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14 楽しい登山

 山の裾野を登る。

 

 船団にあるこの山は言うまでもなく人工的に作られた物だ。

 生まれも育ちも船団の中という人間が大多数を占めているのは当然の事。

 仁もその例に漏れないが――彼の場合は重力圏での戦闘の経験があった。

 つまりは、惑星に降り立ったことのある数少ない人間だ。

 

 例えばこの第三山岳地などと言う味気の無い名前を付けられた山は標高2000メートルを模しているらしい。

 

 初めて来たときはそれだけでも驚いた物だった。

 こんなものが、自然界には存在していたのかと。

 嘗て降りた惑星で標高10000メートルを超える山を見た時は、驚きの余り数秒呆然とした。

 

 宇宙でいるのとはまた違う、自分なんてちっぽけな存在だと伝えてくる自然の産物。

 その驚きを少しでも澪と共有したかった。

 それ以外にももう一つの理由があったので今回の連休はここを目的地としていたのである。

 

「おっきいねえ……」


 案の定と言うべきか。初めて見る山に澪は口を半開きにして驚いていた。

 

「今日はこの山に登って、山頂まで行って、そこからまた下って中腹辺りでキャンプだ」

「キャンプ! 知ってる!」


 知ってるのかと仁は少し驚く。

 家の中にある様な物で、キャンプを知る機会があったのだろうか。

 そう思っていると、澪が種明かしをしてくれた。

 

「とーや君が行ったって言ってたの」

「ほう、とうや君が……」


 確か澪の子分一号である。


「テント張って、ばーべきゅーして、花火したって言ってた」

「なるほど、テントにバーベキューに花火ね……」


 ちらりと左手甲に触れて今日のプランを呼び出す。

 花火は無かった。流石に今から調達するのは難しい。

 

「すまん、花火は無い……」

「えー」

「でも他は全部あるから、な!」

「やったー!」


 両手を挙げて喜ぶ澪を見れただけでも今日来た甲斐があったと仁は思う。

 次は花火も準備しなくてはと決意を新たにする。

 

「ほら、ちゃんと前見て歩きなさい」

「はーい」


 山の中はまた普段見慣れない物が数多くある。

 それらが気になるのか、澪は真っ直ぐ歩かずにあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

 疲れるぞ、と忠告するのだがへーきと言って取り合わない。

 

 まあばてたら背負っていけばいいかと仁は楽観する。

 体力よりもむしろ、時間の方が心配だ。

 一本道をジグザグに進んでいるような物なので時間がかかる。

 

「おとーさん見て! なんかいるよ」

「ん。……ああ、なんだろうなあれ。うさぎもどきだったか」


 どこかの惑星で見つかった生き物のハズだった。

 何でも母星に嘗て生息していたウサギによく似た見た目をしているらしい。

 だが厳密には違うので最後に「もどき」がつけられたとか。

 

 そもそものウサギを見た事がある人間など皆無なので、モドキと言われても真偽は定かではない。

 ちなみに、食用である。

 

「良いなあ……触りたいなあ……」


 確かにあの毛並みは触りたくなる。

 だがうさぎもどきはそのまま森の奥へと消えていく。

 

 逃がさないとばかりに追いかけようとする澪。

 その首根っこを掴んで仁はどうにか引き留める。

 

「こらこら。コースを外れるな。迷子になるぞ」

「そしたらジッとしてる!」


 よく覚えていたねと褒めてやりたい所だが、その前に。


「まず迷子にならないようにしなさい」


 それからもどこかへ行こうとする澪に目を光らせていた仁はどうにか中腹に辿り着く。

 諸々の道具から場所まで全て手配してくれるキャンプ場だ。

 調べてみたところ評判も良かったのと、今の船団でも営業中の娯楽施設だったのが選んだ決め手だった。

 

「それじゃあお弁当食べようか」

「お弁当……」


 何気にお弁当初体験の澪はむむむ、と弁当箱を睨む。

 彼女に取っての料理とはお皿かお椀に盛られていた物だ。

 この様に料理の姿が見えない物は未知だった。

 

 ちなみに作ったのは言うまでもないが、ジェイクである。

 マメな彼は出かける訓練校の生徒たちにも無償で渡していた。

 

 曰く、先行投資らしい。

 

 ふたを開けてみればなるほど、とその意図に頷かざるを得ない。

 

「すごーい」


 小さな弁当箱の中に詰め込まれた様々なおかずとご飯。

 澪のは特別製なのか。海苔を使ってご飯の上にペンギンが象られている。

 おかずも今の船団の状況では中々手に入らない野菜や肉を使った物。

 

 はっきりと言えば、余裕で金が取れる。

 それを敢えてタダで渡す。そこにはジェイクの常連を作ろうという意気込みが感じられた……。

 

「あいつホントマメだよな……」

「じぇいくは凄いね。料理上手」


 お弁当を突きながら二人してジェイクの腕前を称賛する。

 

