25 墓碑に刻まれた物
仁の目論見は失敗に終わった。
ベルワール家へ訪問しようと思ったのだが、素気無く断られてしまった。
取り付く島もないとはあの事だろう。
実家から調べるという線は途絶えてしまった。
「おとーさん怖い顔してる」
「うん? そうか?」
「うん。昨日からずっとこんな顔」
澪が眉を寄せて変な顔をする。
「そんな変な顔してた?」
「変じゃないよ。怖い顔」
澪的にはあれが怖い顔らしい。
今度から見たら怖がってあげようと思う。
「大丈夫だよ。ちょっと、記念日的な物が近いってことを思い出しただけだから」
メイの事も気になるが、目下仁の頭を悩ませるのは別の事だ。
「お誕生日?」
「いや、誕生日じゃないかな……どちらかって言うと逆、だな」
「逆?」
「澪に関係することじゃないから気にしないで大丈夫だよ」
「うん……分かった」
そう誕生日とは逆。
命日だ。
◆ ◆ ◆
第三船団メモリアルパーク。
場所は覚えている。
きっと迷う事無くそこには辿り着ける。
だからこそ、仁はここで立ち尽くしていた。
この先にある物を認めたくない。
その下には何もない。
彼女だった物は全て真空の彼方へと消えてしまった。
空っぽの場所にどれほどの価値があるだろう。
言い訳は幾らでも付けられる。
その全てが自分さえも騙せない女々しい物。
ただ、仁は見たくないだけなのだ。
そこにある令の墓碑を。
940-963と刻まれた数字を目にしたくないだけ。
「……俺は」
結局同じところで足踏みしている。
それが分かって自己嫌悪に包まれる。
一歩を踏み出せず、仁は身を翻す。
これ以上ここにいても自分が前に進めるとは思えなかった。
代わりに当時の同僚たちの墓へ花束を捧げる。
「……うん?」
視界の隅に見慣れた姿が入り込む。
「笹森訓練生?」
何故こんなところにという疑問。
声をかけようかとも思ったが、それよりも早くコウは立ち去って行った。
特に深い理由があったわけではない。
一体誰の墓碑を参りに来ていたのか。
「これか」
その区画で一つだけ綺麗に束ねられた花束が置かれた物を見つけて名前を見る。
「メイ・ベルワール。949-955!?」
それはあまりに想定外の名前。
同姓同名も疑うが、生まれた年も綴りも同じ人間がいるとは思えない。
「あーあー」
背後からの声に仁は柄にもなく身体を震わせた。そして振り向く。
「見ちゃいましたね、教官」
「ベルワール、訓練生」
感情の見えない表情で仁を見つめるメイ。
いや、今となってはそこにいる少女がメイ・ベルワールなのかも確証が持てなかった。
「お前は、誰だ」
「これを見られた以上は説明しますよ。ここまで辿り着いた以上は、教官もおおむね分かっているんでしょうけど」
「いや偶然だ」
「偶然」
「偶々笹森訓練生を見かけて、何となく来たら見つけただけだ」
メイの表情感情の色が戻る。
うっそおみたいな顔をしている。
「え~マジですか教官。今私的には真犯人登場! みたいな感じで出て来たんですけど」
「いや、結構そこはドキッとしたけど……」
「ふっふふ。ならば私の演出は大成功! ですね」
何時もの調子を取り戻し始めるメイ。
このままだとまた誤魔化されると思った仁は言葉を続ける。
「お前は、誰なんだ」
「教官の知っての通り、メイ・ベルワールですよ。949年生まれの16歳」
「だがここには――」
「その辺も説明しますよ。でもその前に私にも花を捧げさせてください」
花束を捧げて。
メイはしばし黙祷する。
それを邪魔する事もなく、仁は待った。
「さあ、教官行きましょう。ここのすぐそばに美味しいお茶が出来る店があるんですよ」
「お茶?」
「少し時間かかりますからね。喉を湿らせておいた方がきっと良いと思います」
「なるほど。分かった」
頷くと間髪入れずにメイは頭を下げる。
「ご馳走様です」
「……お前な」
最初から奢るつもりだったが、それを言う前に言われるとちょっと微妙な気分だ。
メイおすすめの喫茶店。
ジェイクの店とは違い十分に人が入っている。一体何が違うのだろうか。店主の愛想だろうか。
注文した紅茶――仁は味の違いなど分からないのでメイと同じものにした。
「まず、私は間違いなくメイ・ベルワールの市民IDに紐づけられたDNAの持ち主です」
「ならばあれは」
