09 反省会
「それではデブリーフィングを開始する」
シミュレータを利用した模擬戦から三十分後。
着替えと休憩を終えた仁たちは教室で先ほどの戦いの総括を行っていた。
ユーリアとコウが真っ直ぐ座っているのに対し、メイは机に突っ伏している。
それを見て仁は溜息を一つしたが叱責まではしなかった。
あの高G機動がどれだけ身体に負担をかけるか。
それは仁も良く知っている。
「ベルワール訓練生はまず体力を付けろ。貴様の機動戦技は見事な物だが身体がそれに全く追いついていない」
返事はない。
疑問に思って覗き込んでみると緩み切った表情で眠っていた。
その机を思いっきり蹴飛ばして、文字通り叩き起こす。
「これに関しては全員に言える。全員あの程度の戦闘で疲れを見せすぎだ。日ごろから体力づくりを意識するように」
程度の差はあるが、全員が疲労の色を顔つきに見せていた。
それではダメだと仁は言う。
何をするにしても必要なのは体力であると。
実際、戦闘がこんな短時間で終わる保証はどこにもないのだから。
疲れて戦えませんでしたでは話にならない。
基礎体力作りの訓練教程を増やそうと仁は決めた。
叩き起こされて目を白黒させているメイに仁は所見を付け加える。
「続きだ。ベルワール訓練生の機動には無駄が多い。大方、勘で動いているな?」
疑問ではなく、確認するように問いかけるとメイは驚いたように目を見張った。
「よく分かりますね、教官」
「高G機動中は脳に血液が行かなくなる。だから思考力が落ちて、反応頼りになっていく。それは仕方のないことだ」
仁にも経験がある事だった。
同時に往々にして、その直感こそが自分を生き抜かせてきたものだと知っている。
「動きの一つ一つを身体に覚え込ませろ。その精度を上げていけ。思考せずに、最適な行動を取れるように鍛えていくんだ」
勘頼りでも構わないと仁は言う。
磨くべきは、その反射行動その物だと。
「訓練中は機動の質を意識しろ。以上だ」
「良いでしょう! その試練乗り越えて見せましょう!」
「それから先ほどの通信回線の無断使用の件と今の居眠りの件で反省文を提出してもらう。明日までに原稿用紙五枚で提出だ」
きっちり罰を与えて、仁は視線をユーリアに移す。
「ナスティン訓練生は狙撃点からの移動の際に、少々スラスターを吹かし過ぎだ。移動速度よりも敵に見つからない事を優先した方がいい」
「は、はい!」
上ずった声で返事をするユーリアに、仁は言うべきか迷う。
だがここで言わないと、何時までたっても改善されないだろうと仁は思った。
もしかしたらこれで逆に悪化する可能性もあるが、言わなければこの欠点は放置されたままだ。
「それから、ナスティン訓練生は少々堪え性が無い」
「堪え性……」
「そうだ。模擬戦終盤。狙撃が命中しない事に焦れていただろ。遠隔操作であれだけ撃てるのは見事だが、精度が悪ければ意味がない」
思うところがあったのか、ユーリアが視線を伏せた。
「後方支援の精度はそのまま部隊全体の損耗率にも関わってくる。そして心の持ちように関しては、我々教官にはどうしようもない」
残念だが一言で解決するような魔法の言葉はない。
緊張を解き解す事だって出来はしない。
だから仁に出来る事は一つだけだ。
「我々に出来るのは、貴様らを鍛え、自分はこれだけの試練を乗り越えて来たのだと思わせてやることだけだ」
そこから先は当人たちにかかっている。
「焦るなとは言わない。だが少なくともこれまでの訓練は無駄ではないと自信を持て」
これで少しは意識が改善されると良いという願い。
もしも改善されなければ――任官しても遠からず命を落とす事だろう。
はっきりと言えば、そのメンタルは向いているとは言い難いのだから。
「それからナスティン訓練生。今回の作戦は貴様が立てた物か?」
「は、はい!」
「一つ聞くが……今回は何を想定した作戦だ?」
「対人戦は船団憲章で禁じられています。その中で敢えてアサルトフレーム同士による模擬戦。つい先日まで船団を襲撃していた人型ASIDを想定した訓練ではないかと愚考いたしました」
その答えに仁は満足げに頷く。
言葉にしていなかった訓練の裏の意味まで読み取ろうとしていることは非常に評価を高くしたい。
他の二人もそこまでは頭が回っていなかった様だった。
尤も。
(今回はそこまで考えてなかったけどな!)
