28 笹森コウ
「恋は生きていく上での必須事項です! 張り合いです! その日から世界が輝くんです!」
「そうか」
「人生においての栄養と言ってもいいです。素敵な相手がいればそれだけで人生は楽しんです!」
「そうか」
「恋は世界を、宇宙を救うんです!」
「ところでお前、恋愛経験は」
「ゼロですけど何か問題が?」
伝聞だけでここまで持ち上げられるのは逆に凄いと仁は思う。
だが、と考える。
過去事例、要するに仁の経験からすると当たらずとも遠からず……どころではなく、ジャストヒットではないだろうかこれと気がついた。
少なくとも過去二回の仁を掬い上げてくれたのは当時の恋人たちだ。
つまり、ユーリアの言う通りということ。
「どうしましたか教官。急に頭を抱えて」
「なんでも無い気にするな」
ユーリアのこの恋愛脳理論に自分が従っていたと考えると恥ずかしいやら何やら。
「いや、だがありがとう。ナスティン訓練生。参考になった」
「参考に……ど、どなたとお付き合いされるんですか!? 誰にも言いませんから先っちょだけでも教えてください!」
「落ち着け。あとその言い方はやめろ」
先っちょってイニシャルでも教えれば良いのか。
「俺の話じゃない」
「教官の話じゃないとすると……あ、教官の教官だって言うーー」
「あの人の話はよすんだ。だいぶデリケートな話題だ」
恩師について下手なことは言わないほうが良い。当人のタイミングというものがあるのだから。
「そうなると……澪ちゃんですか? ちょっと早くないです? それともまさか、親が決めた許嫁とかが?」
「澪を任せるなら俺よりも強いやつじゃないとな絶対に許さん。あとあいつなら恋するまでもなく毎日楽しく駆け回ってるよ」
「目がマジで怖いです教官。それ澪ちゃん一生独身では?」
ユーリアのそのツッコミはさておき。
「誰なんですか。教えてくださいよー」
「そもそも恋愛から離れろ。元はそうじゃないだろ」
人生を楽しませたいのだ。
必ずしもそれは恋とイコールではない。
縋り付くユーリアを仁はどうにか引き剥がしながら考える。意外と力強い。トレーニングの成果が出ていた。
仮に、このユーリアプランを採用するとして。
その場合相手は誰にすべきか。
粘りを見せるユーリアを見た。
メイの親友。だがそこに友愛以上の物は見いだせない。
命を捨ててもいいとは思っているようだが、これが恋愛につながるとは思えなかった。
とはいえ仁のその予測はアテにはならないだろう。何しろ過去には自分自身のことでさえ予測できていなかったのだから。
一応候補として考えるとして。
「何か教官。今私を都合の良いポジションにおきませんでした?」
「お前ほんと鋭いな」
むしろここまで鋭いと心を読まれているようで怖い。多分、逆にモテない。
「何か今失礼な事考えてた気がします!」
「気のせいだ」
大本命について考える。
笹森コウ。
間違いなく彼をメイは意識している。何しろ人生の目標に彼ともう一度会話することが上がっているほどだ。
それ以上を望まなかった理由。
話を聞いた仁に推測はできる。
だから仁のやろうとしていることはきっとメイに取っては大きなお世話でしか無い。
人の人生に干渉するのは教官のやるべきことじゃない。
分かっている。
それでも放っておけないのだ。
自分とよく似た二人に幸福になってほしい。
多分これは代償行為。澪を引き取った時にも感じたもの。
自分はもう取り返しがつかない。
だけどあの二人は、まだ互いがいる。
その二人を繋いでいた真ん中の一人は失われてしまったが、その空白を共に嘆くことができる相手がいる。
間接的にとはいえ繋がりがあったのだ。それを断ち切ったままでいることはきっと。お互いにとって不幸だ。
仁はそう信じている。
信じているから行動する。
「教官? 何か難しいこと考えてます?」
「いや割とシンプルなことだ」
あの二人の関係を改善するのに重要な事。
それは。
「やはり笹森訓練生か……」
「え、それはつまり。男と男。友情を越えた熱い絆が」
「お前はいい加減にそこから離れろ」
強引に引き剥がすと腐った果実のように床に転がった。
「ひどいです教官。こんな無理やり」
「来たのはお前からだろ」
「先っちょだけって言ったのに……」
「誰もそれを認めてない」
そうして教官室から出ると。
「メイおねーちゃん。何も聞こえない。何の遊び?」
「教育的に悪い会話が聞こえてきたので耳を塞いでいるんですよ。聞こえてないでしょうけど」
メイと何故か耳を塞がれている澪の姿。
「全く。シャワーを浴びて教官のところに直行とは……やりますねユーリア」
