24 メイの戦う理由
仁のデスクの前に立ち、休めの姿勢になったメイを見て、仁は溜息を一つ。
「今日は説教じゃないから座っていいぞ」
嫌な慣れである。
メイがここに来るときは大体説教だったのだから。
「はっ。そう言えばそうでした。今日はまだお説教じゃなかったんでした!」
「そう言えば今朝の遅刻の件があったな。それは面談終わってからにしよう」
「しまった、藪蛇です!」
騒がしい奴と仁は思う。
だがその騒がしさの裏に、仁と同じような虚無感を抱えているかもしれない。
余計なお世話かもしれない。
だが、それでも彼女の教官ならば仁は力になってやりたい。そう思っていた。
「さてそれでは寮生活についてだが……何か問題はあるか? 部屋が煩いとか。ポルターガイストが発生するとか。誰も居ないのに話声が聞こえるとか」
「何で後半に行くほど心霊現象になるんですか? はっ、もしや私のあふれ出るオーラに惹かれて霊的存在が?」
「いや知らん。何となく聞いてみただけだ」
冗談半分だったが、やはり単に部屋が煩いだとかそう言う理由では無さそうという事が分かった。
ちょっとしたジャブみたいなものである。
「で、そういう事は無いか。住んでいて困った事とか」
「特には無いですね……強いてあげるなら、備え付けの椅子と机がちょっと高いです」
「それはお前の身長のせいだ。座布団を載せて頑張れ」
その程度の問題で遅刻はしないだろう。多分。
仁の回答も少しおざなりな物となる。
「む、教官適当ですね」
「後は頑張って背を伸ばせとしか言いようがない」
平均から大きく離れた訓練生にまで対応できるようにしていたら金がかかる。
メイには悪いが、少しばかり工夫してもらおう。
「むう、やはりそれが正攻法ですか」
「そのためには規則正しい生活としっかり食事を取れ」
「善処します」
善処だと困るんだよなあと思いながら仁は面談を続ける。
そこに切り込むのはまだ早い。
「次に小隊の事だが……上手くやれてるか?」
「何か教官、思春期の娘に久々に話しかける親みたいですね。日に日に澪ちゃんとの会話が減っていき……声をかけてもそっけない返事が……」
「おい、やめろ」
微妙に悲しい未来予測をされた仁は少し焦る。
ちょっと有り得そうだと思ってしまったのが悔しい。
そしてものの見事に話を逸らされている。
「今はお前の話だ」
「澪ちゃんが反抗期になったらその時は相談に乗ってあげますからね?」
「今は、お・ま・えの話だ」
強調する。
このままずるずるとメイのペースに巻き込まれるわけには行かない。
「ナスティン訓練生に余り迷惑をかけるなよ。アイツの遅刻殆どお前の巻き添えだからな」
「いやあ。お恥ずかしい」
照れ臭そうにしているが、余り悪いとは思っていない顔だ。
ユーリアを信頼しているのか。
……或いは、別にどうでも良いと思っているのか。
穿って見過ぎだと仁は己を戒める。
全く敵を殴って片付く問題が恋しくなると心の中で愚痴を吐く。
このところそうではない問題が山積みだ。
「まあ何時だったか休日も一緒に出掛けているみたいだし仲は悪くないんだろう」
「そうですね。ユーリアは大切な友達です」
しんみりと、そう言った言葉にきっと嘘はない。
だが。
「お前その大切な友達を差し出そうとしてなかったか?」
「それはそれこれはこれです」
やはりこいつの考えていることは良く分からんと仁は心中で両手を挙げる。
「次に笹森訓練生だが……訓練校に来る前からの知り合いだったのか?」
「何故、そんな質問を?」
「経歴を見たら出身校が一緒で住所が隣だったからな」
「ええ。まあ。顔見知り程度ですけど」
嘘だなと仁は直感した。
コウは知らないと言った。
メイは顔見知りだと言った。
そのどちらも仁は嘘だと思った。だが――。
(何故嘘を吐く必要がある?)