何なのかという問いはメイも分かっていたのだろう。
「教官は知ってますか? メモリアルパークへの墓碑設置は誰でもできるって」
「え? ああ。まあな」
例えば身近なところで言えば令の墓碑。それは第三船団と、実家のある第二船団双方にある。
「だからあれは私のじゃありません」
「だが、無関係はあり得ないだろう」
偶然でも無関係でもあり得ない。
これがただ仁が見つけただけならそれも言い張れたが、花を捧げに来た以上何かしら縁があったはずである。
「勿論です。あそこに眠っているのも間違いなくメイ・ベルワール本人です。十年前、行方不明になってしまった女の子です」
「シップ11の襲撃か……」
まるでなぞかけの様な言葉。
ここにいるのもメイ・ベルワールであそこに眠っているのもメイ・ベルワール。
――違う。
このメイはこう言ったのだ。DNAの持ち主だと。
「まさか……」
仁が正解に辿り着いた事を察したのだろう。
「そうです。私はメイ・ベルワールと同じDNAを持つ者。クローンです」
「馬鹿な、クローンは禁止されている」
「そんなバカなことをしちゃったのがうちの親なんですよねえ……」
聞けば、オリジナルのメイ・ベルワールは心臓に異常があったらしい。
それは再生治療でも修復困難な箇所。
ナノマシン治療も効果が無く、残る手段は移植のみ。
しかし都合よくドナーが現れるかどうかは未知数。
そこでベルワール家の両親は考えたらしい。
ならば自分たちでドナーを用意してしまえば良いと。
「そうして生まれたのが私です」
「……年齢が誤魔化せない筈だ。少なくともオリジナルが生まれてからクローニングしても年齢の差がある」
「ええ。ですから色々としたみたいです。ナノマシンとか色々と併用して成長を強引に進める」
とは言え、当の本人達はそんなことを知らなかった様だ。
オリジナルのメイは、突然できた妹に喜び。
クローンのメイは自分に対して何ら疑問を抱かなかったという。
二人いることは直ぐに当たり前になった。
「両親も何を考えていたのか……まあ遊び相手にでもしようと思っていたみたいですよ。私は家から一歩も外に出してもらえなかったですけど」
その頃、彼女はジュンと呼ばれていたらしい。
親は名前を付けようとはしなかった。本物のメイが、そう名付けた。
「臓器を取るだけなら、ずっとどこかに閉じ込めておけばよかったのに。変な所で良心を働かせるんですから馬鹿ですよね」
ずっと家の中にいた彼女は本物のメイが外でしてきた事を何時も聞いていた。
「だからメイが経験したことは私も経験したようなつもりでいました」
そして同じ顔をしていた子供がいれば、悪戯を仕掛けたくなる。
「時々、二人の服を入れ替えて遊んでましたよ。何しろクローンですから。もうそっくりです」
それは両親にも気付かれない程にそっくりだったという。
「入れ替わった日は念入りに情報を交換して、バレない様に結構頑張ってましたよ?」
そんなささやかな悪戯。
「何時だったかの入れ替わりで、私は初めて幼年学校に行きました。凄く同年代の子がいて――私少し怖くなっちゃったんですよね」
そこを助けてくれたのが笹森コウだったという。
「まあ当然なんですが、あいつの方はメイを知っていたんですね。隣の家の同じ幼年学校。同じクラス。これ以上ないって程の幼馴染です」
様子がおかしなメイを気遣って優しくしてくれた。
それは彼女にとって初めて受けた他人からの気遣い。
「だからもしかしたらあの時が――」
そう言いかけて彼女は首を横に振った。
「いえ。これは関係ない事ですね」
仁もそこは深く掘り下げようとはしなかった。
きっとそれは、彼女が彼女だけの心のうちに秘めておけば良い思いだと感じ取ったから。
「幼年学校に行ったことで私の世界はちょっとだけ広がりました」
当然、彼女はもう一度行きたがった。
だがメイもそこは中々譲らない。それでも頼み込んで週に一度は入れ替わって彼女も幼年学校に通った。
「休日も入れ替わったりして……笑っちゃいますよね。あの両親全然気づかないですもん」
そう露悪的に笑っていた彼女だったが、疲れた様に笑みを引っ込めた。
「そのまま続けばまあそれなりに真っ当な終わりだったんでしょうけどね」
そうはならなかった。
シップ11のASID襲撃である。




