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22 コウの戦う理由

 久しぶりに令の夢を見たと仁は目を開けてふと思った。

 

 視線を下ろすと、澪が気持ちよさそうに寝ている。

 この様子から自分がうなされていたという事はなさそうだ。

 

「過去になりつつあるのかな……」


 この前見た時も感じた事だが、徐々に夢から鮮明さが失われている。

 

「あれはまだ付き合い始める前だったか……?」


 その筈なのだが、自信が持てない。

 令との思い出ならば全て覚えていると思っていたのだが、その確信も今は薄れている。

 

 本当にあの時は驚いたと仁は思い返す。

 あの一年ほど前に色々とあったせいで少々荒れていた時期だ。

 よくそんな自分の所に来る気になったと令の胆力に今更ながら感心する。

 

 結局あの同居生活は――。

 

「いや、そんな事よりも戦う理由の方か」


 己の時のことを思い出して仁は直ぐに思考をメイの指導について切り替える。

 メイの場合はそもそも戦う事自体へのモチベーションが無いのかもしれないと仁は己の経験から感じたのだ。

 

 コウにはそれがある。理由は分からないが強さを求めている。

 ユーリアはどうだろうかと仁は思う。彼女も戦いへのモチベーションは薄い。

 それでも何かの理由があるのだろう。忌避はしていない。

 

 翻ってメイはどうなのだろうか。

 戦う理由。

 それが無いのではないか。

 

「……家族構成とか見て見るか」


 その思い付きを仁は翌朝実行に移す。

 

「えっと……普通にいるじゃねえか家族」


 ちょっと拍子抜け。

 てっきり自分と同じなのでは無いかと危惧していただけに肩透かしを食らった気分だ。

 

「経歴にも特に問題は……うん?」


 別のデータを呼び出す。

 笹森コウ。

 その経歴とメイの経歴を見比べる。

 

「初等学校、中等学校で同じ学校……?」


 つまりは同じ地区に住んでいたのだろう。住所を見ればかなりの近所……というかこれは隣同士だろう。

 流石にこれでお互いに面識が無いというのは無理がある。

 

 ついでにユーリアを見て見るが、彼女は別地区だった。少し意外である。

 仁の目から見てユーリアとコウ。どちらの方が付き合いが長そうに見えるかと問われたらユーリアだと感じていた。

 

「この前の連休の時の外出は……」


 ユーリアとコウはそれぞれ一度実家に帰っている。

 だがメイは見る限りでは一度も帰っていない様だった。

 コウと同じシップ11。コウが帰れてメイが帰れない理由は無いだろう。

 

 一度話を聞いてみてもいいなと仁は思う。

 本丸に切り込む前に、情報は少しでも欲しい。

 

 とは言え、こそこそと聞いて回る様ではメイも警戒するかもしれない。

 

 ならば堂々と、一度に聞いて回ろうと決めた。

 

「さて、今日だが……訓練生の面談を行う」

「面談?」

「2回生も三か月だからな。日ごろの生活だとかをヒアリングしろ、という事らしい。笹森訓練生、ナスティン訓練生、ベルワール訓練生の順で行くぞ」

「何順ですかそれ」


 通常船団共用語ならばアルファベット順だが、今回はその順番とも違う。

 ユーリアが少し気になったのか質問してきた。


「50音順」


 仁の端的な答えにユーリアは分からないという顔をする。

 まあそうだろうと仁は思う。

 仁も令に聞くまで、そんな物があるなんて知らなかった。

 

「今日の全講義が終わった後だ。適宜声をかけていくから帰るなよ」


 そう言って今日の講義を始める。

 座学は静かに。

 実技は苛烈に。

 

 仁の指導とはそう言う物だった。

 どちらかというと実技に偏っている。

 何しろ座学の成績に関しては仁も訓練生達と大差ない。用意された教本通りに進めているだけだ。

 

 座学でうつらうつらし始めるメイを叩き起こし。

 シミュレーター演習で三人まとめて叩きのめし。

 

 そうして今日の全講義が終わった。

 

 ぐったりとしている三人を見ながら、仁はコウに声をかける。

 

「笹森訓練生。面談を始めるぞ」

「……はい」


 流石に億劫そうに、だがしっかりとした足取りでコウは仁の後に続いた。

 仁の教官室に入って、コウに来客用の椅子をすすめる。

 

「大分体力が着いてきたようだな」

「ええ。まあ。お陰で操縦の時も少し余裕が出て来ました」

「それは良い事だ。さて、今日の面談は主に生活面でのことだ。寮生活で何か困っている事は無いか?」


 まずはコウ自身の事から聞いていく。


「いえ特には。ああ、廊下の照明のスイッチが不調なの何とかして欲しいです」

「伝えておこう」


 幾つかの設備面での要望をまとめてメモしておく。

 

「他にはあるか?」


 仁の問いかけにしばし考えこむようにして。


「いえ、自分の方には特に」

「なら今の小隊については何かあるか」

「特に」


 こうして会話していて仁は気付いた。

 こいつ、想像以上に周囲への興味がないなと。

 ただストイックなまでに己の強さしか求めていない。

 

