10 軍事法廷
「以上の事から、シップ5へ侵入した人型ASIDの群れへの対応は急務であり、司令部へ指示を仰ぐ猶予が無かった事は明らかである」
法務官が滔々と文を読み上げる。
「またそれ以前の許可の取り消し自体に妥当性が無かった事を鑑み――」
先日起きた人型ASIDの大襲撃。
その際に仁が犯した無許可操縦。
それについての軍事法廷がここで開かれていた。
確か軍曹も同じ日程で沙汰を待っているはずだと仁は思いだす。
「東郷仁中尉の無許可操縦について罪に問わない物とする」
その言葉を聞いた時、仁は小さく息を吐いた。
九割がたそうなるだろうと踏んではいたが、無事それが認められると安堵する。
弁護を引き受けてくれた少佐に頭を下げる。
「ありがとうございます。少佐」
「気にする事は無い中尉。そもそも私が許可を取り消さなければ良かっただけの話だ」
まあそれはその通りなのだが。
とは言え、あの時の少佐の言葉が間違っていたとは思っていない。
事実、自分はあの時一度は満足して終わりにしようとしていたのだから。
「それでも、です。ありがとうございました」
「……この件で私の方にも是正勧告が来た。君の操縦資格は本日付で復帰する」
それは仁にとっても喜ばしいニュースだ。
実機への操縦資格が剥奪されたままというのは仁にとって片翼をもがれたに等しい。
「どうするかね」
その問いかけの意図を掴みかねた。
「どう、とは」
「原隊への復帰を望むかという意味だ。今の君ならば軽々に命を使う事もあるまい」
それはきっと、少し前の仁ならば喜んで飛びついた言葉だっただろう。
前線に未練はある。
戦っている時間が一番自分自身を感じられる。
船団に住む誰かを守るために強くなった。
だが今は――。
肌身離さない歪んだ指輪にそっと触れた。
「申し訳ございません。辞退させていただきたく」
頭を下げる。
仁からは見えないが、少佐は驚きを顔に張り付けていた。
「理由を聞いても?」
「娘が居ますので。家を長期空けるわけには行きません」
今度こそ、仁は少佐が驚きを露にする表情を見た。
この人にも想定外の出来事があるんだなと、不思議に思う。
何となくこの人は何もかもを手のひらの上で躍らせている印象があった。
いや、少なくとも一つの行動が二手三手先まで見据えているのは間違いない。
仁にはその深淵が覗けないだけだ。
「娘……?」
「ええ。先日縁があって引き取りまして……何か?」
「いや、少々意外だっただけだ。そうか……娘か」
口元に手を当てて、何かを考えこんでいる様子の少佐。
気のせいだろうか。
どことなく焦っている風にさえ見える。
「少佐?」
「何でもない。率直に言えば君が原隊復帰を望まないのが想定外でな。人は変わるものだと驚いたまでだ」
その気持ちは分かると仁も同意する。
自分でだって驚いている。
「……君を教官に据えた私が言うのも何だが、良いのかね」
「最近になって気付いたのですが」
問題児三人の顔を思い浮かべて仁は笑う。
「叩いた分だけ伸びる奴らを叩くのは結構楽しくて」
「そうか」
どことなく、少佐は安堵したような表情を見せた……様な気が仁にはした。
「では頑張りたまえ中尉。君が育成した操縦兵が前線で活躍する日を楽しみにしている」
「努力いたします。少佐」
そう言って少佐とは別れる。
そのままもう一人を探す。
見つけた。金髪の頭。
何時ものツナギではなく軍服を着こんでいる姿を珍しいと感じてしまうのは仕方ないだろう。
「軍曹」
「あ、中尉! 聞いてくださいよ! 何か無茶苦茶関係ないことで怒られたんですけど!」
プンスカと擬音を付けたくなる様だった。
この様子からは深刻な事にはならなかったらしいと少し安堵する。
自分の巻き添えで罪に問われたら流石に気の毒だ。
「部品在庫の管理だとか、そういう話、私にされても困るんですけど!」
「それは確かにな……」
聞くところによると。
あの旧式コックピットブロックは廃棄予定の物が、管理から漏れて倉庫で眠っていた物らしい。
軍曹も存在は把握していたが、管理者が分からずに放置していた物をこれ幸いと今回使ったとの事。
……冷静に考えると、動くかも分からない品だったのではないだろうか。
