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26 メイ・ベルワール

「ねえジュン」

「なあに、お姉ちゃん?」


 その日。何時もの報告会よりも先に、メイがジュンにお願いをした。

 

「明日の病院、変わってくれない?」

「ええ。嫌だよう……」


 病院は楽しくないとジュンは言う。

 メイも、ジュンも別々にだが病院に連れていかれる。

 

 二人とも心臓の調子を確認するためだ。

 その目的は真逆であるが。

 

「私も楽しくないもの。病院。ね、良いでしょ?」

「うーん……じゃあ、来週学校に二日行かせてよ」

「二日? そうね……良いわよ」

「約束だからね?」

「勿論。私がジュンとの約束破ったことある?」

「ないね」


 二人で笑いあう。

 

「じゃあ今日何があったか教えて」

「そうね。まずは朝なんだけど……」


 メイがその日の出来事を楽しそうに語る。

 それを聞いてるとジュンもまるで自分がそれを経験したような気持ちになれた。

 

「それで帰る前に……」


 そこでメイは言葉を切った。

 嬉しそうに頬を緩めている。

 

「前に?」

「……内緒!」

「えええ」


 まさかのお預けにジュンは大いに不満の声を挙げた。

 

「何で何で! ずるい!」

「だってこれは内緒にしておきたいんだもの。ジュンにだってあるでしょ。内緒にしたい事」

「無いよ。私何でもお姉ちゃんにお話ししてる!」

「うーん。でもダメ。これはジュンにも教えてあげない」


 困ったように笑いながらもメイは譲らない。

 どうしてそんな意地悪をするのかとジュンは悲しくなってくる。

 

 ジュンにとって。

 メイから聞ける話は世界の半分を占めるのだ。

 それが聞けなくなるというのは辛い事だった。


「教えてよ、教えてよ!」

「ダメよ。何時かジュンもきっと、私に教えたくないって事が出来るから分かるわよ」

「……もう、お姉ちゃんの馬鹿!」


 頑なに教えてくれないメイに、ジュンは拗ねて自分のベッドに潜り込む。

 

「寝ちゃうの?」

「…………」

「おやすみ、ジュン。明日の検査はお願いね?」

「…………」


 寝たふりを続けた。

 そのすっかり拗ねた様子にメイも頬を膨らませて、自分もベッドに潜り込む。

 

 翌朝。約束は守ってメイの服を着たジュンは代わりに病院に行く。

 もちろん、検査をすればその結果から一発で入れ替わりはバレてしまう。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

「警報だと!? 防衛軍の能無し共は何をしているんだ……!」


 車を猛スピードでシェルターに向けて走らせながらメイの父親は悪態を吐いた。

 家からどんどん遠ざかっていく。

 

「あ、お……ジュンが家に」

「ジュン? ああ。アイツか……まあ仕方ないな」

「そうね。お金は勿体ないけどまた用意すればいいわ」


 そこで初めてジュンは、己が両親にとって大した価値のない人間だという事を知った。

 だがそこで自分がメイでは無いと言い出すことも出来ず――そのままシェルターへと避難した。

 

 警報が解除されて、自宅に戻ったら家は根こそぎ消えていた。

 船団に侵入したASID。破壊され、残骸は全て侵入口から宇宙へと吐き出されたらしい。

 

 メイがいなくなった。

 その事をジュンが理解した時に頭に浮かんだのは悲しみ。

 それから来週は二日ではなく毎日学校に行けるという事だった。

 

「根こそぎか。まだ運が良かったな。死体が残っていたら処理が面倒だった」


 父親が何か言っているがジュンの耳には入ってこなかった。


「メイ!」

「あ、コウ……」


 隣家も同じように被害にあっていたが、同様に避難していたため命だけは助かったらしい。

 

「大丈夫だったか?」

「うん。ありがと」


 コウは何時でもジュンを気遣っていてくれた。

 今もこうして気遣ってくれている。

 それがジュンにはとても嬉しい。


「なあメイ。こんな時に聞くのも何だけど。昨日の話なんだけど……」

「……昨日?」


 何の事だろうかとジュンは昨日メイから聞いた話を思い出す。

 だがそこにコウと何か特別な会話をしていたという話は無かった。

 最初は惚けているのかと思ったコウも、ジュンが本当にその話を知らないと分かったら顔を強張らせた。

 

 先ほどまで向けていた優しい視線とは別。

 得体のしれないような物を見る目。

 

 やめて、とジュンは心の中で悲鳴をあげる。

 そんな目で、私を見ないで。

 言わないで。

 

「お前、誰だ」


 メイとジュンの浅はかな入れ替わりは直ぐにバレた。

 検査をすれば直ぐに分かる事なのだ。

 

 その時の両親の荒れようについては凄まじかった。

 何度も何度も詰られた。

 

 だがそんな物より何よりも。

 ジュンの心に深く突き刺さっていたのはコウのあの視線だった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「以上があらましです」

