06 問題児トリオ
「と言う訳で、二人の意見を聞きたいんだが」
翌日。やはり波乱含みだった一日の講義を終えて夕方。
訓練校の食堂に問題児の残り二名――軍曹とジェイクを呼び出した仁はそう切り出す。
「いや、中尉。私これでも結構忙しいんですけど」
軍曹が口を尖らせる。
人型の襲撃が収まっているので今のうちにオーバーホール行きにする機体とか選別しているので割と暇がない。
それでも仁に呼び出されるとホイホイ来てしまうのだが。
「つーか一応俺はまだ勤務中なんだが」
「良いだろ。どうせお前自分の店でも暇してただろ」
「あれは客来ないから良いんだよ!」
「いや、それもどうなんですかね、ジェイク」
客が来ないと豪語する店って存在意義あるの? と割と辛辣な意見をぶつけられたジェイクは既に虫の息だった。
「みおも学校忙しいよ!」
仲間に入れて入れてと手を挙げながら澪が発言する。
「なあ、今更なんだが嬢ちゃん入れても大丈夫なのか?」
「ちゃんと許可は取ってるから心配するなって」
結論から言えばここに澪がいるのは完全な公私混同である。
ジェイクの食事を食べさせようと、仁が身内であることをフル活用して入場許可をもぎ取ったのだ。
「そっか、学校ですか。お友達は出来ました?」
「えっとね、長谷川ちゃんにカーマインちゃん! あとこぶんが三人!」
「子分……?」
やはり軍曹もそこが引っかかる様だった。
やっぱり二号……どころか三号も居たと仁は戦慄する。
女王様か何かかと突っ込みたい。
「とにかく担当の訓練小隊が問題児だらけでな……知恵を借りたいんだ」
ユーリアはまだ良いと仁は思う。
少なくともここ数日で目立った問題は無かった。
ユーリアの遅刻に関していえばメイの巻き添えだろう。
問題はそのメイと、コウの二人だ。
メイは生活習慣その物が問題の様に見える。
奴は本能だけで生きているのだろうか。たった二日三日でそう思ってしまう程にインパクトがあった。
コウに関しては分かりやすい。
弱い教官には用はない。態度の全てがそう告げている。
「正直何から手を付けるべきか」
「おとーさんは何時も部屋の片づけを最初にやりなさいっていうよ?」
「ああ、片づけは大事だな」
澪のよくわかっていない言葉にジェイクが真面目くさった表情で頷いた。
頬が笑いをこらえる様に震えているのが見える。
「澪ちゃんは片付けしてますか?」
「……あんまりしてない」
軍曹が尋ねると澪は視線を逸らしてそう言う。
「整理整頓は大事ですよ。いざって時にどこに何があるか分からないと焦りますからね」
「お前がそれを言うのか」
「何か言いましたか、中尉?」
互いに笑顔で毒を吐く。
仁が整理整頓だけ拘るようになったのは間違いなく、軍曹の影響である。
それは彼女を見習おうとかではなくその逆。
反面教師として。
「問題児ってのがどういう方向かによるんじゃないか?」
逸れ始めた話題をジェイクが軌道修正した。
「というと?」
「舐められてるのかどうか、だな。ほら、戦技教官がやって来ただろ」
「というとあれか。シミュレーター初乗りの時に徹底的にやる」
「……まあ俺達あれで素直になったかっていえばならなかったけど」
上下関係を叩き込むためなのか。
或いはジェイクの言う通り舐められない様にするためなのか。
少なくとも、今回のケースで言えばコウに対しては有効だろう。
問題は勝てるかどうかだ。
「つってもあれは入隊してすぐの右も左も分からないときだろ。もう二回生だぞ」
「何言ってやがる。船団のレコードホルダーが。お前が本気でやればヒヨッコなんぞ楽勝だろ」
「いや、どうだろうな……」
三人のデータを思い出す。
以前乗っていた軍曹が徹底的にチューンしたレイヴン。
それに搭乗していれば三対一でも負けるとは微塵も思わない。
ただ、訓練で使用する旧型機同士で戦ったらどうなるか。
百回やれば一回か二回は落とす気がする。
そのまま言ったら思いっきり渋い顔をされた。
「お前それは自虐の振りをした自慢か?」
「それとも私は偉大だという遠回しな誉め言葉ですか、中尉」
「そんなつもりは毛頭無かったが……」
最大限難敵であるという事を伝えたつもりの仁だったが、明らかに見解がおかしい。
通常、勝率99%であると伝えることが相手への評価とは思えない。
「ちなみに、現役の時の俺とやったらどの位だと思ってたんだ?」
「うーん。百回やって百回かな」