訓練校に入る前に知り合いだったか否かなど嘘を吐く必要もない話だ。
もしもこれが何かしらの企てならば二人で口裏を合わせる必要がある。
それすらしていない杜撰な隠蔽。
(二人して何か隠したい事がある。ただあくまで隠したい事が一致しているだけで共謀しているわけじゃない)
仁はそう推測した。相変わらずその隠し事は片鱗すら見えてこないのだが。
「訓練中の連携を見ていると、非常に息が合っているからな。もしかしたら前々から仲が良かったのかと思ってな」
「いえいえ。まともに話したのは訓練校で同じ小隊になってからですよ」
「そうだったか」
もう少し突っ込むべきかと悩むが、ここは堪えた。
「それでは本題だが……お前の遅刻の事だ」
「やはりそちらが本題でしたか。私は見抜いていましたよ」
謎のポーズを決めているが、それが自分のペースに持ち込もうとするメイの演技だという事は分かってきた。
この少女。ふざけているが……常に会話の主導権を渡さない当たりかなり賢いのではないかと思えてくる。
「まず何でこんなに遅刻するんだ。朝が起きれないのか?」
「ええ。まあ」
「理由は?」
ここで素直に言ってくれたら話が早くて良いのだが、残念ながら出て来たのははぐらかす言葉だ。
「嫌ですね、教官。女の子の夜の過ごし方を聞くなんて」
「場合によっては根掘り葉掘り聞くことになるな」
そう聞くとメイは少し困った顔をして、諦めた様に溜息を吐いた。
「内職です」
「は?」
「毎晩遅くまで内職していて、それで寝坊してました」
「いや、内職って何で……」
「持病がありまして。その薬代です」
仁はメイのデータを呼び出す。
「……そのような記述は見当たらないが?」
「ええ。申請してませんから」
「それ嘘だろ?」
「はい、嘘ですよ」
こうも真っ向から嘘を吐かれると仁としても表情が険しくなる。
同時に、メイがその理由を口にすることが無いという事が分かってしまった。
「……つまり、理由は言えないという事だな」
「すみません、教官」
「謝られてもな……」
根本原因を語るつもりは無いという事が分かっただけでも収穫というべきか。
いや、収穫にもなっていない。何も聞けないよりはマシだが、何一つ進展のある言葉ではないのだから。
「ベルワール訓練生。お前は何故軍人を志したんだ?」
「何ですか、急に?」
「急にでもないさ。正直、軍人に向いているとは思えないし、お前自身そこまでなりたいと思っている様には見えない」
「あーそうですね……」
しばし考える様にメイは黙る。
急かすことなく仁は答えを待った。
「実はもう目的は達成しているんですよね……」
「何?」
「だから、正直これ以上やる気が出ないというか。すみません、不真面目な訓練生で」
益々分からない。
まだ二回生が始まった頃に目的が達成されているというはどういう事なのか。
軍人になること以外に、訓練校に入校する目的とは何か。
「なるべく明日からは遅刻しない様に頑張ります。これで良いですか。教官」
「あ、ああ……」
思わずそう答えてしまった。
「じゃあ面談は終わりですね。ありがとうございました」
と、勝手に自分のペースで終わりにしてしまう。
巻き込まれまいとしていたのに、あっさりと仁はメイのペースに巻き込まれていた。
「あ、待て。何でお前は戦うんだ? 目的が達成されたっていうのなら、軍人になって戦う理由はあるのか?」
「そうですね……まあ。死んでほしくないから、とかですかね」
そう言ってメイは立ち去っていく。
追いかけることも出来ず、仁は自分の椅子に深く座り込んで考える。
「思った以上に根が深いのかこれ」
当人たちには深刻なのかもしれないが大人から見れば大した問題では無いという可能性もある。
仁としてはそうであって欲しいが、何やら予想外に重い話が飛び出してきそうな気配があった。
「どうしたものか……」
これ以上突っ込んでいくか否か。
「まあ放り出すわけにも行かんか」
最初に突っ込んだのは自分だ。
何かを投げ出そうとするのは一度で十分だ。
当人たちからは話を聞けた。
後は、令のやり方に倣ってみようと仁は思う。
即ち。
「経緯、過去が分からないと意見なんて言えない……全くその通りだな」
彼らの過去を知る人に話を聞くしかない。
幸いと言うべきか。実家の場所は分かっている。
突発だが家庭訪問の時間だ。
そこで仁は己のミスに気付いた。
「アイツ、今朝の遅刻の説教から逃げやがった」
後でやるって言ったのに。




