04 問題児達の集い
訓練校食堂にて。
随分と人が多いと仁は思った。
先週まではこんなに混んでいただろうかと首を傾げた。
ほどなくしてその理由が氷解する。
「そうか。新しく入校してきた訓練生か」
訓練校で昼食を取るには大きく二つ。
この食堂で食べるか、PX――要するに売店で食べるかのどちらかだ。
物珍しさからか、新入生はこちらを選んだのだろう。
「よう、仁。何にするよ?」
「……ああ、そうか。お前ここで働いてるんだったな」
ジェイクが居る事に一瞬固まり、そういえばと思い出して落ち着きを取り戻す。
「シェフのお任せで」
「ねえよ。んなもん。日替わり定食な」
作られている間、何気なく聞く。
「食材の調達状況はどうだよ」
「まだ改善はされてないな。人型の襲撃が途絶えて半月だが……まあまだ油断は出来ないだろうよ」
未だ第三船団は非常態勢だ。
少なくとも、この二週間のお陰で船団の自給能力が崩壊するという事は無くなった。
それだけでも一息付けたと喜ぶべきなのだろう。
「いきなり来たかと思えばいきなりいなくなって……良く分からない奴らだぜ。ほい、日替わり」
「ほんとにな」
出来上がった日替わりを受け取って仁は教官用に確保された席に向かった。
定食と言っても、キューブフードにスープが一品付いた程度だ。
余り期待せずに口を付けたが……。
「うまっ」
キューブフードはいつも通りだったが、スープが予想外な程に美味い。
一体どうなっているのかジェイクに聞きたい所だったが更に込み始めたカウンターに近付けそうにない。
もしや、妙に人が多いのは新入生ではなくこのスープ目当てなのだろうかと推察。
「おや、珍しい物食べてるね」
「日替わりですよ」
「へえ、美味そうじゃないか」
スープ皿を覗き込んでくる元教官にあげませんよと釘を刺す。
「ちっ、ケチめ」
「欲しいなら自分で貰ってきてください」
そう言うと行列を見て恩師は顔をしかめた。
「あそこに並ぶのはねえ」
「それよりも、あの隊の連中は何なんですか」
「ああ。面白いだろ?」
「面白いっていうか……」
個性の坩堝というかなんというか。
講義が始まる前の僅かな時間でその片鱗を見せつけられた仁としては文句の一つも言いたくなる。
新米教官には少々難易度が高すぎないだろうかと。
「昨日渡したデータは見たんだろう?」
「ええ。それはもちろん」
「なら分かるはずだ。あの子らの才能は歴代でも群を抜いている。それこそ、私はあんたに匹敵すると思ってるよ」
「まあそれは認めますが」
一芸に特化していると言えばいいだろうか。
各々得意分野では正規兵どころかエースと呼ばれる人種に匹敵する数値を叩きだしている。
「まあ、素行に問題があるのは認めよう」
「やっぱり……」
「むしろ、問題があるからこそ隔離の意味も込みであの子らには隊を組ませているんだけどね」
「隔離?」
「あの子らは眩しすぎるのさ。他の訓練生の心を圧し折っていく。それで何くそと奮起できればいいんだけどね」
残念だけど、そうはならなかったと教官は述懐する。
問題児小隊が一回生だった時、訓練校を退校した人数は例年の倍以上だったという。
それだけ、眩い才能の輝きに潰された物が多かったという事だ。
「まあ後は毒を以て毒を制す……じゃなかった。現役エースが指導することで更なる才能の開花が見込めるんじゃないかっていう期待さ」
「今、元教え子にして同僚を毒扱いしませんでした?」
「空耳じゃないのかい?」
堂々と言い放つ年の離れた同僚に仁はこめかみをひくつかせる。
「というかあの二人、どこかで見た事がある様な……」
コウ以外の女子二人はどうにも見覚えがあった。
同じ訓練校に居たのだからどこかですれ違っていてもおかしくは無いのだが――。
「ま、これを機会に当時の私らの苦労を少しは知るんだね」
元問題児であった仁には少々耳が痛い話だ。
「まさか、それが一番の理由とか言いませんよね」
恩師からの返事は無かった。
ちょっとこっち見ろよと言いたくなる。
午後の講義も淡々と進めていく。
今日は座学と体術の講義だ。
「……さて、一回生のおさらいだ。アサルトフレームの基本構造についてだ」
エーテルリアクターを中核とした兵器システム。
150年前にはまだ機体を建造する技術が無く、鹵獲したASIDを改造し操縦できるようにしていたらしい。
