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29 二人の幼馴染

「本当に凄いよ。お前は」


 もう一度仁は繰り返す。


 仁には出来なかった。二年だって堪えられなかった。

 令のいない世界はそれほどに色がなかった。

 たった一人で戦うことは出来なかった。


 そんな孤独を十年間、そしてこれからも戦い続ける覚悟を決めたコウには称賛しか出てこない。

 心からの言葉だったが、それは仁の事情を知っていればこそ。

 そうでなければ上辺だけの言葉に聞こえる。


 現にコウもさほど心動かされた様子を見せていない。


「それで結局何が言いたいんだよ。教官」

「そうだったな。本題だ」


 実はメイから断片的に話を聞いたときから気になっていたのだ。


「お前どうやって二人を見分けたんだ?」


 そこである。

 親でさえ見分けがつかない瓜二つ。

 事実、それまで一度だって見破った人はいなかった。


 最後に、コウが見破るまでは。


「……見分けてなんてねえよ。実際、幼年学校時代は入れ替わりなんて欠片も気付いていなかった」

「そうなのか」

「本当に瓜二つだったんだよ。クローンだって言うから納得だけどな」


 もしかしたら意図的に似せていたのかもしれない。

 通常クローンであっても生活環境で成長に差は出る。

 しかし移植を完璧にしようと考えるのならば、その差は可能な限り少ないほうが良い。


 だとしたら余計にどうやって。


「前日にした会話を覚えてなかったんだよ」

「それだけか?」

「絶対に忘れるはずのない会話だった」


 それを覚えていないから、別人だと判断したのだという。

 その事に気付いた時、コウはどんな思いを抱いたのだろうか。

 目の前にいるのが幼馴染ではないということに気付いた時。


「ん?」


 そこでふと仁は疑問に思う。


「あんまりかき回さないでくれよ教官。正直、積極的に話したいことでもねえ」

「それは悪かったな。ただどうしても聞いておきたいんだ」

「全然悪そうに聞こえないんだけどよ」

「そりゃあれだ。悪い教え子の影響だな」


 ここは一つ。悪びれない教え子に習って図々しく聞いていくことにしよう。


「笹森訓練生はずっと入れ替わりに気付いていなかったんだよな」

「ああ。そうだよ」

「で、前日の会話を覚えていなかったから入れ替わりに気付いた」

「そうなるな」


 うーんと仁は首を傾げる。こうして客観的に話を聞けばすぐに気付くことなのだが。

 メイもコウも。二人共気付いていなかったのだろうか。


「なあこれ本当に純粋な疑問なんだが」

「前置きがなげえぞ教官」

「お前はどうやって二人を区別したんだ?」

「だから、前日の」

「それはあくまで、前日のメイとその時のメイが違うってだけだ。それ以前の話だよ」


 つまりは遡っての区別。


「幼馴染だったメイとの思い出のうち、どれが本来のメイで、どれがもう一人のメイの物だったのか。どうやって区別したんだ?」

「あ……?」


 一瞬、何を言われたのかわからないという顔をして。

 表情から血の気が失せていく。


「一見してわからない程入れ替わっていたんだから当然、二人との思い出が混在しているはずだ。どっちがどっちかって一個一個検討していった……って訳じゃなさそうだな」


 口元を抑えて、震えている姿を見れば一目瞭然だ。


 無理もないと仁は思う。幼少期にあった衝撃的な出来事。隣人が入れ替わっていた。それが明かされた時に、冷静にその判別が出来るはずもない。

 こうして他人事のように聞いていたからこそ、仁には判断できただけだ。


 後は推測だが、メイの伝え方にも問題があった。

 ただ入れ替わったということだけしか伝えていなかったのではないだろうか。日々の細かな入れ替わりにまでは言及していなかったのではないか。


 否、あえてそう伝えたのではないだろうか。

 コウが、自分の中にメイを見出さないように。


「大丈夫か。笹森訓練生?」

「大丈夫、だ」


 そうは言うが顔面は蒼白だ。こんなに血の気が失せた姿は見たことがない。


「教官、ちょっと考えたいことがある……部屋に戻るが構わないか」

「ああ。俺が聞きたかったことは聞けた。おやすみ、笹森訓練生。それから、昼間はちゃんと言葉遣いに気をつけろよ? じゃないとまた反省文だ」


 仁のその冗談にも反応を示すことなく、コウはふらついた足取りで自室へと戻っていく。


「うーん」


 その背を見送りながら仁は頭を掻く。


「やっぱ俺には向いていないな……」


 人の悩みを聞くのも。その悩みを切開するのも。

 どちらかと言うと仁は自分をぐちぐちと悩む側だと思っていた。そしてそれは客観的に見て正しい。


「残酷な事してるよな……」


 きっとコウは仁の言葉を受けて、思い出を検討していくだろう。