そんな事はおくびに出さず、一つ一つその作戦を検証していく。
「最初の狙撃からのデブリ帯への追い込み。あそこの意図は?」
「はい。機動力に長けた笹森訓練生とベルワール訓練生による近接戦闘を挑みやすい領域を選択しました」
悪くないと仁は頷く。
堅実な判断だ。
「当初の狙撃位置を動かさなかったのは意図しての事か」
「はい。確実に誘い込むために敢えて停止していました」
判断の一つ一つは拙いながらも明確な意思に沿っている。
奇抜さに走る事もなく、基本に沿った戦理だった。
「……では、ここだ。貴様は自機のリアクターを停止させて、己を伏兵とした。そうだな?」
「はい。過去のASIDとの戦闘例から、リアクター停止状態での潜伏性を鑑みて有効と判断しました」
「目視されない限りは発見のリスクは限りなく抑えられる。少なくとも試す価値はある戦術だな」
ここまでの判断は悪くなかった。
明確な悪手は一つ。
「最後……貴様が撃墜された時の事だが」
「はい。仕掛けるタイミングが早かったと思っています」
「いや、逆だ。わざと隙を晒したのだが、引っかからないかと思ったぞ」
潜んでいるユーリアを釣り上げるために、隙を晒したのだが、それに対する反応が鈍かったと仁は言う。
そしてその理由も予想がついていた。
「貴様はあの時一瞬迷ったな。前衛の二人が耐えられる間に隙が出来るかどうかと。指揮官が一度下した判断を迷ってはいけない」
より良い方法が無いか。
それは仁も何度も考える。
だが、一度下した決断を後から考え直すのは下策だ。
まして一瞬を狙うような時ならば尚の事。
「先ほどの狙撃の件と同じだ。積み重ねて来た自分の経験に自信を持てるようにしろ。持てないのならば持てるまで学べ。良いな?」
「了解しました。教官殿」
ユーリアは指揮官だ。最も重要なのはそこだろう。
頭が右に左にフラフラしていたら、手足も動きがままならない。
「笹森訓練生だが――」
「教官、一つ聞きたいのですがよろしいでしょうか」
仁がコウの評価を口にする前に片手を挙げてコウが質問を投げかけて来た。
「何だ」
「同姓同名かと思っていましたが……東郷教官はあの、東郷仁なのでしょうか」
何だ、気付いていなかったのかと仁は少し拍子抜けした。
少々自意識過剰だったかもしれないと恥ずかしくなる。
「どの東郷仁かは分からないが、少なくとも軍内部に東郷仁が二人いたという話は聞いたことが無い」
そう言うと、全員の表情に驚きが混ざる。
船団のトップエース本人である事に、その問いで初めて気づいたのだろう。
少し前ならば得意気になっていたのだろうが、今となっては元が着く称号だ。
自慢できるものではない。
「何故、教官など……」
「諸般の事情だ。質問はそれだけか? だったら話を戻すぞ」
細かい経緯など説明する気が無い仁はその質問をさっさと打ち切った。
今となっては完全な私情――澪と過ごす時間を削りたくないという物なのだから語るのも恥ずかしい。
コウへの評価。それは仁を悩ませる。
単純な技能で言うのならば非常にバランスよく纏まっている。
今すぐ任官させてもそれなりにこなせるだろう。
故にこそ惜しい。
ここで褒めることが彼の為になるとは思えなかった。
心苦しく思いながらも厳しい表情を作る。
「貴様は全く、アサルトフレームの操縦について理解していないという事が分かって失望させられた」
その言葉にコウは目を見開く。
少なくとも、実技ではこれまででも好成績を取っている。
過去の評価を真っ向から否定する仁の言葉にショックを受けている様だった。
「あらゆる動きで重力下における人体の動きを意識している。アサルトフレームの主戦場は0G環境だ。そしてその関節数は人間よりも多く、制約もない」
重力下戦闘は別途ラインセンスが必要になるくらいの特殊技能だ。
無重力化とは全く別の戦いが必要となる。
故に今のコウは中途半端だった。
例えば肘。わざわざ逆方向に曲げられない理由など無いのだ。
関節の大半は自由に動かせる。
「近接格闘時のアクチュエーターの連動制御が甘い。慣性制御もベルワール訓練生に比べるとお粗末な物だな。慣性制御を併用すればより速度のある攻撃ができたはずだ」
そして、それらが出来る正規兵の方が少ない。
機体の全てを駆使した近接格闘など、それこそエースと呼ばれるような人間が無意識にやっているくらいだ。
「挙句の果てに足の着いた地面で戦っているつもりでいて無警戒に近付いたな? 人型でさえこうだ。ASIDと戦うときに想定内という言葉は存在しない。より慎重になれ」
他の二人に比べても一際厳しい評価。
それに対してコウは絞り出すような声で一言。
「ありがとうございました」
とだけ言った。
厳し過ぎただろうか。仁はそう思う。
だが、間違いなくコウは素質があると仁も肌で感じさせられた。
未だ原石。
磨いたその先がどうなるかは未知数。
エースの資格。
最もそれに近いのはコウだと。




