23 ユーリアの戦う理由
「シップ11。偶発的にASIDが取り付いた事件」
不運な出来事が重なった結果だと聞いている。
人型の様な大攻勢があった訳ではなく、防衛軍側の不手際が続いて、一体のASIDがシップ11に侵入したのだ。
死者数9名。行方不明者18名。
令の乗っていた連絡船撃沈を除けば、ここ近年で最も被害の出た出来事だ。
その防衛体制が非難された……と記録にはあった。
当時はまだ訓練校に入隊したばかりだったが、慌ただしかったのは覚えている。
「27名……」
この船団内で行方不明というのは原則的に有り得ない。
どこにいてもあちこちの監視カメラがその位置を割り出す。
それが出来ないという事はつまり、宇宙空間に投げ出されてしまったのだろう。
「この中に笹森訓練生の縁者がいた……のか?」
先ほどの態度を鑑みると、仁にはそう考えられた。
ただそこでメイの話で感情を露わにしたのかが分からない。
強くなりたい理由と無関係と思えないのは、結論を急ぎすぎだろうか。
「分からないな」
一先ず結論は今出す必要もない。
ユーリアの面談を始めようと切り替えた。
「ナスティン訓練生。次はお前だ」
「はい。教官」
と言っても、ユーリアは基本的に優等生だ。付き合いが良すぎるのが問題で。
「それじゃあ寮生活で何か問題でもあるか?」
「ええ……一つ大きな問題が」
「何?」
「メイが寝坊することです」
「それについては後で聞こう。それ以外にあるか?」
「いえ。寮についてはそれだけです」
名指しで問題扱いされるメイを不憫と思うべきか。それとも当然の結果と思うべきか。
「小隊については何か?」
「そうですね。全体として連携は大分良くなってきたと思います。講義後にも自主練習でシミュレーターが使えているのが大きいかと」
「そうか。何か問題を感じた事は?」
「笹森、君の事なんですが」
コウの名前が挙がった事で仁は表情を変えずにおやっと思った。
相手からは特に問題ないと上がっていたが、反対から見るとまた変わるのだろうか。
「時々メイを視線で追っていまして……あれはそのうち押し倒すのではないかと」
コウが聞いていたらするかボケ! と激しい突っ込みを入れていた所だろう。
メイが聞いたら腹を抱えて爆笑するであろう妄言。
「……いや、それは無いと思うぞ」
「そんな! 何故教官はそう言い切れるんですか? はっ、もしや……教官と訓練生の不適切な関係が……?」
「お前外でそんな事言って訴えられるなよ?」
後半は兎も角、前半は重要な情報だ。
コウがメイに何かしらの関心を持っているのは間違いない。
だが待て、と仁の中で何かが制止する。
もしかしてユーリアの妄言も半分当たっているとしたら。
その関心が恋だとして。割と純情なコウがメイの事を素直に名前で呼べないとしたら……。
「うん、無いな」
「そんなバッサリと!」
やはりその辺りはユーリアの妄想だろうと言い切れる。
「全く何でも色恋に結び付ける物じゃないぞ」
「……二人からも良く言われます……」
ただ、年頃の少女らしいと言えばらしいのだろうか。
むしろ逆に仁としては気になる。
技能は兎も角、至って普通の少女らしいメンタルの持ち主が何故軍人など選んだのか。
「ナスティン訓練生は、何故ここで戦う道を?」
「何故、ですか?」
「ああ。こういっては何だが……戦場が似合う様には見えない」
尤も、仁から戦場が似合うように見える人間など総じて人格破綻者なのでそこに含まれないのは当然だが。
「えっとさっき言われた通り、私何でも恋愛ごとに結び付けちゃいまして。っていうのもウチの両親が親戚で語り草になるくらいの大恋愛の末に結婚したんです」
「ふむ」
「だからか、世の中にはそう言う凄い恋をしている人たちもいるんだなって思って。そんな美しい物があるんだなって」
ここまで聞いても仁にはユーリアの結論が見えてこない。
頷いて続きを促した。
「でもこの前とか、十年前とかにASIDが襲って来るじゃないですか」
「そうだな」
「そんな事で素敵な恋をしている人の邪魔をさせたくないんです。私はそんなキラキラした物を守りたいって思ったんです」