「笹森訓練生は、その事を」

「知ってますよ。アイツだけですから。私とメイが違うって分かってくれたのは」


 だから全て話したのだという。

 

「……いつもニコニコ笑う奴で、幼年学校の時は本当に優しい奴だったんですよ」


 その印象は、今までに見て来たコウの物と一致しなかった。

 

 逆説的に、メイ・ベルワールの存在はコウにとってそれだけ大きかったという事を証明してしまう。

 

「私が変えてしまった」


 そこには深い後悔が滲んでいる。

 

「でも隠し通す事は出来なかった。私がメイじゃないって知っている人にメイの振りをするなんて出来なかった」


 或いは。それが無ければ家の中では兎も角外ではメイとして振る舞う手もあったかもしれない。

 だがコウの存在がそうはさせなかった。

 そんな事はしたくなかった。

 

「その後、ずっと口を聞いてくれなくて……でも私はもう一度話がしたくて」


 訓練校まで追いかけたのだという。

 

「同じ小隊になって漸く少し話が出来るようになったんですよ。それからユーリア。元のメイの事を全く知らないユーリアが友達になってくれて……」


 ああ、と仁も納得してしまう。

 だから彼女はあの面談で、目的は達成してしまったと言ったのだ。

 コウともう一度話をしたい。それがどんな内容でもいい。もう一度、自分を見て会話して欲しいと。

 

「色々と聞きたい事はあるんだが……」

「もうこの際ですから全部答えますよ?」

「じゃあ両親の事だが」

「殺されないだけましだと思いますね。まあ向こうも殺す方が面倒だから殺していないだけでしょうけど」


 あまりに殺伐としている関係だった。そんな関係の家に帰りたくないのも当然だろう。

 そしてあの態度も納得がいった。もう、ベルワール家は目の前の少女を家族だと思っていないのだ。

 

「ついでに聞かれそうなので先に言っておきますと、私の身体は長持ちしないです。メイの年齢に追いつかせるために施された成長促進のせいで……まあ30歳まで生きられれば上出来らしいです」

「っ……そうか」


 今からでも仁は彼女たちの両親の所を殴りに行きたい所だった。

 娘を何だと思っているんだと。

 そして悔しいのは、彼女を助けることが自分では出来ないという事。

 

「あんまり気にしないでください。昔っから分かっていた事なので。それにほら、人生30年、何て言葉もありますし」

「50年だ。間違えるな」

「あ、はい」


 令から軽くとは言え歴史の薫陶を受けた身としては見逃せない間違いだった。

 

「そうか。お前がしょっちゅう遅刻するのもそのせいか……」

「え?」

「え」

「あ、ああ。はい。そうですとも」

「お前今え? って言ったか?」

「空耳ですよ」


 誤魔化しにかかるが仁は逃さない。

 

「お前まさかこの会話の流れで……」

「いえ、全くの無関係ではないんです。変な成長のさせられかたのせいで、途中で成長止まっちゃったので体力不足で……中々疲れが抜けなくて」

「そうだったか。うん、まあなら……」


 良いか、と仁は己を納得させる。

 

「改めてもう一度聞くぞ。お前が戦う理由は何だ。メイ」

「……今の話を聞いても私をメイと呼んでくれますか」

「俺からすればお前はメイ・ベルワール以外の何物でもない」

「……ありがとうございます」


 少し俯いて、目元を擦った。少し幼く見える仕草。聞けばある意味納得だ。

 その経緯を考えれば実年齢は戸籍上の物より幼いのだろう。肉体面だけではなく精神面でも。

 

「戦う理由はもう一つだけです。コウとユーリアを死なせたくない。それだけです」

「……お前自身はどうなる」

「まあ最長で後十四年。少し短くなっても別に良いかなと思ってます」


 そういう事かと仁は理解した。

 コウだけじゃない。

 メイも。この二人は以前までの仁によく似ているのだ。

 

 コウは、本物のメイを奪われた。

 メイは、生きる理由を見失った。

 

 それは、澪と出会う前までの自分自身と同じ。

 

「そう言う訳ですので教官。出来たら明日からもこれまで通りにして貰えると」

「ダメだな」

「教官……」

「今の話を聞いたら放っておくことは出来ない」


 そう仁は宣言する。

 

「覚悟しておけ。絶対にお前に生きたいって思わせてやる」

「それはまた……残酷な宣言ですね教官」


 どこか呆れた様に。メイはそう笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 油断したらこれだ、過酷な生い立ち製造機絶賛稼働中。
[一言] 更新ありがとうございます。
[一言] 今のメイに両親が怒りをぶつけるのも 筋違いな気がしますがねえ……バレてないとはいえ 違法な訳ですし。まあ、そういう不条理なんて 何処にでも転がってはいますが。 コウも中々に複雑な感情を抱え…
2019/11/22 14:14 退会済み
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