正直仁にはそんな何時取り込まれるか分からないようなものに乗りたくは無い。
「サービス問題だ。ベルワール訓練生。何故我々がASIDとの戦いにアサルトフレームを用いるか答えろ」
「はい。ASIDにもエーテルリアクターがあり、防御手段をエーテルコーティングによって頼っている以上、こちらも同質の兵器で対抗する必要があるからです」
意外と――と言っては失礼か。
まともな答えが返ってきたことにほっとする。
分かりませんとか言われたらどうしようかと思った。
「その通りだ。エーテルを使用しない通常兵器でもダメージを与えることは出来るが、費用対効果が悪い。原則的に実弾兵器が使用されないのも同じ理由だ」
アサルトフレームの武装で見ることは殆どないが、実体弾を使用した武装も存在する。
だがやはりそれらにもエーテルコーティングを施さないと、相手のエーテルコーティングは突破できない。
主流となっているエーテル弾を撃ち込むのと消費量が殆ど変わらないと考えると、弾代の分無駄が出る。
それが主流足り得ない理由だ。
「第三船団で採用されているレオパード、レイヴンでは戦闘領域に合わせたオプションパーツ群を装備することで適性を上げている」
そうやって換装することで専門性の高い機体を確保している。
ただ、第二船団の採用機はそうした機能を全て盛り込んだ機体だという噂を聞いたことがあった。
そんな事をした結果、生身の人間では操縦できないような怪物となった訳だが……。
「整備士の仕事ではあるが、操縦兵も各パッケージ毎の適性を覚えておけ。最適な動きはそれぞれで違う」
余り訓練校ではこの辺り教わらなかったなと思いながら、仁は実地の経験を交えた。
「笹森訓練生。何故アサルトフレームが人型をしているか答えろ」
「過去の統計から、格闘戦――もっと言うと殴り合いが多かったから……デス」
コウの語尾が怪しいのは、一応ですます調で話そうと努力した結果らしい。
中々、言葉遣いには苦労しそうだと仁は今から頭が痛い。
「正解だ。他にも船外作業用の重機としての役割も期待されている。積載スペースが限られている以上、そう言う役割もあると覚えておけ」
単純に、移民開始直後は船外作業用の重機と戦闘用ドローンの様な機体の両方を必要数確保するには材料も積載スペースも足りなかった。
150年経った今となっては変える事へのコストに足踏みして現状維持が続いていた。
そのままアサルトフレームの求められる役割について仁は説明していく。
それらが身に就いたかどうかは――今後の訓練で明らかになるだろう。
そして体術。
機体機動にも関わってくる重要項目だ。
仁が見込んでいた通り、コウの格闘能力は非常に高い。
僅かに手合わせしただけでもそれが分かる。
何より驚きなのは、彼の瞳の中にその事への慢心が一切ないことだ。
教官でも彼に勝てるのはそうはいない。
正規兵だって果たして何人が勝てるか。
それだけの才を持っていれば胡坐の一つでもかきそうなものだがそれが無い。
どこまでもストイックに、己を鍛え上げている。
仁と立ち会っている時でさえ、その瞳には貪欲なまでの渇望があった。
ユーリアも標準以上の成績を発揮している。
問題はメイだ。
「おっと教官。今の私は空腹です。その意味が分かりますね」
「分からん。ほら、構えろ」
「やめてください! 無駄なカロリーを使いたくないんです!」
「馬鹿な事を言ってるな。というかさっき昼休みだっただろ。何で空腹なんだ」
「いえ、その。昼寝してたら昼食を食べ損ねまして」
ぶつけたわけではないのに頭が痛い。
果たして今日何度目の頭痛だろう。
仁にとって初めての経験だった。
「ベルワール訓練生。摂食は我々軍人に与えられた権利ではなく義務だ。貴様が食べなかったことで無駄にした昼食にも市民の血税が使われている。その辺り、理解しているか……?」
「はい! 教官殿! なので晩御飯はお腹がはち切れる程食べます!」
「そういう問題じゃない!」
思わず素で突っ込む。
困った。澪の方がまだ話が通じると仁は悲しくなる。
そして何よりも貧弱だった。
見た目の印象を裏切らず、体力は平均以下。
腕力に至ってはその辺の子供の方がまだあるのではないかと疑う始末だ。
これは難題かもしれない。
仁は初日にして立ち込めて来た暗雲に慄く。




