21 仁の戦う理由2
「ナノマシン洗浄は便利だけど面白みがないね」
「シンプルで良いだろ」
「でもやっぱり私は身体を綺麗にするならお風呂の方が良いなあ。こう湯舟にたっぷりお湯を張ってそこにザバーっと」
「水が勿体無いだろ」
「無駄を減らすのは大事だけど、人間無駄を楽しめなくなったら破滅するってのは歴史が証明しているよ?」
ナノマシンで汚れを分解してきた令はついでに着替えも終えて来たらしい。
閉じこもれるナノマシン洗浄ボックスは更衣室としても使えた。
完全にリラックスする体制に入った部屋着の令を見て仁は再度溜息。
年齢を考えると少々少女趣味が強いと居ない事も無いが、似合っている。
別に、あのフラットな体形に手を出す気はないが、自分のプライベート空間に女性がいるというのは落ち着かない。
これが軍曹ならばどうだろうかと仁は考える。
(…………死ぬほど気まずいな)
出来ればこんな密閉された二人きりの空間に今は居たくない。
だからそう考えればその最悪よりも少しだけマシな現状には感謝しても良いのではないだろうか。
「そう言えば東郷君は彼女とか居るの」
「何で?」
「だって気になるし」
続きをどうぞ、と無言で促す。
「いたら、私まるで浮気相手みたいだから不味いかなあってちょっと不安になって」
「その気遣い、ここに来る前にして欲しかったなあ……」
割と真面目に、そうなっていたら非常に仁としては困ったことになっただろう。
だが。
「安心しろ。いねえよ」
「ええ。それはそれで安心できない」
「どう答えろっていうんだお前は」
イエスでもノーでも安心できない質問というのは殆ど罠に近い。
どっちの答えでも安心できないなら何故聞いたと逆に問いたい気分だ。
「まあ居ないなら居ないで良いや」
あっさりと令はこの話題を終わりにして、勝手に奪ったクッションの上に座る。
そうして自分の荷物の中からオーソドックスなキーボードを取り出すと眼鏡をかけて何やら打ち込み始めた。
「何してんだ?」
「前にも言ったでしょ。私、歴史研究家。一応仕事で来てるんだからちゃんと報告書書いておかないと」
眼鏡はディスプレイらしい。
「機械式の入出力デバイス何て古風だな」
「ここみたいにナノマシン注入型とか、第四船団みたいに脳神経にインプラントとかが特殊過ぎるだけだと思うけど」
そうだろうかと。仁は思う。
「人の技術の進歩に合わせてインタフェースが変わるのは自然だと思うんだが」
「それでも人その物に手を入れるのはまた違うと思うの」
「驚いた。第二船団の人間なのに自然派主義か?」
自然派主義――端的に言ってしまえば今令が口にしたように、人間に手を加えることに忌避を覚える人たちの総称だ。
第二船団は人体の機械化。
第三船団はナノマシンによる肉体改造。
第四船団では脳神経インプラントによる電脳化。
それぞれの船団でそれぞれの特色を持った人間への改造技術。
第一船団ではそれらは全て禁止されているので、自然派主義の人間は第一船団に多い。
サイボーグ万歳な第二船団出身者の令がそうであるというのは少しだけ意外だった。
「自然派主義っていう程大げさでも強固でもないかな。ただそう……怖いのよ」
「怖い?」
「だって全部ASID由来の技術だよ? それって人間をASIDに近付けるって事にならないかな」
「そうなのか?」
それは仁も聞いたことが無い話だった。
ASID由来の技術。
そもそもエーテルリアクター自体がそうだというのは知っていたし、他にも色々とあるのは周知の事。
しかし人体に関わることまでASID由来というのは……少しゾッとする。
だが言われてみれば納得だ。
第二船団は肉体を。
第三船団は生態を。
第四船団は思考を。
それぞれASIDに近づけようとしている。
「誰かが発明したんじゃないのか?」
「技術史が証明してくれてる。どの技術も、いきなり……本当にいきなり歴史の中に出てきている。普通はそれまでの技術蓄積や基礎研究がある筈なのに」
「資料が散逸してるだけじゃないのか? 楠木自身言ってたじゃないか。そう言う資料が無いって」
「そう。だから私のこの研究は正直意味が無いの。だってそう言う資料が無くなっただけ。名も消えた研究者達がそこに至るまでの道筋を見つけてくれたのかもしれないんだから」