「それで、あの件に関してはお咎めなしか?」
「一応は。うちの上司からは散々嫌味言われましたけどね!」
損傷機が山ほどで整備班が糞忙しい時期だ。
そこでこんな事にまで手を煩わされては嫌味の一つも言いたくなるだろう。
「全く、人の心が無いんですよ。あの人には!」
「お前にそれを言われたらおしまいだな……」
軍曹の妄言を流しながら二人並んで建物を出る。
防衛軍本部という威圧感のある建物から出るだけで全身にかかる圧力が減った気がした。
「あーいつ来ても緊張しますねここ」
「お前は大体叱責される時だからな……」
「そういう中尉はどうなんですか!」
「俺か? 大体褒められる時だから特段苦手意識はない」
勲章とか、感謝状とか。
エースとして名を馳せていただけあって、そういう経験も豊富だ。
尤も、式典の場は緊張するので、軍曹と大差ないのだが。
「これだから勲章持ちのエース様は!」
「妬むなよ。その内の二割くらいはお前のお陰なんだから」
おだてる為の世辞――と言う訳でもない。
軍曹が調整してくれた機体が無ければ、仁の戦績はもう少し控えめな物になっていただろう。
それでも船団トップは譲らなかったと自信はあるが。
「む、まあそう言われると悪い気はしませんね」
などと言いながら頬は緩んでいるし、足取りは軽くなっている。
分かりやすいと仁は思う。
訓練校時代の同期だが――出会ったころは本気で機械にしか興味の無かった奴だった。
そのせいでジェイク共々どれだけ苦労させられたことか。
当時はこれだけ長い付き合いになるとは微塵も考えていなかった。
「シャ――軍曹。前を見て歩け」
当時の呼び名を呼ぼうとして、何時もの距離感を思い出す。
「じゃあ中尉が後ろ向いて歩いてください」
「何でだよ」
「だって何時も教え子に後ろに目を付けろとか言ってるんでしょ?」
「……言ってるけど」
何で知ってる。
いや、よく考えたら訓練校時代からそんな事は言っていた気がする。
「なら手本を見せて貰わないと」
歯を見せて笑う軍曹に仁は一睨み。
「機体から降りてる時にそんなことが出来るか。知ってんだろ」
真実を知っているのに無茶ぶりをしてくる軍曹に性格悪いぞ、と言ってやる。
「ええ。知ってますよ勿論」
一秒先を見るのも、後ろに目を付けるのも。
どちらも人間には手の余る物だ。
それを補うための器官が、アサルトフレームには存在している。
「結局のところ、そのどちらもがFBEのエーテル通信情報を直接受け取っていることで見れる物ですからね。中尉が機体から降りたらただの人だってよーく知ってますとも」
アサルトフレームの制御システムであるフライバイエーテル。
古くはワイヤー、電気信号、光信号と進歩してきた制御システム。
今の機体はエーテル通信によって機体を制御している。
正直、その原理は仁にはさっぱり分からない。
ただ現象としてあるのは、エーテル通信によってタイムラグの無い通信が可能になったという事だけだ。
光よりも早く情報を届ける。
それによって機体の反応速度は劇的に向上し――同時に思わぬ副作用も得た。
それがエース達の見ている世界の正体である。
「人間が直接エーテル通信を受け取るってどうなってるのかとかいろいろ突っ込みたいんですけどね。中尉達の身体には」
「やめろよ? 気になったからとか言って解剖しようとするのは」
「あっははは。もうしませんって」
前科のある者が笑っても信用できない。
流石の仁も不意打ちでスタンガンを食らわされては分が悪い。
「さて、中尉。この後はお暇ですか?」
「まあな。訓練校の方は教官に頼んできたし」
一日潰れる可能性もあったので、恩師にあの問題児の指導は任せて来た。
一人だけ高みの見物などさせてなる物かと仁が巻き込んだとも言える。
澪はこの時間学校だ。
つまり、夕方まで暇である。
「だったらランチでも行きましょう。何時ぞやのおごりの約束を果たして貰わないと」
「分かった分かった。んじゃさっさと済ませるか」
「人との食事をそんな面倒なタスクの様に!」
偶には同期と食事をするのも良い。
少しだけ仁も歩調を軽くしながら、この辺りで外食できる場所を探し始めた。