「笹森訓練生は、随分と強くなることに拘っている様だが。何か理由があるのか」


 その問いに、コウの瞳の奥で炎が燃えた気がした。

 その色は、仁にも見覚えがある。

 激しさのベクトルこそ違えど、これは――。

 

「むしろ教官に逆に聞きたいです。弱くて良いことが何かあるのですか」


 睨むような。挑むような視線。

 その更に向こう側にある深い傷跡。

 

「弱ければ奪われる。弱ければ守れない。弱い事は罪です」


 この炎の色は――復讐だ。

 何かを失って、その失った相手に代価を支払わせると燃えている色だ。

 

 二年前の仁と同じ色だ。

 

「だから俺は強くなりたい。何か問題が有りますか?」

「いや、無い」


 だが仁とは違い、死んでもいいとは考えていない。

 首だけになっても食らいついてやるとは考えていそうだが。

 

 ならば、仁としては言う事は無い。

 その炎を絶やさずに燃やして強くなって欲しい。

 

「話を戻して小隊関係についてだが。ナスティン訓練生、ベルワール訓練生とはどうだ」


 思わぬところでコウの抱える物を垣間見たが、本題はこちらである。

 特にコウから見たメイの様子が知りたい。

 

「ナスティンとは……まあほどほどの関係を築けていると思います。この前も遊びに行きましたし」

「ああ。結構仲が良いよな。女子2人に対して男子1人だがその辺は問題ないか?」

「時々人を色情狂の様に扱ってくること以外は何も」

「ベルワール訓練生とはどうだ?」


 その問いに、コウは少し、ほんの少しだけ表情を歪めた。

 それは仁も気のせいかと思う程の短い間。

 

「アイツは、まあ普通です。ナスティンと同程度には付き合っているかと」

「ふむ……」


 そういえば、と仁はふと考える。

 この三か月、コウがメイの名を呼んだ場面があっただろうかと。

 チビだとかチンチクリンだとか。そう言うのはあった。

 

 だがそれは当然名前じゃない。

 

「そういえば笹森訓練生とベルワール訓練生の家は隣同士だったな。入校前から――」

「アイツは!」


 交遊はあったのか? という問いかけはコウの言葉で遮られた。

 彼自身、思いのほか大声を出してしまった事に驚いている様だった。

 

「アイツとは、会ったことが無いです」


 絞り出すような声。

 痛みを堪える様に表情が歪んでいる。


 その表情もどこかで見た事がある様な気がする。

 どこで見たのだろうかと仁は記憶を手繰り寄せるが見つけられない。

 

 そして今の言葉。

 完全に仁の直感だが、嘘が混ざっている気がした。

 

「そうか。すまないな、脱線した」

「いえ……」

「それからこれはウチの小隊でもお前にだけ言うんだが……」


 空気を切り替える様に、仁は声を潜めて静かに言う。

 コウも話の内容が変わったことに気付いたのか表情を元に戻す。

 

「寮の部屋に女子を連れ込むのはやめておけよ。結構バレるぞ」

「連れ込んでませんよ!」

「笹森訓練生がそうだと言っているわけじゃない。ただ稀にあるらしいんだ。連れ込んで妊娠させてしまい……ってのが」


 大体三年に一回くらいの頻度で。


「あと戸締りはちゃんとしろよ。女子に忍び込まれて……っていうパターンも稀にある」


 こっちも大体三年に一回くらいの頻度で。

 

「あと間違っても逆はするなよ。女子寮の警備は男子寮とは比較にならないからな」


 具体的には予算の桁が。

 

「しませんよ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶコウを見て、男女関係は大丈夫そうだなと安堵する。

 日頃の態度に反せず硬派な様で少し仁は安心した。


「なら良い。それじゃあ今日の面談は終わりだ。講義終わりにすまなかったな」


 そう言ってコウを見送る。


「何か思ったよりも根が深そうだな」


 ただ、メイの生活について聞きたかっただけなのだが、コウにもメイに対して何か思うところがある様だった。

 交友は無いと言っていたが、あれは嘘だろうと仁は思う。

 ほぼ間違いなく、以前から親交があったはずだが――それを何故隠すのか。

 

「……待てよ。シップ11か」


 その名前に聞き覚えがあって仁は調べる。

 次にユーリアの面談があるので手身近に概要だけ。

 

「あった。シップ11」


 今から十年前。

 シップ11にあったASIDの襲撃事件。

 そのニュースを仁は見つけた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。
[一言] 記憶喪失にでもなったのかと思ったけど、10年前なら違うか 記憶障害とかの可能性もあるけど……根っこがかなり深そうだなぁ
[一言] なんかもう、この船団の軍関係者って 皆、ASID絡みで何かしら問題を抱えた奴を 優先的に組み込む仕組みでもあるんじゃないのかと 勘繰りたくなりますなあw
2019/11/18 12:13 退会済み
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