20 仁の戦う理由1
採集任務の合間も、訓練は続く。
だが――。
「……ベルワール訓練生はまた遅刻か」
「すみません……」
「ナスティン訓練生が謝る事ではない。謝る事ではないが……」
こうも頻繁だと仁としてもフォローが難しい。
「ナスティン訓練生。ベルワール訓練生は普段寮でどんな生活をしてるんだ?」
「寮生活ですか。えっと、その……」
どうにかメイをフォローしようとユーリアも苦心している様だったが言葉が出てこない様だった。
第三船団では何よりも職業適性が重視される。
限りある人間という資源も有効活用しようとする合理性だが――その合理性の中には性格という判断基準が丸っと抜けているのもまた事実。
故に能力だけはあるが、性格的に向いていないという事はあり得る。
訓練校時代の仁がそうだったので良く分かる。
「すみません、遅刻しました」
「ベルワール訓練生。少しは申し訳なさそうな顔をしろ」
全然すまないとは思っていない顔でやってきたメイに突っ込みながら仁は考える。
コウは素直に講義を受けるようになった。
模擬戦で叩きのめすのは彼にはやはり有効だったらしい。
元々強くなることがモチベーションの彼はある程度放置しても伸びていくだろう。
ユーリアも基本的には問題ない。
遅刻も基本的にメイを間に合わせようと尽力して力及ばなかった時だけだ。
やはり最大の問題児はメイだった。
その生活態度を改めさせないとどうしようもない。
「大体、何でこんなに遅刻したり居眠りしたりしてるんだ。寝不足なのか?」
根本はそこだ。そこが改善されればなし崩しに他も改善される気がする。
寝付きが悪いと言うと深刻さが薄れるが、睡眠障害だとすると深刻に考えなければいけない。
「そう言う訳じゃないんですが、育ち盛りなので!」
「……反省文の準備をしておけ」
真面目に答えるつもりが無いという事が分かった仁は一先ず罰を伝えて、講義を進めることを優先した。
だが最早これ以上は看過できない問題だ。
「叩いて伸ばすだけなら何とかなりそうだったんだがな……」
やる気のない訓練生をどう軌道修正するか。
そんな方法。自分で軌道修正できなかった仁が知る訳が無いというのに。
◆ ◆ ◆
五年前。
「何のために戦うかが分からない?」
「ああ」
防衛軍の寮。
仁の部屋の一角を占拠した令はふとした雑談の中で出て来たその言葉に首を傾げた。
いや、もしかしたら単にストレッチをしただけかもしれない。
筋肉を伸ばすようにしばらくその姿勢でいるのでその可能性が濃厚になってきた。
「んっ……そう言うのって大抵は家族の為とか守りたい人の為とかじゃないの?」
「普通はな」
大半の軍人は戦う理由にそれを据えていた。
だが仁には同じことが出来ない。
「家族はいないし、守りたい奴は皆隣にいる」
「そうなの?」
今度は身体を前に倒しての柔軟。
人のベッドを占領してストレッチに余念がない令にいい加減に仁も苛立ってきた。
「お前な。勝手に人の部屋に上がり込んで、何やってんだ」
「え、寝る前の柔軟」
「待て。帰らずに寝る気かお前」
「言ってなかったかな。私、ID落としちゃったの」
「はあ!?」
突然――本当に突然仁の部屋を訪れた令。
楠木令という名前は仁も覚えていた。
というよりもあの強烈なキャラクターは中々忘れられない。
たった一月前の事だが、何の下調べもせずにライブラリに突入しようとして歩哨をしていた仁に厳重注意を受けた女性。
その思い付きの勢いで行動する様に頭を痛め、少しばかり協力してやったというだけの縁のハズだった。
「やあやあ東郷君久しぶり。あ、これ第二船団のお土産。ちょっと上がらせてもらうね」
と流れる様な動きで驚き固まる仁の脇をすり抜けて部屋の一角を占拠したのだ。
まあその内帰るだろと思って放置していたのが仁の失策だった。
やはり片づけは後回しにしてはいけないと心に誓う。
「楠木、お前……IDを落としたって」
「空港まではもってたはずなんだけどね。夜も遅いからホテルにチェックインしようと思ったらもう無かったんだ」
「何やってんだよお前……」
仁は呆れ果てて頭を抱える。
令の言っているIDとは即ち、身分証であり財布だ。