自分の両親を始めとした、何の変哲もない人々の営みを守りたい。
それがユーリアの理由だった。
ある意味それは、誰もが持っている物なのかもしれない。
「……いや、一つ疑問なんだが。そんなに恋に憧れているなら自分でしようとは思わなかったのか?」
何故そこで守りたいと行ってしまったのか。
「え、だって別に軍に居ても素敵な恋は出来ますよね?」
「お前メンタル強いな」
思わず素の声が漏れた。
「どちらかというと私、筋肉質な人が好みなんです」
「そうか……」
笹森訓練生は結構いい筋肉してるぞと投げやりに言いたくなったが、コウが困る結果になりそうなので自重した。
「悩みとかそう言うのはなさそうだな」
「あ、悩み! 素敵な恋人出来ないです!」
「頑張れ。校則に反しない行いをしている内は応援する」
「面談なのに投げやり!」
教え子の恋愛事情まで面倒見ていられない。
「さてそれじゃあいよいよ本題に入ろう。ベルワール訓練生の事だが……」
「毎朝起こしに行ってるんですが……全然起きてくれなくて。私からこんなことを言うのも何ですが心配で」
「正直に言えば、こちらでも問題視している」
「……やっぱり」
むしろ、問題視しない軍人がいたらお目にかかりたい。
時間は厳守というのが軍なのだから。
「何か心当たりは無いか?」
「ごめんなさい。私には……ただ」
「ただ?」
「お金に困ってるみたいです」
「お金?」
「はい」
それもおかしな話だと仁は思う。
訓練校にいる限り、寮生活だ。
少ないとはいえ、給金も発生する。
先日の休暇での旅行もそこから出しているはずだ。
「金、金か……」
「それが原因かは分かりませんが」
「いや、ありがとう」
一番仲が良さそうなユーリアでも知らないとなると、メイ本人に聞くしかない。
仁はそう結論付けるしかなかった。
「あの……」
「ああ。すまんな。ナスティン訓練生との面談はこれで終わりだ。何かあったらいつでも来てくれ」
「そうではなく、メイの事なんですが」
「うん?」
「その、時間にはルーズだし我儘だし色々と人任せにしていますけど……」
何だろうか。陰口だろうかと仁は首を傾げる。
「良い子なんです。だからその、退校とかそういう事は……」
ああ。と仁は勘違いを悟る。単にユーリアは友達を庇おうとしているだけだった。
「大丈夫だ。少なくとも今のところそう言う処分は検討していない」
そう告げるとユーリアはほっとしたように表情を緩めた。
急にこんな面談をすると言い出したので、ユーリアはそれを心配していたらしい。
「すみません、ありがとうございました」
「戻ったらベルワール訓練生を呼んできてくれ」
「分かりました」
ユーリアの戦う理由は思ったよりも真っ当だった。
入隊理由は少々あれだが……まあ良いだろう。
そして肝心のベルワールについては結局分からず仕舞いだ。
敢えて言うのならば、友人相手にもその理由を明かしていないという事。
ここで自分が質問した程度でその壁を取り除けるだろうかと仁は思う。
「壁、か」
令にも同じことを言われた記憶がある。
壁を作っていると。
「ああそうか」
こうして情報を集めていって分かる事。
それはメイが仁に少し似ているという事だった。
似ていると言っても今の仁ではない。
訓練校時代の仁。その後約一年間。
令と出会うまでの仁とである。
戦う理由が見つからず、周囲に壁を作り。
決定的に違う点もある。
仁には何もなかった。大半が当たり前の様に持っている家族さえも。
だがメイはそうではない。
少なくとも真っ当な家族が存在していた筈だ。
そんな彼女が自分と似通るというのはどういう事なのか。
ベクトルは違えど、ユーリアとコウの二人から関心を向けられている彼女は何を思っているのか。
「言葉にしないと分からないよな」
こそこそと嗅ぎまわるのはこれでおしまいだ。
後は真っ向勝負で相手の真意を知るしかない。
「教官失礼します」
「よく来たベルワール訓練生」
ユーリアに呼ばれたメイが教官室にやってくる。
ここからがある意味今日の本番であった。
小さく、唇を舐める。




