07 仁の教導
「本日のシミュレーター訓練だが予定を変更して模擬戦を実施する」
今日はギリギリで全員揃った訓練小隊――落ちこぼれ小隊とも揶揄される彼らを前に仁はそう告げた。
その時の反応はそれぞれだ。
待っていたと言わんばかりに歯を剥くコウ。
目を見開き驚きを露にするも、すぐに抑え込んだユーリア。
そして分かっていたと言わんばかりに鷹揚に頷くメイ。
コウの態度は予想通りと言えた。
新参者の実力を確かめてやると言わんばかりの笑み。
まるでこちらの方が目上に挑んでいるかのような気分だった。
ユーリアに関しても仁の予想からそこまで外れた様子ではない。
そこから明確に外れたのはメイだ。
(こいつは、意外とタダ者じゃないかもしれない)
まるで全て予想通りと言わんばかりの態度。
その分析能力についてはデータに無かったが、非常に高いのかもしれないと警戒する。
大外れである。
ただ、何となくそうした方が大物っぽく見えるだろうと考えたメイの芝居であった。
都度そんな事を気にしているという意味ではタダ者では無いかもしれない。
まさか仁に警戒度を上げられたとも思っていないメイ。
「第二シミュレータールームに0900に集合だ。解散」
仁も身支度の必要がある。教官用の更衣室へと向かう。
それを背に、コウが拳を手のひらに打ち付けた。
「こんなに早くチャンスが巡ってくるとは思ってなかったぜ」
「言っておくけど勝手な行動は許さないわよ笹森」
やる気満々のコウにユーリアが水を差す。
不快そうに表情を歪めた。
「私たちは小隊よ。一人何も考えずに突っ走るのはやめて頂戴」
「はっ。ついてこれねえお前らが悪い」
「まあまあ、コウ。せっかちな男は嫌われますよ?」
一瞬で険悪な空気を作り出す二人に、メイは仲裁に入った。
二人に落ち着きなよと宥めにかかる。
「てめえみたいなチンチクリンに好かれようとも思っちゃいねえよ」
「誰がチンチクリンかあ!」
「メイ、あんた話がややこしくなるから黙ってて頂戴」
仲裁に入ったはずが一瞬で沸騰したメイを逆にユーリアが引き留める。
「そっちがどう思っていようと、この隊の小隊長は私よ、笹森」
「ふんっ……」
総合成績ではコウよりユーリアの方が高い。
それ故の配置だった。
「私の指揮には従ってもらうわ」
「オッケー。その指示に妥当性がある内は従おう、小隊長殿」
嫌味を交えてそう告げたコウは一人先に更衣室へと向かう。
その背を見送ってユーリアは溜息を吐く。
「やれやれ、彼の自由っぷりには困ったものですね」
「自由さに関してはあんたも大概よ、メイ……」
その性格から、コウは小隊の中でも摩擦が多い。
むしろ普通に話しかけられて喧嘩も買うメイは別のベクトルで強い。
「まあどうせあいつはいつも通り突っ込むでしょうから、そこを基軸に組み立てるわよ」
「コウは分かりやすいですからね。新しい教官の実力が見たくてうずうずしてますから」
「下手に止めるより突っ走らせた方がいいのよ。ああいうイノシシは」
口では対立しているが、何だかんだでこの三人で隊を組んで一年以上は経っている。
その扱い方も心得ていた。
「わお。ユーリア、男を手玉に取るなんて悪女ですね……ところでイノシシって何なんでしょうね」
「私も見た事は無いわね。支援は任せなさい。仕留めてやるわ」
それを見てメイがぼやく。
「うーん。うちの隊は皆肉食系ですね。あ、私はお腹空かない様に省エネで行きますので。皆さん頑張ってください」
「メイ、あんたね……」
全くブレないメイにユーリアは諦めたような溜息を吐いた。
一方仁も気合を入れなおしていた。
先日までの戦技教官としての訓練で仁は悟った。
