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08 訓練小隊の連携

 訓練小隊は一度距離を取って体勢を立て直す。

 仁もそれを無理に追うような真似はしなかった。


「余計な真似しやがって」


 通信機越しにユーリアの耳に聞こえてくるコウの悪態。

 だがそこには常の鋭さが欠けていた。

 

「よく言いますよ。私の、わ・た・し・のフォローが無ければ撃墜寸前だったじゃないですか」

「チッ」


 煽る様なメイの言葉に舌打ちで返すあたり、コウも認めざるを得ないのだろう。

 尋常な正面からの勝負で後れを取ったと。

 ただそれで委縮するような可愛い性格でもないと言うのはこの隊の皆が知っている。

 

 むしろ、こいつは燃え上がるタイプだと。

 

「私は狙撃ポジションを変更する。ここからは作戦通りに行く」

「泥船に乗ったつもりで任せなさい」


 ここまでは敢えて囮とするためにユーリアは移動せずに狙撃を続けていた。

 しかしデブリ帯に追い込めたのならばもう不要だ。

 通常障害物の多いデブリ帯では狙撃の斜線を通すのも苦労する。

 それをやすやすと実現するのがユーリアの実力だった。

 

「笹森は前衛。メイ。あんたはそのフォローよ」

「足引っ張るんじゃねえぞチンチクリン」

「良いでしょう。その喧嘩買いますよ。後ろには気を付けろよ」

「はっ、やってみやがれ」


 二人が口論を始めるがユーリアはそれを丸っと無視した。

 これがある種の信頼関係に成り立っているという事を彼女も分かっている。

 

「それでユーリアはどうするんですか? まさかニートですか」

「小隊長殿はずっと引き籠りか? んん?」

「あんたら煽る時だけは息ぴったりね……」


 大丈夫、とユーリアは自分に言い聞かせる。

 まだ己の位置は仁には露見していないという自信があった。

 故にこそ、自分は必殺の一撃となり得るチャンスがある。

 

「ギリギリまで待ち伏せるけど、状況次第では私も上がるわ」


 プランとしては二機が追い詰めてユーリアが狙撃。

 或いは三機全員での包囲による攻撃。

 どちらを選んでもそれなり以上に戦えるプランだった。

 一応の方針が固まったところで、コウが堪え切れない様に機体をデブリの陰から飛び出させた。

 

「行くぞ、チンチクリン」

「お前、本当に後ろから撃つからな!」


 喧しいやり取りを繰り広げながらコウ機とメイ機が加速していく。

 

「チビ! 下からだ!」

「シザースコンビネーションですね。了解! 後で覚えてろ」


 仁機を捕捉した瞬間、上下に散会する二機。

 宇宙空間において、本来上下などは当人の感覚でしかない。

 

 ただ、船団周辺では別だ。

 なまじ、巨大な基準点が有るが故に無意識にそちらを下としてしまう。

 下手に座標を言うよりもよほど手っ取り早く意図を伝えられる。

 

 仁機への挟み撃ち。

 互いの射線に入らない様に巧みに位置取りをしている。

 口では反発しあっても連携は身体に沁み込ませていた。

 

 逆に仁が取りたいのは、両機の直線状に自分を置くことだ。

 それだけで同士討ちを恐れてうかつに射撃は出来なくなる。

 

 その意図を挫くのがユーリアの役目。

 

 先ほどとは全く別の位置から放たれた狙撃に仁は動じること無く回避する。

 だがこれで自由な位置取りは封じられた。

 

 宙返りをさせるように機体を捻って、コウ機へとライフルの銃口を向ける。

 機体を不規則に振る事でその銃口から逃れようとする。

 

 だがまるで糸でも付いているかのように振り切れない。

 

 一射。

 それが肩に直撃する。

 

「クソったれ、やられた!」

 

 コウは己の機体の右腕が奪われた事を悟らざるを得ない。

 バランスを崩した機体を宥めるので手一杯になった。

 

 ライフルを奪われたコウ機は接近されない限りは脅威ではない。

 背を向けられる屈辱に耐えながらも、コウはエーテルダガーを抜いて接近戦を挑む。

 

「ダサッ。ダサいですよコウ! ちゃんと避けなさい!」


 そういうメイの方は仁の銃口を振り切った。

 一瞬、仁機の視界から完全に外れる。

 そのまま死角から一気に襲い掛かる。

 

 元々、メイは自分の射撃センスを信じていない。

 故に、目くらまし代わりの乱射の後はコウと同じくエーテルダガーでの一撃離脱。

 

 そこに狙撃が加わる事で仁機は自由には動けない。

 作り上げられた三方向の攻撃による包囲。

 現状を維持するには十分。

 しかし打開するには不十分な檻。

 

 もう一押し。

 

 その瞬間をユーリアは待つ。

 チャンスは一度。

 奇襲をかけられた時だけだ。

 

 仁の機体もエーテルダガーを抜刀しての近接戦を選んだ。

 ライフルの銃口付近に取り付けられた銃剣タイプの物を併用した二刀流。

 