第三船団では体内に注入されたナノマシンで全て賄われているが、他船団ではまだカードタイプが主流。
それを落としたという事はつまり、今の令はこの船団では身元の証明も支払いも出来ないという事。
当然、ホテルに泊まることも出来ず、再発行の為に役所に行こうにももうとっくにしまって夜の街を彷徨っていた。
そこでふと、仁の事を思い出したのだという。
「ほら。ライブラリ入る時に貴方のパーソナルデータは見てたから。住所を思い出して、ここの寮に来たの」
「…………………………入り口で呼び止められなかったか」
「止められたよ。管理人さんっぽい人に。207の東郷仁に会いに来ましたって言ったら通してくれたけど」
その回答に仁は天井を仰いだ。
ここは軍の独身寮だ。
管理人は令の事を仁の彼女とでも思ったのか……或いは呼んだコールガールとでも思ったのか。
せめてどうか前者であってくれと祈るしかない。
「と言う訳で泊めて」
「正気かよお前」
会話時間は累計しても10時間に満たない男の所に転がり込むとはチャレンジャーにも程がある。
「だって私、第三船団に他の知り合いいないし」
「大使館行けよ。大使館……あんだろ第二船団の」
「そこに行くまでのお金も無いのよ」
「じゃあ貸してやる」
「いやあ。それは悪いよ」
「泊まるのは悪くないとでも……?」
その判断基準が分からず、仁は頭痛を覚える。
「それにほら、もうハイパーループの運行時間終わってるし」
「何?」
時計と営業時間を並べて見比べる。
営業時間は23時まで。船団時間は23時1分。
つまり、今から大使館へ送り届けるのも無理な話。
「ね?」
「頭いてえ」
「わ、大変。看病してあげようか。大丈夫妹で慣れてるから」
完全に泊まる事を前提として話しているのが更に頭痛い。
「碌に知らない男の所に泊まるとか何考えてんだお前。もうちょい身の危険とか考えろよ」
それとも、その危険を込で渡り歩くような人種なのだろうか。
「碌に知らないなんて事は無いよ。困ってたところ助けてくれる優しい人だってのは知ってるから」
にこっと照れも無くそう言い切られてしまうと仁の方が逆に照れる。
優しい人だなんていわれた記憶は無い。
『仁は優しくないね。自分にも他人にも』
「っ……」
その真逆の事を言われた記憶。
まだ一年ほど前のそれを思い出して少し胸が痛んだ。
「それに、単純な確率論の話」
「あ?」
「外で野宿。或いはフラフラしていて危険な目に合う確率と」
「いや、第三船団そんなに治安悪くねえよ……?」
「ここで危険な目に合う確率だったらこっちの方が低そうじゃない?」
「いや、それは、まあ。そうなるのか?」
何かそう言われるとそんな気がしてくる仁は自分でも若干混乱しながら頷かされる。
「ほら。だから少しの間で良いから泊めて? ID再発行までで良いから」
「しょうがない……って待て。明日までじゃないのか。朝一で大使館行けよ」
「いやあ、ほら。大使館で泊まると結構お金取られるからさ……」
「人にたかるな」
「あ、大丈夫。ちゃんと代価は払うよ? ID帰ってきたらだけど」
まあ確かに仁の部屋に泊まる方が安上がりではあるだろう。
だが、理屈の上では分かってもそれを実行するかこいつという思いの方が強い。
「代価って言っても身体で支払うとかはしないからね?」
「しねえよ」
「ほら、やっぱり安全だ」
「詭弁にも程がある……」
しかもその詭弁を弄しているのが被害者になりかねない側だというのが酷い。
「分かった分かった……部屋の隅で大人しくしてるなら好きにしていい」
「本当? じゃあ早速アルバムでも見せて貰おうかな?」
「大人しくしてろって言っただろ」
「好きにしていいとも言ったよ? アルバム読んでも騒がしくしない。大人しい。好きに出来る。おっけー?」
「おっけーじゃない」
やっぱ今からでも叩きだそうかと仁は頭を悩ませる。
そうこうしている間に荷解きまで始めたのでタイミングは完全に逸したのだが。
「あとさっきの危険な目にあった時……無理やりえっちな事された時って相手の素性分かってる方が慰謝料とか取りやすそうじゃない?」
「お前怖いな!」
そんなことをする予定は一切ないが、思わず仁は悲鳴を上げた。