自分は教えるのに向いていないと。
教官としては致命的だ。
だが余りに感覚に頼りすぎて来たツケというべきか。
仁は己の操縦感覚を言語化出来ない。
一つ一つの行動の根拠を示せない。
だから仁が彼らに与えられるのは技の部分になるだろう。
戦術。駆け引き。
実際に戦う事でしか学べない機微。
それを叩き込む。
「シミュレーター一号から三号。準備は良いか?」
『一号。問題ありません』
『二号。何時でも行けるぜ』
『三号。無問題です!』
訓練生達も既にシミュレーターに搭乗している。
それを確認して仁もシミュレーターに入り込んだ。
戦域設定を船団近辺とする。
一番障害物が多い戦域だ。
船団から脱落した部品などのデブリが浮遊し、最悪船団自体を盾とされる場所。
そして、任官からしばらくはここで戦うことが最も多い場所。
生き残れば。
生き残ればそれだけで強くなれるのだ。
例え僅かでも経験を積んで、それを後に続けられたのなら。
そして同時に、死んでしまえば全て終わる。
どれだけ強くても何も後には残せない。
その事を、仁は痛いほどに学んだ。
だから生き残る術を徹底的に叩き込む。
仁はそう決めていた。
戦技教官着任直後に考えていた程良く反省点を見つけさせる戦闘何て頭から吹き飛んだ。
全力だ。
今回の趣旨が叩き潰す事であり――何より仁が示せる物は戦いしかないのだから。
シミュレーターが起動する。
「さて、どう来るか」
機体性能は互角。
故に索敵では数の多いあちらが有利だ。
少なくとも先手は譲る事になるだろう。
問題は、一手目がどう来るか。
直感。
ここにいては危険だと警鐘を鳴らす本能。
機体のスラスターを吹かして右へ横滑りさせる。
一瞬前まで居た空間を一筋の光が駆け抜けていった。
「狙撃……! 一番機、ナスティン訓練生か! この距離で当ててくるとは!」
以前見たデータから、こんな真似が出来るのはユーリアしかいないと仁は見当を付ける。
だが予想以上だ。
未だに仁のレオパードは敵をレーダーに捉えていない。
ユーリアの機体は狙撃装備。レーダーの索敵範囲も広いだろう。
それを考慮に入れてもこれだけの長距離狙撃を目にしたのは仁も初めてだ。
今のがまぐれでなかったのを証明するように、二射、三射と狙撃は続く。
戦慄する程の腕前。
狙撃という一点に限るのならばユーリアの実力は正規兵を上回っている。
「だけど甘いぞ」
三発とも同じ射撃点。そして四発目も。
同じところから飛んでくる攻撃など少し意識を割けば簡単に避けられる。
相手の位置も丸分かりだ。
さて、これは誘いか否か。
まず間違いなく誘いだろう。
脚を止める事の危険性を理解していないとは思えない。
「作戦を立てているのはナスティン訓練生か? 手並みを見せて貰おうか」
その誘いに乗る。
教官としての実力を見せるのならば、その罠諸共食い破ってやると笑みを浮かべた。
真っ直ぐに一番機へと向かう。
船団から剥がれ落ちた部品。
付近の戦闘で発生したデブリ。
その奥からの狙撃だ。
このデブリの合間を縫ってという事にも驚く。
そしてこの場所は、非常に隠れやすい。
先ほどから首筋にピリピリとした感覚を抱いていた仁は今か今かと待ち構える。
そして今、何度目になるか分からない狙撃を回避した瞬間、デブリの陰から飛び出してくる機影。
その肩には2のマーキング。
「来たか、笹森訓練生!」
予想通りの相手に仁は笑みを浮かべる。
一方、二番機のコックピットでもコウが獰猛な笑みを浮かべる。
「さあ、やろうぜ教官!」
回避の為に仁の機体は反応がほんの一瞬遅れる。
その一瞬はコウが何よりも望んでいた物。
仁を無意識に警戒していた彼が作り出した勝機。