 それでコウとメイの波状攻撃を凌ぎ、狙撃をも避ける。

 むしろユーリアの狙撃などはコウとメイの機体を射線に割り込ませることで撃たせようとはしない。

 狙撃機会を奪われたユーリアはリズムを乱された事で目に見えて精度が落ちてきている。

 

 ユーリアの悪い癖が出てきている。

 当人、気の長いつもりだが意外と短気である。

 コウも目の前の戦いに熱中しすぎて引き際を全く意識していない。

 メイは体力不足だろう。高Gのかかる機動の精彩が欠けて来た。

 

 この均衡も長くは持たせられない。

 ユーリアの中に焦りが生まれる。

 

 来るかも分からないチャンスを狙わずに、数で押しつぶすべきかと迷う。

 だがユーリアの格闘戦の腕前は高いとは言えない。

 果たしてコウとメイの連携の中に割り込めるのか。

 

 むしろ自分という壁が増えたことで、自分・・の狙撃の邪魔となるのではないか。

 

 思考が乱れる。

 

 惑う考えの最中、視界に飛び込んできたのは待ち望んだ機会。

 メイ機の斬撃を避けようとした仁の機体が、デブリにぶつかって動きを止めた。

 

 躊躇いは無い。

 模擬戦開始当初から考えていた様に、身体が動く。

 

 レーダーに反応しない様に、動力であるエーテルリアクターを停止させたユーリアのレオパード。

 

 これまでの狙撃は全て、デブリに固定したライフルを遠隔で制御したことで行っていた物。

 

 機体に残ったエーテルのみで、デブリの陰から飛び出す。

 デブリが多い。ライフルでは撃墜できないかもしれない。

 その判断を一瞬で下して、ユーリアもエーテルダガーを振り被る。

 

 タイミングは完璧。

 何もないはずの空間から飛び出したユーリアの存在は仁にとっても予測は出来なかったはず。

 

 なのに。

 

 防がれた。

 見ることも無く、人間には不可能な角度で伸ばされた左手のエーテルダガーがユーリアの斬撃を受け止めていた。

 

 どうして。

 その疑問が浮かぶよりも早く、肩越しに照準されたライフルの銃口が光る。

 

 次の瞬間ユーリアの視界に飛び込んできたのはシミュレーター停止の文字。

 撃墜された。

 それを理解するのは早かった。

 

 ユーリアが撃墜されても模擬戦が終了するわけではない。

 小隊長機が撃墜されたことにも動揺せず、むしろその行動を隙と見たコウが襲い掛かる。

 

 右手も左手もユーリア機に向けられた。

 奇襲は失敗したが、それだけでもコウとしては十分すぎる程の戦果。

 

 更には死に際の意地か。

 撃墜される寸前に発射された一発だけの遠隔狙撃。

 仁の機体の隙を更に広げるだろう。

 

「貰った!」


 勝利を確信した。

 仁機がコマの様に回りだすまでは。

 弾かれる狙撃。まさかエーテルダガーで切り裂いたなどとはコウも想定外。

 回転の中から放たれた足刀。

 文字通り潰された左手。

 そしてそのまま回転を続けて向けられた二本の刃がコウ機を切り裂く。

 

 ユーリアに続いて、コウのシミュレーターにも停止の文字が躍る。

 それを見て歯が砕けんばかりに噛み締める。

 アームレストに拳を叩きつけて吠えた。

 

「畜生!」


 一瞬で二機落とされたのを見たメイは一度距離を取ろうとした。

 デブリの中を急旋回しながら泳いでいく。

 

 だが振り切れない。

 コウの様に悪態を吐く余裕もない。

 そんなことをしたら舌を噛むのが落ちだ。

 

 ぴったりと後ろに着かれた。

 どころか徐々にだが差を詰められている。

 それは自分の機動よりも相手の機動の方が無駄の少ないという証明。

 

 なら、とメイは心の中で吠える。

 

(これならどうですか!)


 高速機動の中で一瞬で速度をゼロに落とし、逆方向へと突き進むエッジターン。

 全身を叩きつける高負荷に耐えながらもメイは振り切ったと確信する。

 例え、同じ機動が出来たとしてもレオパードの速度ならば反応する一瞬を稼げる。

 

 背後からの攻撃。それならばまだ可能性はある。

 

 そう、だから。メイは呟く。

 

「どういう反応速度してるんですか」


 ぴったりと後ろに着いたままの仁機。

 メイの機動に遅れることなく全く同じ機動を取ったのだという事が分かる。

 その銃口が輝いて、メイもユーリアとコウの後を追った。

 

 戦闘時間は約十五分。

 

 汗だくになりながら、彼らは自分たちの教官の非常識振りを思い知らされたのであった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] あれか? 髪色は違うけど、リサの子孫? ヴィクティム読んだ後だとなんでもかんでも関連付けたくなっちゃう(;´∀`)
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