17 アステロイドベルト
「推進装置をアステロイドの指定されたポイントに設置しろ。丁寧にな」
問題児小隊を含む、訓練生達を引き連れた仁は一つの小惑星へと接近していた。
直径約十キロもある小惑星。
流石にこのサイズともなると、僅かな重力がある。
遮るものの無い真空中ではいくつものクレーターがくっきりと見えた。
「軸の最終確認が終わったら離脱だ。まさかとは思うが……この程度の重力に引っかかるやつは居ないだろうな? いたら重力下戦闘のライセンスは一生取れないと思え」
仁の言葉に四回生――即ち、前回の大襲撃で出撃した面々――が笑う。
仁について行こうとした彼らはそのライセンスが無いことで止められたのだ。
まがりなりにも一度実戦を経験した彼らは大分リラックスしている様だった。
対照的に現三回生、二回生は大分緊張している。
傍から見ていても操縦が硬い。
それに引き換え――。
『見てくださいユーリア。あそこのクレーター。繋がって卑猥な形になってますよ』
『アンタ……そんなところ見てないで作業を、ってもう終わってるのね』
流石だと仁は舌を巻く。
推進装置を設置するのは結構骨が折れるのだ。
小惑星は言うまでもなく滑らかな表面などしていない。
細かな岩石などで凹凸の激しい場所へ、一発で設置を成功させるのは至難の業だ。
まだ他の機体は設置場所の選定に四苦八苦しているというのにメイはあっという間にそれを終えてしまった。
空間把握能力と、機体制御技術の賜物だ。
普段の訓練でも思っていたが、メイの機体制御技術は群を抜いている。
それが無ければ高速機動中の姿勢制御が出来ない。
仁も人後に落ちない自信はあるが、メイの年齢の時にこれだけの事が出来たかどうか。
「ベルワール訓練生。良くやった。まだ推進装置はある。そちらも設置してくれ」
『はい。教官。おおっと? 笹森君はまだ一個目なのかな?』
『舐めんな。直ぐに設置してやるわ』
目星をつけていたのか。それともメイに言われて焦ったのか。
コウは推進装置を設置する。
それを見て仁は一応注意を促すことにした。
「笹森訓練生。急ぐのは良いが、雑になるなよ。設置ポイントをミスったらスピンして見当違いの方向に進む事になるかもしれない」
『分かりました』
やはり、焦りがあったのだろう。
設置場所を微調整している。
『やーい怒られた』
「ベルワール訓練生も煽るな。自分の作業に集中しろ」
『はーい』
この二人は良くこうして言い争って……というか煽りあっている。
それが険悪な物ならば仁も対処する必要があると考えていたが、お互いにそれで刺激しあって伸ばしあっていた。
二人を取りまとめるユーリアには悪いが、今のままの方が良いだろうと放置している。
『……教官。1-5ー3000に別の小惑星が有ります。今のコースだと接触しますが』
「良く気付いたな。ナスティン訓練生。あちらは正規兵が軌道変更を行う。気にせずに作業を続けろ」
『分かりました。すみません、ありがとうございます』
ちらりと仁は自機のレーダーを見る。
当然だが、3000キロも先の物体は捕捉できない。
メインカメラからの画像補正、そこからの推定計算で場所を割り出したのだろう。
だがそもそもの話として、ユーリアが言った小惑星は非常に小さい。
仁も予め正規兵側から聞いていなければ気付けなかった。
周囲への観察力が高い。
やはりこの子は指揮官向きだと確信する。
些細な違和感を見落とさない観察力は、想定外の戦場できっと役立ってくれる。
その才をどうやって磨いていくか。
仁としては楽しみでもあり、怖くもある。
何時だって人を教え導く時はその輝きを曇らせないかと不安になる。
それから数十分後。
小惑星のあちこちに推進装置が取り付けられる。
まるで栗の様だと思いながら仁は訓練生達を下がらせる。
「こちら臨時大隊。推進装置の設置完了。全機退避」
『了解した。全推進装置を起動する』
ここまで仁たちを運んでくれたロザリオ級巡洋艦『レア』の艦橋からの返信と同時。
小惑星が一気に輝きだす。
推進装置の正体はアサルトフレームなどに搭載されているエーテルスラスターだ。
その中にはエーテルがたっぷりと充填されており、リアクターが無くともある程度の時間、推進器として機能する。
巡洋艦『レア』は全長一キロ近い艦だが、流石にこれだけのサイズの小惑星を詰め込むことは出来ない。
ネイル級駆逐艦は400メートル、ロンバルディア級戦艦は五キロメートルあるが何れであっても不可能だろう。
ならばどうするかと言えば――小惑星自体を運んでしまえば良いという考えだ。
