18 正体不明
「形状、サイズから言って情報収集型の無人機。典型的なドローンだな」
巡洋艦『レア』に帰投後、ロッカールームで仁はそう言われた。
先ほど出撃していた正規兵部隊の隊長である。
「実際問題として、それ以上の機能は詰め込みようがねえ」
「そうですね……」
階級は相手の方が上なので、仁が丁寧な言葉遣いを心掛けていると破顔一笑して、首に肩を回してくる。
「おいおい、船団記録保持者がそんな畏まんなよ。まさか教官やってるとは思わなかったけどな!」
「まあ色々ありまして」
「だから畏まんなって。まあ良いや。問題はこいつがどこのどいつかって事だな」
一転して真剣な顔になった中隊長は声を潜める。
「心当たりはあるか?」
「……いえ、特には」
「そうか……。いや、うちの隊は正直そんなこそこそ観察するようなとこじゃないからな。あるとしたらアンタかと思ったんだが」
前半については仁も同意だ。
ごく普通の中隊だった。
腕は悪くないようだが、飛びぬけて言い訳でもない。
この前の戦いを生き抜けたのだから運は良いと思うが。
「こう言っては何ですが。自分の情報が欲しいならその辺にいくらでも転がってますので……」
「ああ。そりゃそうだな。軍の資料辺り漁ればアンタの操縦記録何ていくらでも出てきそうだ」
その技能を後進に残すためという名目で、仁の操縦記録は結構な数が保管されている。
改めて外部からそれを観察する必要などないはずだった。
「念のために聞いておきますけど、これうちが放った偵察機じゃないんですよね?」
「少なくとも公になっている物ではないな。そもそも光学迷彩搭載型のドローンなんてうちの船団にはねえ」
「確かに」
というよりも、どの船団でも公には実用化されていない物のハズだった。
「だが現物があった以上、どこかの船団が隠れて運用しているのは間違いねえ。きな臭いぜ」
◆ ◆ ◆
そんな会話を思い出しながら仁は用意された部屋へと戻る。
巨大な船団をアステロイドベルトに入れようとしたら小惑星との接触の危険がある。
それで損傷を増やしては本末転倒なので、船団自体は少し離れた場所にあった。
故に、そこからアステロイドベルトまでの往復には時間がかかる。
船団時間基準で一泊二日。
つまりは泊まりの任務に仁は少々困った。
言うまでもなく澪の事である。
流石に一人家に留守番させるわけには行かない。
ジェイクに頼みたい所ではあるが、彼も今は自宅を失って仮屋暮らし。
シッターを雇うしかないかと、考え始めていたところだった。
そこに軍曹が立候補してくれたのは非常にありがたかった。
――他人を、自分の家に入れたくなかったのだ。
ところで軍曹の家は人を入れて大丈夫なのかと疑問だったが、当人が良いと言うのだから良いのだろうと仁は割り切った。
船団内時刻を確認する。
午後七時。
二人とも帰宅している時間だろう。
左手甲のスキンシートを操作する。
部屋のテーブルの上に投げ出された仁の携帯端末を経由して、澪の携帯端末に通信を繋ぐ。
この機会にと一番シンプルな物を買い与えたのだが、大喜びしていた。
曰く、これで友達と通話が出来ると。
学校で持っていないのは澪だけだったという事を知り、仁は至らなさに深く反省した。
コールする事数回。
少し時間がかかるなと仁は思う。
単純に、船団から離れているからかと思い、辛抱強く待っていると通信が繋がった。
目の前に展開された仮想スクリーンに、相手の映像が映し出される。
『おとーさん!』
『ちょ、澪ちゃん! 服を着てから――』
「すまん。かけなおしてくれ」
肌色面積多めな映像を見て速やかに仁は通信を切った。
なるほど、出るのが遅いはずである。
いや、早かったのだろうか。
風呂上がりだったのか、二人とも一糸纏わぬ姿だった。
辛うじて軍曹はバスタオルを掴んでいたが、隠せている面積はごく一部。
戦場でも中々ない反射速度を見せて仁は通信を打ち切った。
澪は全くその辺り気にしていなかったようだが、軍曹までそうはいかない。
着替え終わったらかけなおしてくるだろうと思ったら、即座にコールされた。
本当に大丈夫かと疑っていた仁は、映像をオフにした音声のみで通話を繋ぐ。
『おとーさん! あれ? 映んない』
『だからまだ繋いじゃダメですってば。服を着てから!』
あの半裸でグースカ寝ていた軍曹が成長したなと良く分からない感慨を覚える。