 もう掠れつつある記憶を必死で掘り起こして。自分の都合の良いように改ざんしているかもしれない恐怖と戦いながら。

 二人のメイ。どちらの思い出だったのかを。


 きっとそれは答えの出ない物。

 人の記憶なんて半日もすればあやふやで、都合よく書き換えられていく。


 だからきっと、変わるとしたらそれはコウ本人がどうしたいのか反映された記憶となってしまうだろう。


「それでも立ち止まるよりはずっと良い……はずだ」


 仁自身にも確証はもてない。


 その翌日の訓練。

 日々の模擬戦は散々な結果に終わった。


 何時もはコウとメイの二人がかりでどうにか仁を抑え込むのが基本のフォーメーションだ。

 二人の前衛が連携してようやく拮抗出来るだけの戦力。


 ならば当然、その連携が乱れたら一瞬で蹴散らされてしまう。

 その点を指摘されたデブリーフィングが終わり。

 仁が退室した後の講義室。


「今日の無様な戦いぶりはなんですかコウ! 巫山戯てるんですか!」

「ちょ、メイ」


 真っ先にメイがキレた。

 もうわざとやっているのではないかと思うほどに呼吸が合わなかったのだ。

 やることなすこと尽くがメイの邪魔をするように動いていた。

 相当ストレスが溜まっていただろう。


 どういうことかと少し強めに聞こうと思っていた小隊長のユーリアがおいていかれるほどのフルスロットルだ。


「……悪かったよ」


 そしてコウも己が無様を働いていたのが分かっているので、強く言い返すことが出来ない。

 その素直さがもうユーリアには目玉が飛び出るほどの驚きだ。

 こいつが素直に謝るなんて! と叫びそうになる。


「悪かったの一言では済みませんよ! あんなんじゃ実戦に出たらすぐに死んでしまいます!」

「だから悪かったって言ってんだろ」

「ふ、二人共落ち着いて……メイどうしたのよ。まあ確かに笹森の今日の操縦は正直思うところがあるけど……調子悪い日くらい誰にだってあるでしょ」


 まあフォローしておいてなんだが、今日のコウの操縦はそんなレベルではなかった。はっきりといえばあれは。


「不調ならば不調で気にしませんよ。でも今日のは教官の言ってたとおりただ集中していなかっただけです!」


 メイが言ったとおりだ。俯瞰していたユーリアから見てもそうだと思う。相対していた仁などは顕著にそれを感じ取れただろう。

 静かに、集中力が欠けている。実戦に出るときはどんなコンディションでも集中できるようにしろと言っただけだった。


「ねえ、何か悩みでもあるの? あるなら相談してよ。一応小隊の仲間だし」

「……すまん」


 調子狂うなあと、素直なコウを見てユーリアは頬を掻いた。

 何時もならここらへんで噛み付いてくるのでいつもの調子を取り戻せるのだが。

 こう、普段傲慢で強気な奴が項垂れて落ち込んでいる姿を見ると何とかしなくてはという気分になってくるのは何故だろう。


「まあそうですね。話くらいなら聞いてやってもいいですよ」

「……お前に話せることなんてねえよ」

「むきー!」


 むきーって言う人始めてみたとユーリアは場違いな感慨を抱く。


「せいぜい一人で思い悩んでいればいいですよ! ふんっ!」


 そんな捨て台詞を吐いてメイは講義室を出ていく。

 まああれは怒っても仕方ないだろう。

 こっちも宥めないと行けないか、と思いながらユーリアも後に続こうとして腰を上げる。


 その時、ユーリアの手首を誰か引き止めるように掴んだ。

 いや、誰かなどとぼかす必要はない。


 この講義室に残っているのはユーリアとコウの二人だけ。つまり掴んだのはただ一人。コウだけだ。


「相談に、乗ってくれ。ナスティン」


 まさか。本当に相談されるとは思っていなかったユーリアは驚きで三つ編みが逆立ちそうになる。

 マジでこいつ、変なものでも食べたんじゃないかと明後日の方向で心配になる。


「えっと、それじゃあ食堂で……」

「いや、他のやつには聞かれたくない。ここで、頼む」


 弱々しくすがりついてくるような声。

 それを振り払うほどユーリアは鬼にはなれず。


「う……この小隊長に任せなさい!」


 と胸を叩いて請け負ってしまった。

 何時もなら今はな、とか皮肉を飛ばしてくるのに今日に限っては。


「ありがとう」


 などと言ってくるからもうユーリアはこの時点でどうして良いかわからない。

 若干本人もパニックになりながらももう一度席に座ってコウの話を聞く姿勢に入った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。
[一言] あーやばい…コウとメイには悪いけどこの展開ワクワクしてきたw いつか噛み合う日が来ると信じてる。
[一言] 仁は指導者より先導者向きかな? 与える影響が大きい、的な意味で
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