右手のライフルを連射してくるコウ機。
その弾幕を小刻みなスラスター移動で仁は回避する。
今回の装備にシールドは含まれていない。
機体装甲表面はエーテルでコーティングされ見た目以上の強度を誇る。
それでもそれ以上のエーテルをぶつけられたら突破される。
故に回避しか選択肢がない。
仁も黙って撃たれるわけではない。
回避の合間合間にエーテルライフルで応射する。
対してコウ機はシールドを装備していた。
避けることなく最短距離で突っ走る。
そして十分に距離が縮まった頃にシールドを投げ捨て、左手でエーテルダガーを引き抜いた。
「やはりそう来るか!」
コウが最も得意とするのは近接格闘。
選ぶとしたらこれだろうというのは最初から分かっていた。
仁もそれに応じる。
自らもエーテルダガーを握る。
真空空間に煌めく二振りの光の刃。
それが交錯し、機体が額を打ち付けあう。
鍔迫り合い。
その最中にも主導権争いは苛烈なまでに続く。
刀身を絡める様にして仁のレオパードの手首を狙ってくるコウ。
その刃が下腕部を断ち切る――。
と思われた瞬間、見えない壁に堰き止められたように刃の侵攻が止まる。
エーテルコーティングの偏向展開。
全身に均一に張り巡らされていたそれを、左手手首に集中したのだ。
当然、他の箇所の防御力は下がる。無為無策で出来る事ではない。
刃を交えていたコウは読み切られていたと舌打ちする。
次いでコウを襲うのは激しい衝撃。
何時の間にか機体同士の間に潜り込まされていた仁のレオパードの脚部。
その足裏が強かにコウ機の腹部を蹴り上げる。
そうして僅かに空いた隙間に捻じ込まれるのはライフルの銃身。
容赦ない連射に、シールドを失ったコウは強引に攻めきれない。
ジリジリと、真綿で首を絞める様に追い詰められていく状況。
それを突き破ったのは全ての機体の通信回線に響いた快哉の声。
『いーやっほう!』
相対位置的には仁機の足元から。
摩訶不思議。
そうとしか形容できない複雑な機動を描いて一機のレオパードが駆けあがってくる。
その機動よりも何よりも。
禁止されているはずの全回線通信を使ってくるような馬鹿は一人しか思いつかない。
「三番機、ベルワール訓練生! 後で教官室まで来い!」
叱責しながらも仁はライフルを向ける。
だが。
(早い!)
一瞬足りとて同じ軌道を描かない。
瞬きの間に全く別の位置へと移動する。
その急旋回。
仁のお株を奪うような高Gでの戦闘機動。
慣性制御への理解が深くないと、あんな機動は実現できない。
次の瞬間には内臓がシチューの様になっているだろう。
シミュレーターとは言えGは疑似的に再現されている。
大したものだと舌打ち混じりに称賛する。
これで射撃の腕が上手ければなと思う程度には他が残念だった。
ばら撒かれるエーテルの弾丸はそのほとんどが仁機を掠めもしない。
それでも密度の高い、そして多角的に放たれた弾幕は回避を強要する。
メイ機の援護を受けてコウ機もデブリの陰に距離を取って隠れた。
それを見てメイ機も離脱していく。
「ここまで絵図面を引いたか? ナスティン訓練生」
堅実な指揮をすると仁は褒める。
前衛二機。後方支援一機。
そして未だに一番機――ユーリアの機体は姿を見せない。
ただ一機姿を見せない。
それは全方位を警戒させる仁の神経に僅かだが負荷をかけ続ける。
狙撃も今はぴたりと止んでいた。
自分というコマを最も生かす方法を心得ている動きだった。
「……なかなかやる」
本当に、技術だけならば既に正規兵レベルだと仁は嘆息する。
それを補って余りあるほどに欠点も多いのだが。
主に素行面で。