「大丈夫だ。軍曹。映像はオフにしてある」
『お気遣いどうも……』
『えー。顔見てお話ししようよ』
「澪。人間は服を着て生活する生き物なんだ」
だからまずは服を着なさいと、暗に伝える。
『はーい……』
もぞもぞと衣擦れの音。
『着た!』
『まだですからね、中尉!』
「大丈夫だ。分かってる。そっちから切り替えてくれ」
完全に澪は自分の都合で動いているので、軍曹の着替えの有無は気にしていないだろうというのは分かっていた。
更に少し待って、向こうから映像有に切り替えられる。
「その、すまなかったな軍曹」
『いえ、お気になさらず……』
そう言いながら軍曹は手にした雑誌で顔を隠している。
大方化粧していない顔を見られたくないとかその辺りであろうと仁は予測する。
訓練校時代にさんざん見ているのだから今更取り繕っても……と思わないでもない。
『おとーさんあのね。しゃろんのおうち大きいの!』
「へーそうなのか」
あいつ結構貰ってるんだなあと仁は感心した。
『あとね、凄いおっぱい大きかった!』
「……へーそうなのか」
先ほどと同じトーンで返事をする。
知ってはいたが、無邪気に言われると反応に困る。
「あー澪。迷惑はかけてないか……今の会話以外で」
雑誌の陰から見える軍曹の耳が真っ赤になっているのを見て仁は最後の一言を付け足した。
今回の礼で奢る時には少し奮発してやろうと誓う。
『澪ちゃんには助けて貰ってますよ。お掃除上手でした』
『すごく散らかってたの!』
『あ、あれでも片付けてあったんですよ!?』
『あれじゃあだめです。おとーさんは怒ります』
基本的な家事能力は澪の方が上だが、片づけという一点においては仁の方が厳しい。
その基準には満たないと、澪が首を横に振った。
『中尉。まさか何時ぞやの調子で澪ちゃんを怒ってるんじゃないでしょうね』
「いや。あれはお前だけだ。ゴミ屋敷を見て怒らない奴は居ねえ」
とは言え、人を招いただけあって当時よりはマシな様だった。
当時そのままだったら澪はきっと散らかっていたではなく、足の踏み場が無かったと言うだろうから。
「そうだ。軍曹。ちょっと調べて欲しいことがある」
先ほどのドローンのデータを、軍曹の業務用端末の方に送る。
『何ですか中尉。これ。ドローンのデータ。しかも壊れた後のですね』
「今日の採集任務中に発見した所属不明機だ。どこの所属か知りたい」
『いや、残骸のデータだけじゃ何とも……んん? でもこれ見た事ある場所が無いですね』
好奇心が刺激されたのか、見えない場所で軍曹が舌なめずりした気配がある。
『調べておきますよ。分かったら中尉の端末に結果送っておきますんで』
「頼む」
『むー。おとーさん、澪を仲間外れにしないで』
こっちを見てとピョンピョン飛び跳ねる。
悪い悪いと謝りながら仁は澪に視線を向けた。
『じゃあ私は夕飯の準備しますんで』
そう言って軍曹も画面から消えた。
『今日学校でじゅぎょーさんかんのお知らせ貰ったよ』
「ああ。こっちにも届いてた」
『おとーさん来れる?』
「行く。絶対に行く」
例え何があっても行くつもりだった。
既に通知を受け取った段階でスケジュールも空けてある。
澪の普段の学校生活を見る機会。
逃すわけには行かない。
『カーマインちゃん凄いんだよ。重たい机、一人で運べるの。みお運べなかった』
「澪はちっちゃいからな……」
平均と比べると少し小柄だが、ちゃんと成長はしている。
「その内大きくなるよ」
『うん。先生もちゃんと食べれば大きくなるって言ってた』
そういう意味では、栄養素を管理してくれるキューブフードは理想なのだが。
それだけじゃ嫌だというのだから仕方ない。
何だか背後からあっつ! とかいう悲鳴と、何故だかジェイクの声が聞こえてくる。
「ジェイクがいるのか?」
『ううん。じぇいくはいないよ。しゃろんが電話してる』
馬鹿。ちげえよ! という声が聞こえてきて何となく察した。
軍曹が料理というので仁も不思議に思っていたのだ。
あいつ外食ばっかだったよなと。
そこでふと仁も自分の腹加減に気付く。
もうすぐ八時。
こちらも食事を取らなければ食べ損ねてしまう。
「俺も晩御飯食べないとな。じゃあ澪。明日には帰るから。おやすみ」
『はーい。おやすみなさい』
軍曹の悲鳴と、軽い爆発音が切れる寸前の通信回線に乗った。