でも、と令は視線を上げて仁を真っ直ぐに見つめる。
「そうじゃないかもしれない。本当にASIDのものかもしれない。そう警鐘を鳴らす事は必要だよ」
「それは何故?」
「この時代にそう考えるだけの材料があったって、未来に意思を伝えられるから、かな」
小さく笑って、眼鏡を外す。
一応作業が一段落したらしい。
「それじゃあ次は東郷君の歴史を教えてもらおっか」
「何でそうなる」
「だってさっき気になること言ってたじゃん。戦う理由が分からないって。そうなるに至った経緯。貴方の過去。そうした物が分からないと意見なんて言えない」
「そもそも意見を求めていないという俺の意見は?」
「本気で意見を求めていないのなら、戦う理由が分からないなんて口にしないでしょ?」
その言葉は仁には図星だったらしい。
自分ではどうすることも出来ず。
『ごめん、私じゃ仁の戦う理由になってあげることは出来ないよ』
「っ……」
拒絶の言葉。
例え今、その理由を見つけ出したとしてもその断絶が明らかになった以上は元に戻れない。
それでも見つけたいとそう願っていたことを令に見透かされていた。
「言いたくなければ言う必要はないよ。でもほら、こう考えれば良いんじゃないかな」
令はクッションの上に座り込みながら歯を見せて笑った。
「どうせ大した接点の無い他人何だから。知り合いには言えないような事もゲロっても平気だって」
「無茶苦茶な理屈だな……」
鼻で笑いたくなるようなロジックだが――どうやら仁はそんな無茶苦茶な理屈が嫌いでは無いらしいという事に気付いてしまった。
「別に対して面白い話じゃないんだけどな……」
「いいよ。面白さなんて期待してない。貴方の歴史を私は知りたいだけ」
そこまではっきりと言われると仁としても割り切りやすい物だった。
「……俺は児童保護施設出身だ。親の顔を知らない」
名前も素性も定かではない赤子。
それが嘗ての仁だ。
「正規市民だったらその気になれば探すことも出来たんだけどな……まあそんな気にはなれなかった」
市民IDにはDNA情報が紐づいている。だから、自分と類似するDNAパターンの検索は直ぐにできる筈だった。
しなかった理由は簡単だ。
そうやって直ぐに血縁が分かる移民船団で、子供を捨てるというのは相応の理由があっての事。
そんな相手に会いに行って、喜ばれるとは思えなかった。
「俺の施設はホント屑みたいなところでな……五歳くらいまでは全員同じ部屋で育てられた」
その環境が劣悪だった。
職員は殆ど何もしない。
三食、キューブフードを置きに来るだけ。
面倒を見ることも。
声をかけることも。
何もない。
今ならば仁も言える。
あそこは子供を育てる環境などではない。
家畜の方がまだいい暮らしをしていただろう。
仁の片づけ癖は訓練校時代の軍曹を反面教師として生じた物だったが――その根幹にはあの汚い子供部屋が頭に染みついているからかもしれない。
「結構な人数が死んだよ。それをどうやって誤魔化していたのかは……俺には分からないけど」
その環境に耐えられず、次の日の朝には息をしていなかった者。
突然姿を消した者。
職員が選んで連れていかれた者。
「6歳になったら少しはまともになった。でもやっぱり環境としては最低だった。俺、初等学校に通った事が無い。あの施設がそのまま学校としての資格も持ってたから」
そうやって閉じ込められていた。
脱走を試みようにも、施設の全てをドームで囲まれている構造では簡単ではなかった。
そして、失敗したらどうなるのか。
その分からない恐怖が子供たちを縛っていた。
「そこから約十年。子供の数は減ったり増えたり。偶に引き取り手が出た子供もいたけど……」
それが真っ当な物だったかどうかは今の仁には疑問だ。
「俺は、適性検査で防衛軍のパイロット以外に適性が出なかったから。だから施設を出られた」
施設の外に出る適性が無い子供はそのまま施設に残らされていたが……どうなったのかは仁も分からない。
何時の間にか姿を消していたのだから。
「訓練校に入隊するとなった年に、その施設は閉鎖されたよ」
不適切な金の流れやら、児童売春の痕跡が見つかりその施設は閉鎖となった。
「そんな環境で育ったからな。戦う理由の中に家族ってのは入れようが無かったんだ」