「マジかよ! って事は俺その訓練生達と戦ったら負けんのかよ」
まあその可能性は高い、と仁は頷く。
大分ショックを受けた顔をしていた。
「おとーさん。じぇいく弱いの?」
「まあ普通だったな」
「ええ、普通でしたね。私の調整にも着いてこれなかったですし」
「フォローありがとよ! 後シャロン。お前の調整が頭おかしいだけだ」
そう、普通だった。
だからこそ、普通の人間では太刀打ちできないような戦場に連れ込まれて……片足を失ったのだ。
今のジェイクの右足は軍曹の作った義足だ。
再生治療も万能ではない。稀にだが、適合しない人間もいるのだ。
義足のパイロットもいる事は居る。しかしジェイクは最後まで違和感が抜けきらなかったらしい。
右足の反応が衰えた彼は命まで失わない内に前線を退く決意をしたのだ。
「まあやってみるか……特別講習」
どの道、明日にはシミュレーターを用いた訓練がある。
航宙艦からの離着艦訓練の予定だったが、模擬戦を捻じ込むことは出来る。
少しだけ、楽しみになっている自分が居ることに気付いた。
「おとーさん、楽しそう」
「そうか?」
「うん。ニコニコしてる」
澪にそう指摘されて仁は己の頬に手を当てる。
しているだろうかと疑問に思うが、自分では分からなかった。
「後は生活態度が問題なんでしたっけ」
「ああ。こっちは直接指導するしかないな。まあ多分お前に比べれば可愛い物だけどな」
「何か言いましたか中尉?」
「言うに決まってんだろ。お前まさか今も部屋に下着散らかしてんじゃねえだろうな」
当時のゴミ屋敷を思い出す。
軍曹の部屋の掃除にジェイクと駆り出されたのは中々忘れられないだろう。
「いきなり何を言ってるんですかね中尉!」
「事実だろ。なあジェイク」
「ああ。あれ逆セクハラだな」
正直、気まずさしか感じなかった。
「今まさに私が受けてるセクハラについて何か一言頂けますかね?」
「ちっとは改善されたのかは気になってる」
「右に同じく」
「おとーさん達本当に友達だったんだね」
おっと、と仁は口を噤む。
ついうっかり澪が居る事を忘れて学生の頃のノリで喋ってしまっていたと。
「良いですか澪ちゃん。部屋の片づけはきちんとするべきです。じゃないと今の私みたいになりますよ」
「んーよく分かんないけど分かった」
「さて、それじゃあお二人さん。今日は何を食っていくか? シャロンもついでに食ってけよ」
ジェイクが場を切り替える様にそう言った。
そう言われると今まで意識していなかった空腹を思い出す。
「そういえば噂になってましたよ。訓練校の食堂が美味くなったって」
地味に噂が整備士の所にまで広がっているらしい。
「給食、キューブフードで美味しくないの……」
「あー今は仕方ないかもしれないですね。どうしても生産が偏ってますから」
「つっても徐々に緩和の動きが見えて来てるんだけどな。どうなんだ、その辺?」
人型の危機は去ったのかと視線で問いかけてくるジェイクに仁は肩を竦めて答えた。
「一介の教官にそんな重要な情報は降りてこないよ」
「一介の教官は一人で敵を十一体も撃破しないんだよ。お前引退したのに何で前回の戦闘撃墜数トップなんだよ」
「しかも今回旧式のレオパードですからね……っていうか中尉! 思い出しましたけどB設定使いましたね!? あれだけダメだって言ったのに!」
「前振りかと思ったんだよ」
正直、あれを使った時は帰るつもりが無かった。
今だったらきっと使えなかっただろう。
そして……恐らく撃墜されていた。
次にあの黒騎士と遭遇したら今度は恐らく勝てない。
今のままでは無理だという確信があった。
「なあ、シャロン」
「大体中尉は……ひゃいっ」
唐突に懐かしい呼び方をされて軍曹が奇声を上げる。
「間違えた軍曹。ちょっと思いついた事があるんだけど、今度実現できないか検討してもらっても良いか」
「心臓に悪いので間違えないでください。思いつき……? また機体の寿命を縮める様な博打ですか」
「否定できないのが悲しい所だ」
兎に角、黒騎士に対抗するのならばあのリアクター出力が実現する防御を突破しなければいけない。
その為に手は惜しまないつもりだった。
「大体中尉は整備兵泣かせなんですよ。もうちょっと機体への労りを……」
「労ってたら死ぬこともあるんだよ。その辺は大目に見てくれ」
丁々発止のやり取りをする二人を見ながら、澪は少し寂しそうに呟く。
「仲良くすればいいのに……」