「え?」
「で、汗をかいたからまたシャワーを浴びるんですか?」
「……?」
何のことかわからないという顔をするユーリア。その反応にむしろメイが驚く。
「え。何でそこでそんな反応するんですか」
「ちょっとメイが何を言っているのかわからないんだけど……教官室は冷房あったから涼しいよ?」
「やだ、純真……まさかこんなにピュアだったとは。普段結構エグい事言ってるのに」
「お前が汚れてるって線も忘れるなよ」
腐っているのか、無垢なのか。よくわからんやつだと仁は思う。単に自分に結びつけていないだけかもしれないが。
「つまり新雪に足跡をつけるように自分色に染め上げられるということですね。そそります。いかがですか教官。お買い得ですよ」
「お前ら本当に友達なんだよな?」
何がお買い得かはわからないが、友人を売ろうとするメイ。これで二度目のそれに突っ込まずにはいられない。
「もちろん。ユーリアは私の大事な友達ですよ」
「大事な友達なら大事にしてやろう」
何時もどおりである。
メイからすれば先日語られた事情は前々から抱えていたもの。
変わるようなことではないということか。
「おとーさんお仕事終わった?」
「ああ。ごめんごめん。待たせちゃったな」
「ううん。めいおねーちゃんが遊んでくれた」
何時も通りだ。
だからこそ仁はその何時も通りを崩したいと思った。
◆ ◆ ◆
「よう、笹森訓練生」
「東郷教官……? なぜこんな時間に」
トレーニングウェア姿のコウはどうやら筋トレの最中だったらしい。
寒い季節なら体から湯気が出そうなほどに汗をかいている。
そして現在の時刻は21時。普段なら帰宅して澪を寝かしつけているはずの時間だ。
「ちょっと用事があってな。頑張って澪を寝かしつけてきた」
良い子は八時に寝るんだぞーだとか眠くなりやすいように暖かいココアを入れてあげたりだとか。その甲斐あって今日は早くに寝てくれた。
「はあ。そうですか」
用事があるのはわかったがなぜここにという顔。
「毎晩ここでトレーニングをしていると聞いてな」
「ええ。教官が以前に言っていた肉体づくり。高Gにも耐えられるように鍛えてます」
本当にストイックだと仁は思う。
高い目的意識。弱くあってはいけない。強くなくてはいけない。強迫観念とも言えるその意志がコウを突き動かしている。
「そんなに強くなりたいのは、十年前のシップ11の件があるからか?」
「……ええ。まあ。そうです」
少し歯切れ悪く答える。
一つ。仁は手にした札を開示する。これが最初で最後の切り札。
「メイ・ベルワールのことがあるからか?」
「あのチビは関係がーー」
「今訓練校にいるあいつのことじゃない。十年前、誰にも知られずに死んでしまった少女の方だ」
その切り札の効果は抜群だったようだ。
凄まじい圧の視線が仁へと向けられる。
「どこで、それを」
「ベルワール訓練生から聞いた」
そう告げるとコウはふっと体から力を抜いた。
地面に座り込んで自嘲気味の笑みを浮かべる。彼には余り似合わない表情だなと仁は思った。
「だったら知ってんだろ教官。あいつは。メイは誰からも死んだことに気付かれていない。都市の公式記録でも、あいつの死は記録されていない」
「だから自分で墓碑を作ったのか」
「んなことまで知ってんのかよ」
「と言うか順序が逆だな。墓碑に気付いたから、この事にたどり着いた。お前この前の休日にメモリアルパークにいただろ」
「ああ。なるほど。その時にツケてましたか。趣味が悪い」
「偶然、だけどな」
そう。偶然だ。
偶々本来のメイの月命日と令の命日が被っていただけ。
確率で言えば30分の1程度でしか無い。
それがなければきっと仁は真相にたどり着かなかった。
だがたどり着いてしまった。
「メイがいたことを示す物的証拠は何もない。あの親父共も、保身のために娘を弔うこともしなかった。そんなの、あんまりじゃねえか」
愛していたはずなのに。法に触れてでも助けようとしていたのに。なのに見捨てた。
コウはそう吐き捨てる。
「あいつが居たって覚えてるのは俺だけなんだ。だったら、俺が弔ってやるしかないじゃねえか」
「去年作ったんだってな」
「訓練校の給金と、溜め込んできた小遣いでようやくな」
本当にストイックなやつだと仁は思う。
周りが遊びに、自分の為に金を使う中で、死んだ幼馴染の為にずっと我慢してきた。
当人にとっては我慢でも何でも無かったのかもしれない。
ただずっと、一人を思い続けてきた。
誰にも言えず、きっと誰からも理解してもらない目標の為に。
「凄いな」
その偉業を、仁は自分だけでも褒め称えたいと。そう思う。