設置された推進器その数約500。
それだけの数が一斉に噴射するとどうなるか。
答えは今目の前で起きている。
直径十キロもあった小惑星が微かに動き出す。
それは徐々に加速し、船団の方へと向かい始めた。
そのままではただの質量攻撃なので、反対側の推進器でも減速を行い軌道調整していく。
ここまでできれば後は巡洋艦側からの制御任せだ。
その道のりは約1千万キロメートル。
アステロイドベルトから離れたらそこでオーバーライトさせて船団近郊宙域まで運んでいく。
『起動確認。各機帰投せよ』
「了解。これより順次着艦を行う。それじゃあ帰るぞ。忘れ物するなよ? 偶にいるからな。小惑星に装備忘れていくやつ」
そうなったら小惑星を追いかけて、相対速度を合わせて回収しないといけない。
それなりに手間だ。
特に忘れ物の無いことを確認して、百機近い訓練生のアサルトフレーム部隊が着艦していく。
その間、別の小惑星の軌道修正を行っていた正規兵の中隊が護衛についた。
十二機のレイヴン。
超大型種との戦いで散った戦友たちを思い出して、少しだけ胸が痛む。
流石に百機もいると時間がかかるなと思いながら仁は周囲に気を配る。
「……うん?」
ふと。仁の感覚が何かを訴えかけてくる。
仁のレイヴンに装備されたエーテルライフル。
それを虚空に構えた。
『おいおいどうした、教官さんよ。そっちには何もいねえぜ』
『ビビっちまったのか?』
からかいの声が聞こえてくるが、それらの雑音を全て無視。
違和感の命じるままにトリガーを引き絞った。
エーテルの弾丸。
光の弾が真空の宙を駆ける。
『おいおい、撃っちまったよ……あ?』
着弾。そして閃光。
何もない虚空に光の花が咲いた事で正規兵たちは一斉に戦闘態勢に入った。
『おい、今のは何だ』
「……分からない」
勘としか言いようがない。
何かある。
そう感じた仁は警告抜きで撃ち抜いたのだが……正体は掴めなかった。
『ASID、じゃねえな』
「恐らく。エーテルの反応は一切なかった」
威力は最低に絞ったが、それでもほとんど跡形も残らなかった。
ASIDは例外なくエーテルを纏っている。
現状の所エーテルを持たないASIDは存在しないと言っても良い。
『どう見る?』
「どこの物かは分からないが……少なくとも光学迷彩を用いてこちらを見ていた、と見るのが正しいだろうな」
問題は、どこの誰がそんなことをしたかだ。
『こっちはさっぱり分からなかった……。アンタの感覚が頼りだ。他にいないか?』
「…………いや。俺には」
分からない。
そう言おうとしたところでユーリアの声が飛んだ。
『メイ! 笹森! 6-9-100!』
『分かりましたよ!』
『本当だろうな』
着艦待ちをしていた問題児三人の機体が勝手に隊列を離れて全速で動き出す。
『おいおい。あのヒヨッコ共……!』
「いる!」
ユーリアの指定したポイント。
そこに意識を向けて仁も気付けた。
微かに揺らめく何か。
移動しようして光学迷彩の映像補正が追い付いていない。
『見つけたぜ! シザースコンビネーションA12だ!』
『了解!』
メイとコウの機体が更に加速する。
何やら二人だけで通じる符牒を告げると、二手に分かれて何かを追い込む。
『ゲットです!』
ボールをキープするように、メイのレオパードが何かをがっちり掴む。
それを見て護衛中隊の隊長が口笛を吹いた。
『やるね。ヒヨッコ共。判断の速さも、機体制御も見事だ』
「ええ。全く」
勝手に動いたことは叱責物だ。
だがそのお陰で正体不明の何かを捉えられた。
「よくやったぞお前ら。勝手に動いたことは一先ず不問にしてやる」
『すみません、教官。つい咄嗟に……』
確かにユーリアにしては拙速と言える行動だった。
ただ彼女からそこにいると聞いて、コウやメイ程に早く行動できたかと言われたら自信がない。
あの二人もユーリアを信頼しているからこそ即応できたのだろう。
多分。
『教官。これどうしますか。そのままそちらに持っていけば?』
「ああそうだな。よろしく頼む」
『了解で――』
爆発。
メイ機が掴んだ何かが爆散した。
爆風に包まれる機体を見て、ユーリアが悲鳴を上げる。
『メイ!』
『うひぃ! ビックリしました!』
直ぐに元気な声が返ってきて仁も強張った肩の力を抜く。
『自爆されましたね』
「そうか……」
結局こちらでも手掛かりは碌に掴めなかったという事になる。
いや、手掛かりは一つ。
相手はこちらに存在は兎も角素性は気付かれたくないという事が分かった。
『……上に報告だな』
「ですね」
何とも釈然としない結末であった。