「そういえばね、前にじぇいくのところで料理したんだよ」

「そうなのか?」


 何時の話だろうかと首を傾げる仁。

 得意げな顔をして澪が自慢する。

 

「えっとね、最後にじぇいくのお店行った日」

「ああ。あの日か……」


 澪と喧嘩して、澪が攫われて。

 兎に角波乱含みだった日だ。

 

 その後は仁が入院していたこともあって、話すタイミングが無かったのだろう。

 

「ホットケーキ作ったの!」

「へえ、ホットケーキ」


 後で調べようと仁は頭の中にメモする。

 味は知っているが、実物は知らなかった。

 

「楽しくて美味しかったよ」

「そうか。良かったな」


 ジェイクが料理しているのを何時も見ているが、正直仁は大変そうで楽しそうだとは思えなかった。

 それを楽しいと思えるという事は、それ自体が一種の才能だろうと仁は思う。

 将来、澪も料理好きになるのかもしれない。

 そうなればあの死蔵されているキッチンも日の目を見ることもあるだろう。

 

「それで、えっとね」


 そわそわと。

 澪が身体を揺する。

 

「じぇいくが今度材料分けてくれたら、おうちで作っても良い?」

「澪が?」

「うん」

「作れるの?」

「作り方は覚えたよ」


 おーと仁は小さく拍手。

 どうやら、日の目を見る日は近そうだった。

 

「勿論良いぞ……いや、待てよ。火とか使うのか」

「うん。だからおとーさんにも手伝って欲しい」


 ダメ、と聞かれたらダメじゃないとしか仁は言えない。

 あまり我儘を言わない澪のお願いだ。叶えるに決まっている。

 

「じゃあジェイクにお願いしておかないとな」

「うん!」


 船団の状況も状況なので、ジェイクも急に言われても難しいだろう。

 あらかじめ話を通しておこうと仁はこっそり決めた。

 

 細々とした根回しが澪の楽しい日々を作っているのだ。

 

「よし、それじゃあもうちょっと頑張るぞ」

「おー」


 拳を天に突き上げて、更に登っていく。

 目指すは山頂。

 

 この第三山岳地があるシップ9全域を見渡せる絶景ポイントだ。

 

 えっほえっほと仁は軽い歩調で傾斜を登っていく。

 澪もその後を負けじと追いかけていく。

 

「澪、リュック持ってやろうか?」

「いい! 自分で持つ!」


 少し疲労が見え始めたのでそう言うと、意外な頑固さを見せた。


「とーや君は一人で荷物持ったって言ってから! みお、とーや君のおやぶんだから!」


 どうやら、仮にも子分相手に負けたくないという意地があるらしい。

 その負けん気の強さを好ましく思いながら、少し歩調を緩めた。

 

「ほら、もうすぐ山頂だぞ」

「ほんと?」

「ほら。坂道が途切れた」


 その先にはもう、船団の天頂スクリーンしかない。

 ゴールが見えて来た澪の勢いが蘇る。

 

 そうして坂道を踏破して――。

 

「ついた!」


 やったーと飛び上がる。

 仁も軽く浮かんできた汗を拭って一息つく。

 

「お空、近いね」

「そうだな」


 見上げれば何時もよりもずっと近い青空。

 目の良い者ならばその微細なパネルも見れるのではないかと思う程。

 

 そして視線を落とせばシップ9が一望できる。

 

 狭い世界だと仁は思う。

 本船であるシップ1は別格としても、他の50あるシップはいずれもシップ9と同型だ。

 かつて人類が母星から脱出した時に使用した初期型移民船の改良艦。

 その居住区画の直径は精々が十キロメートル。

 

 いくつもの船が連なって広大な生活圏を確保しているが、一つ一つはそう広い物では無い。

 

 だがこれを人の手が作り上げた。

 自分たちで切り開いた世界だと思うと、とても広々と感じる。

 

「ひろーい」

「ああ。広いな」


 ここに住む人口は十万人もいないだろう。

 船団全体でも千万人程度。


 以前の仁は戦う理由を見出せなかった。

 ただ適性があったから操縦兵を目指した。

 そこには理由はあっても動機は無い。

 

 何のために命を賭けるのか分からず。

 熱意を持つことも出来ずにいた。

 

 そんな時に、令がここへ連れて来たのだ。

 仁が守るべき世界を見せた。

 

 あれが無ければ多分今自分はエースと呼ばれていない。

 

 仁が令から受け取った物。

 それを澪にも渡したい。

 

 それがもう一つの理由だった。

 歪んだ指輪を握り締めながら、仁は言う。

 

「ここが俺達の生きる世界だ」

「おー」


 きっと良く分かっていない澪の声を聞いて、仁は笑みを浮かべた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの登山。 船内にも一応疑似的に自然はあるのか。 にしても澪の学習能力は高い。
2019/11/10 19:29 退会済み
管理
[一言] 更新ありがとうございます。
[良い点] この作品がランキング乗ってないのおかしいよなあ 普段SF読まない自分がこの作品を見つけられたのは運が良かった
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