡洋艦に取り付かれる。
「行け!」
自分一人の為に、300人近いクルーと訓練生達、護衛中隊を危険に晒すわけには行かない。
オーバーライトで姿を消した巡洋艦の事は頭から外して。
仁は唇を舐めた。
「……さて、どうするか」
たった一人、取り残された仁は己が如何にして生き抜くかを考えなければいけなかった。




