12 楽しい連休の予定
第三船団の五月には連休がある。
何でそこに連休が入ったのかは実のところ、慣例としか言いようがない。
大昔のエースが、
「え、5月っていえば連休だろ?」
などと言ったのが理由らしい。
当代のエースである仁としては凄い嘘っぽいと思っている。
エースとは言え、それで船団全体の休日が決まるってどんなエースだと突っ込みたい。
そのエースが実在するのならば、仁がごぼう抜きにした撃墜数ランキングの中にいたはずだ。
それよりも優れた戦績を持つ自分が休み増やしたいと言って通った試しはない。
もう少し有給取得させて欲しい。
それはさておき、連休である。
訓練校はあまりまとまった休みというのは無い。
夏季、年末年始、年度替わり、そしてこの5月の連休にそれぞれ一週間程度あるだけだ。
年に四回の長期休暇。
偶に羽を伸ばす機会である。
休み前日ともなると少しばかり浮ついた空気が流れだす――。
筈なのだが、仁が問題児小隊、三馬鹿などと呼んでいる三名は今にも死にそうな姿を食堂で晒していた。
「おい、チビ……じゃんけんで負けたんだからお前が水持って来いよ……」
背もたれに寄りかかって脱力したコウが刺々しい、しかし力ない言葉でメイに要求する。
「いえいえ……五回勝負ですから……まだ決着ついてないですから」
「いや、アンタね……そう言って三回勝負にしたんだからいい加減に諦めなさいよ……」
机に突っ伏したまま動こうとしないのは往生際の悪いメイ。
彼女に対して、肘をテーブルの上について俯くユーリアが早く行けと口で急かす。
コウもユーリアも実力行使する程の余力がない。
当然、二人よりも体力のないメイは言うまでもないだろう。
もはやじゃんけんするのすら億劫だった。
不毛な言い争いを続ける三人の元へ、丁度暇をしていたジェイクが水の入ったコップとピッチャーを置く。
「何だ、お前ら随分と疲れてるみたいだな」
我先に争うように水を飲み干していく三人。
一呼吸ついたメイがマッスルな食堂のスタッフを見上げる。
「そうなんですよ。聞いてくださいおっちゃん」
「誰がおっちゃんだ。まだ二十代後半だっての」
若い、という事をアピールしたかったジェイクだったが、次の言葉で凹まされる。
「いや、それはオッサンだろ……」
「ちょっと二人とも……ホントの事言うのはやめなさい」
「お前ら酷いな!」
疲れのせいか。少々口元が緩くなっている三人の容赦ない本音にジェイクのメンタルはあっという間に削られた。
十代の内だけだぞそんなこと言っていられるのは、と叫びたい気持ちをグッとこらえる。
「教官が鬼なんです」
「鬼よね……他の中隊の子に聞いたけど、うちの隊みたいな無茶はしないって言ってたわ」
比較的友人の多いユーリアがそう言うとメイが突っ伏したまま変な声を漏らす。
多分うへえ、とかそんな感じの事を言いたかったのだろうとユーリアは推察した。
「あーまあ向こうも仕事だしな。俺の知り合いにも教官やってる奴いるんだが、生き残らせるために必死だって言ってたよ」
「まあ分かりますけどね……」
「特に、笹森には厳しいね教官。お礼参りでもしないか心配してるんだけど」
「……しねえよ、んなこと」
舌打ちを枕詞として添えたコウは億劫そうに口を開く。
「訓練は阿保みたいに厳しいが、その分腕は上がってるって実感できてる。だったら俺に文句はねえよ」
「相変わらずストイックですね、この脳まで筋肉で出来た男は……」
「うるせえ出涸らし。ちったあ肉付けろ」
「喧嘩売ってるんですか、買いますよこの野郎」
先に売ったのはアンタでしょ、とユーリアは突っ込もうかと思ったが面倒になった。
代わりに、ジェイクに視線を向けた。
「晩御飯ってもう食べれます?」
「ああ。ちと早いが……準備は出来てるからな」
「じゃあすみません。日替わりお願いします」
「私も」
「俺も」
「あいよ。日替わり三つ」
注文を受けたジェイクが厨房へと引っ込んでいく。
「しかし、本当に今日のは厳しかったですね」
「休み前だから気を抜かない様にっていつも以上に気合入ってたね」
「はっ。あの程度で音を上げてるやつは要らねえって事だろ」
「さっきまで舌出して犬みたいに喘いでた人に言われましても……ねえ?」
「よし、やっぱ喧嘩売ってんな。お前」
まーた始まったと、半眼でユーリアは二人を見つめる。
一回生で同じ隊となってから、一年と少し。
この二人はしょっちゅうこうして言い争っている。
その内容は中身があるとは言い難い物だったが。
正直ユーリアからすると、よくメイはコウに突っかかっていけるなと思う。
少々、コウはガラの宜しくないタイプに見える。
流石に会話するだけで怯える様な事は無いが、戦闘中はちょっと怖い。
しょっちゅう言い争っているので仲は良いわけではないだろう。多分。
一応聞いてみた。
「アンタたちのその愛情表現は何なの? 好きな子には意地悪しちゃう系のアレなの?」
