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05 歴史に学ぶ

 あの問題児三名をどう教導していくか。

 帰宅後も仁の頭を悩ませる。

 

「……なあ、澪のクラスに先生のいう事聞かない奴とかっているのか?」


 ふと気になって澪にそう聞いてみると即答だった。

 

「とーや君!」


 それは確か。

 

「えっと、それは確か澪が子分にしたっていう……?」

「うん。子分一号!」


 一号って事は二号もいるのだろうか。

 ちょっと怖くて聞けない。

 

「それでそのとーや君が煩くした時、澪の先生はどうしてるんだ?」

「んと……何もしないよ」

「そうなのか?」


 意外だった。

 というかそんな放任で良いのだろうかと、澪の普段の授業が気になる。

 

「みおが静かにしてって言うと静かになるから」


 既に上下関係が出来上がっている。


「お前は……凄い奴だな」

「? よくわかんないけどみお凄い?」

「ああ。前々から思ってたけど大物だ」


 将来政治家にでもなるんじゃないだろうか。

 

 澪を寝かしつけながら、仁はベッドの中で考える。

 何かいいアイデアは無いだろうかと。

 

 考えても考えてもいいアイデアが浮かばず、眠りに落ちる寸前――。

 

『人は歴史に学ぶものだよ、東郷君』


 そんな気取った令の言葉が思い出された。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「もう、何度も言ってるじゃない。東郷君」

「馴れ馴れしい。気安く人の名前を呼ぶな」


 舌打ち混じりに仁はそう吐き捨てる。

 何なんだこの女という言葉は辛うじて飲み込んだが、その態度を隠そうともしない。

 

「だって東郷少尉、じゃ堅苦しいと思わない?」

「思わない。節度があっていい」


 余計な仕事を背負い込まされたと仁は溜息を吐く。

 この二人の関係を簡潔に表すならば――逮捕者と被逮捕者だった。

 

「もう一度聞くぞ、楠木令」

「何度聞かれても同じだってば。ライブラリに行こうとしただけ。第三船団じゃ入館許可が必要だなんて知らなかったの」


 ライブラリ――ここで言っているそれは一般的な図書館ではなく、船団の中央データベースの事だ。

 ひいてはそこにアクセスる為の端末が置かれている場所の事でもある。

 

 令はそこに入ろうとした。

 割と堂々と、真正面から。

 許可も無く。

 

 偶々そこで歩哨をさせられていた仁がそれを見とがめたのだった。

 明らかに大した案件じゃないと思われた結果、本職ではない仁に調書取りを押し付けたのだ。

 

「第二船団からの旅行者か……目的は?」

「だから歴史研究。第三船団にしかない資料を探しに来たの」


 胡散臭いというのが仁の率直な感想だった。

 第二船団と言えば、機械化が最も進んでいる船団だ。

 肉体の機械化がちょっとしたエステ感覚で行えるという恐ろしい場所である。

 

 ――尤も、第三船団もナノマシン何て得体のしれない物を体内に入れている異常者の集まりと言わているのだが。

 

「というかアンタ何歳だ。定職にも付かず、こんな事してるんじゃないだろうな」

「お母さんみたいなこと言わないでよ……ちゃんとお仕事です! これ、大学のID!」


 第三船団では珍しい、カードタイプのIDを仁はさっと見通す。

 なるほど確かに。

 一応は本物の様だった。

 

「歴史研究、ね……」

「あ、今歴史を馬鹿にした。しましたね」

「いいや。馬鹿にしたわけじゃない。ただ、改めて研究する必要があるのかと思って」


 それは仁の率直な疑問でもあった。

 というか歴史研究って何だろうというレベルの知識しかない。


「歴史は歴史だろう。新しく何かがある訳でもないし、新しい何かが生み出される物じゃない。ただの過去だ」


 それを研究するというのはどういう事なのか。

 純粋な疑問だった。

 

「人は歴史に学ぶものだよ、東郷君」

「だから馴れ馴れしいと……」


 呼び方を改めさせようとするが、令はそれを無視して言葉を続ける。


「例えば……そうだな。貴方は軍の人でしょ。きっといろんな戦いがあったと思うけど……その全てを覚えている人はいる?」


 その答えは簡単だった。

 150年間。様々な戦いがあった。

 その全てを記憶している者は――。

 

「いや、いない」

「でしょ? でも何か難しい相手と戦う時とかは、昔の記録を見たりしない?」

「する……かも」


 作戦立案に仁は関わったことが無いので断言はできないが、恐らくはそうしているのだろう。

 

「それも一つの歴史だよ。ほら、戦史とかっていうじゃない」

「なるほど……」


 知らず、仁は令の言葉に頷かされていた。

 

「私がやっているのは、それのもっと広くした物。戦いだけじゃなくて文化、経済、政治。そうした諸々にまで手を広げたいの」


 言いながら令は己の手を広げて身体でもその広範さを示そうとする。


「150年続いた宇宙移民の時代。その前にあった600年に及ぶ空の時代。そして更に前。多くの資料が散逸した旧時代」


 大きく分けられる三つの歴史区分。

 それを指折り挙げて令は言う。

 

「貴方の言う通り、歴史はただの過去。でも、そこには多くの知見が眠っている」


 過去こそが知識の宝庫なのだと令は言う。


「私はそういうのを掘り起こして、まとめて、未来に生かしたいの。歴史は今を作った物。なら未来も作れるはずだから」


 そう生き生きと語る令に仁は圧倒される。

 内容に感銘を受けたわけじゃない。

 自分のやるべきことが明確になっている。

 それが仁には羨ましく思えたのだ。

 

 仁は今も、迷っているというのに。

 何を理由に戦えば良いのか分からずにいるというのに。

 

「……アンタの目的は分かった。今回は初犯だから厳重注意で済ませておく。次からはちゃんと入館許可を持ってこい」

「はーい。ちなみにどうやって取るのか分かる?」


 溜息を一つ。

 まあそれくらいなら調べてやるかと


「船団外の人間なら、申請してから一週間で許可証が発行されるな。明日役所で手続きすると良い」


 船団内なら即日出る様な物だ。

 はっきりと言えばそれほど価値のある情報が眠っているわけでもない。


「一週間かあ」


 どこか悔しそうに令が言う。

 

「残念……今回の調査期間は明後日まで何だよね。仕方ない……また次にしましょう」


 実に残念そうな顔をして、仕方ないなんてちっとも思っていない口ぶりの令。

 少しだけ気の毒だった。

 

 気の迷いだ。

 そう思いながらも思いついた事を仁は口にする。

 

「船団民ならその日のうちに許可が出る。同行者については規定がない」

「うん?」


 仁が何を言い出したのか掴めず、令が首を傾げる。

 

「明日は非番だ。連れて言ってやっても良い」


 分かりやすく言い直すと、令は一瞬目を丸くして、後に口元を三日月の様に釣り上げた。

 

「もしかしてナンパ? デートのお誘い?」

「ではこの話は無かったことに」

「ああ! ごめんなさい調子乗りました! 純粋な好意だよね! 分かる分かる!」


 やっぱりやめておけば良かった。

 仁は心の底から後悔した。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 懐かしい夢を見た。

 目覚めて最初に仁はそう思った。

 

 令と初めて会った時の記憶。

 当時はまだ何のために戦うのかを見いだせずに苛立っていた頃の自分。

 その頃から真っ直ぐに進んでいた令。

 

 その姿をうらやましいと思った事を思い出す。

 

 まさかあの時は、その二年後に結婚を考えるなんて思ってもみなかったと口元に笑みを浮かべた。

 心なしか、歪んだ指輪も今日は輝いている様に見える。

 

「ん……おとーさんおはよう。何か嬉しそう」


 起き出した仁の気配を察して澪も瞼を開ける。

 仁の表情を見て当人も嬉しそうにそう言った。


「そうだな。良い夢を見たからな」

「おー」


 分かっているのか分かっていないのか良く分からない返事をしながら澪は学校へ行く準備を始めた。

 その背を見送りながら仁は考える。

 

「歴史に学ぶ物、か」


 令の言葉を口の中で反芻する。

 一考する価値のある言葉だ。


 今回の問題児達への対抗策。

 それにはやはり、過去の問題児へとどう対処したかが糸口となるのではないだろうか。

 

 過去の問題児。

 それは即ち……。

 軍曹、ジェイク、そして仁。

 

「俺達か」


 一気に不安になってきた。

 目覚めた時は名案だと思ったのだが、どう考えてもこれは迷案の類な気がしてくる。

 そもそもの話として、自分たちは最後まで問題児だったのだから真似をしたらダメだ。

 

「学生時代……学生時代ね」


 正直今一覚えていない。

 あの頃は嫌々パイロットをやっていたので記憶に残っていなかった。

 どうした物かと仁は頭を抱える。

 

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