「何寝言言ってるんですか、ユーリア。実は眠いんですか?」
「何でもかんでも恋愛に結び付ける初等学校のガキかよお前」
の割に、反撃してくるときは息がぴったりなのだ。
もう面倒くさい、こいつらとユーリアが心の中で愚痴る。
まあ、その面倒くさいの込で友人関係を続けているのだが。
ユーリアは漸く身体を起こせるくらいに体力が回復した。
水をもう一杯飲み干して、明日からの連休の話題を切り出す。
「で、メイ。あんた準備できてるんでしょうね」
「勿論ですよユーリア。完璧です」
この問題児トリオは連休を利用して二泊三日の旅行に行く予定だった。
シップ5は現在ドッグ入りしているが、他にも観光地として扱えるシップはある。
少しくらい羽を伸ばすのも良いだろうとユーリアが企画した物だった。
「つうか、何で俺まで……」
半ば無理やり行くことになったコウは未だにぐちぐち言っている。
「何が不満なのよ。一応女子との旅行よ」
「お前、自分で一応とか着けてて悲しくならねえのかよ」
コウの指摘にユーリアはうっさいと黙らせる。
別にメイと二人で行っても良かった。
それでもたった三人の小隊だ。
一人だけ省くのもアレだし。男手は欲しいし。ナンパ避けにもなるし。と理屈をつけたユーリアが誘ったのだ。
「そうですよ。敗北者。粛々と賭けの代価を支払いなさい」
「てめえ。不意打ちで勝って調子に乗るなよ」
当然の様にコウは一度断ったのだが、何故かメイがコウと模擬戦の勝敗で賭けを始め……結果は今二人が語った通りである。
何時の間にか何でも言う事を聞くなんて賭けに巻き込まれたユーリアがメイに怒ったのは言うまでもない。
「次はぜってえ負けねえ」
「そんなに私たちに言うこと聞かせたいんですか。このスケベ」
「んなこと言ってねえだろ!」
「笹森の変態」
「言いがかりは止せ!」
まだ食堂に人が居ない事を良いことに、三人して少し騒がしくする。
「ほい、日替わり三つだ。話聞こえて来たんだが旅行にでも行くのか。お前ら」
「ありがとうございます。はい。明日から」
置かれるなり食べ始めたメイとコウの本能コンビ。
必然、ユーリアがジェイクに言葉を返す。
「羨ましいぜ。俺らは結局他の仕事があるから休みにはならねえからな」
「食堂のおっちゃんも忙しいんですね」
「おっちゃんじゃない。まあな。色々とメニューを考えたりな」
「そういえばオッサンが入ってから食堂美味くなったな」
「お、分かるか? ひと手間加えてんだよ。それからオッサンじゃない」
「毎日の食事が美味しいと元気が出るよね。ありがとうございます。おじ様」
「どういたしまして。なあ。世間的に二十代ってまだギリギリオジサンじゃないと思うんだけどさ」
ジェイクは未練がましく自分の呼び方を変えようとする。
無為な試みに終わったようだったが。
「あれ? めいおねーちゃんだ!」
「んお?」
唐突に食堂に響いた幼い声に食欲に支配されていたメイは理性を取り戻す。
とてとてと近づいてくる銀髪の少女――澪を見て一瞬メイは視線を彷徨わせて。
「ああ。いつぞやの迷子ちゃんじゃないですか。久しぶりですね」
「うん、7192843秒ぶり!」
「何ですかその数字」
初等学校の子供らしい、良く分からないけど最近知ったことを口にするような様子にメイは笑みを浮かべた。
「……誰だ?」
「みおです!」
何故こんなところに子供が、と首を傾げるコウに澪は自己紹介していた。
名前以外何も分からない自己紹介にコウは更に混乱する。
ユーリアも遅れて思い出したらしい。
「ああ。メイが迷子になった時の」
「なったのはユーリアですよ」
「いや、アンタでしょ」
「そんな事よりどうしたんですかこんなところで。迷子にしてはダイナミック過ぎません?」
普通なら、訓練校――軍事施設に初等学校の学生が入り込む事は無い。
「みおは迷子じゃないよ?」
「というか、普通にゲートで入れて貰えないでしょ。どうやって入ってきたのかな……」
「これ見せた!」
ふんすと、澪は首からかけたゲストIDを見せる。
何故そんな物を発行して貰えたのかと皆で首を傾げる。
「誰かの家族かな」
「逸れたんですかね」
「おい、チビ助。お父さんかお母さんはどこだ?」
「貴様。私とこの子を同列で扱っているな? じゃなくて、その質問は……」
以前に同じことを聞いた時に伝わらなかった経験を持つメイはコウを止めようとしてふと気が付いた。
そういえば、あの時澪は何と言っていただろうかと。
確か――。
『じんのこと?』
訓練校の人間。その名前。メイの中で繋がった。
いや、まさか。とメイは思う。ちょっとイメージと一致しない。
ちらりと横を伺うとユーリアと視線が合った。
視線だけで問いかけてくる。
『ねえ、あの時お迎えに来てた人って』
『私は何も知りません、見てません、覚えてません』
気のせい気のせいと言い聞かせようとするが、澪の言葉が現実に引き戻す。
「おとーさんならもうすぐ来るよ?」




