02 ある意味勇者
澪は賢い子供であった。
一度見た事は忘れないし、計算能力も高い。
家事能力も既に仁を超えている。
賢かったが――根本的な所であほだった。
「……友達ってどうやって作るんだろう」
と言う疑問。
これまで澪の周囲に居たのは仁とジェイク。
それ以外の名を挙げるのならば、焼肉のお姉さんこと、軍曹しかいない。
同年代が居なかった。
故に、そもそも何を話せばいいのかも分からない。
表情は何時もの無表情だったが、その思考は嘗てないほどに加速する。
今一成果を上げているとは言い難かったが。
澪は美しい子供だった。
銀色の髪は珍しい部類で初めて見る子供も多い。
更には表情筋が仕事を放棄しているため、無表情。
どこか人形めいた印象を与える。
そんな相手に、子供たちは話しかけにくい。
そうして生まれたのが台風の目の様な空白地帯。
澪はボッチ道を進もうとしていた。
「何だよお前、変な髪」
そんな澪のボッチ道独走を止めたのは、一人の男の子だった。
「白髪かよ」
「……みおの事?」
話しかけられているとは思わなくて、澪の反応が一瞬遅れた。
もっと単純に、そんな言葉をぶつけられる事を考えていなかったという事もある。
悪意に対しては非常に鈍感……というか無縁で過ごしてきた弊害だ。
「そうだよ、白髪頭」
「白髪じゃない、銀髪だよ」
若干ムッとしながら澪は反論する。
仁が綺麗な銀髪だと言ってくれたので、澪としては拘りポイントだ。
「どっちにしたって変な色じゃねえか」
「変じゃない。綺麗な色!」
ほとんど表情を変えずにいる澪だったが語気は強まっていく。
それは傍から見ると激怒している様に見えて、他の子どもたちは恐れ戦いた。
そんな状況でも態度を変えない少年は中々メンタルが強い。
「変!」
「綺麗!」
しばし睨み合ったが、先に冷静さを取り戻したのは澪の方だった。
「そうだね、君がそう思うならそうなんじゃないかな。君の中では」
以前仁とジェイクの会話の中で出て来た言葉をそのまま繰り返す。
仁も澪と直接話す時は言葉遣いに気を付けるのだが、ジェイクと話している時は若干無頓着になっている。
自分の言葉遣いが澪に悪影響を与えていると気付いた彼が頭を抱える日は遠くない。
兎に角、その言葉で澪は会話を打ち切る。
目下澪の懸案事項は、どうやって友達を作るかだ。
こんな良く分からない生き物相手にしている場合では無いとの判断だった。
一先ず話しかけてみよう。
その結論に達した澪が、誰かいないかなと視線を巡らせる。
――全員視線を伏せた。
何故、とショックを受ける澪。
今の一幕が周囲を委縮させたのだとは気付いていない。
休み時間が終わり、授業を受ける。
算数の時間だけは異常に早く計算を終えた澪は暇を持て余す。
流石に授業中は話しかけてはいけないという意識はあった。
そのまま給食の時間となった。
余り好きではないキューブフードを食べる。
周囲はそれなりに会話をしながら食べているのにボッチだった。
もそもそとキューブフードを食べるが、何とも言えない寂しさがある。
一人の食事とはこれほどまでに味気ない物かと愕然とする澪。
もしかしてと。
澪は自分の髪を摘まんで思いに耽る。
おとーさんである仁は綺麗だと言ってくれたが、世間的にこの髪は変なのだろうか。
そんな考えが頭を過った。
先ほど少年に言った言葉が自分に跳ね返ってくる。
自分が自分の中でそう思っているだけ。
もしかしてそうなのだろうかと。
それはそれとしてキューブフードは何時食べても美味しくないなと澪は思った。
先ほど考えていた髪の事はもう頭から吹き飛んでいる。
噛み締めて飲み込むキューブフードへの不満で頭が一杯だった。
触ったままの髪を弄りながら考える。
給食は毎日あると聞いた。
つまり、これから毎日お昼はキューブフードになるという事だ。
じぇいくのご飯が食べたい。
澪は割と切実にそう思った。
これからの昼食が今から憂鬱だった。
僅かに眉を下げて、溜息を吐く。
その姿はまるで、自分の髪の色を気にして落ち込んでいるかのようで……。
「あ、あの。東郷さん!」
放っておくことが出来ず、一人の少女が遂に立ち上がった。
「私! 東郷さんの髪凄い綺麗だと思うよ!」
何故今、急にそんなことを言われたのか澪は分からない。
ただ褒められたことは分かったので嬉しくなる。
単純な性格だった。
「ほんと?」
「うん、絵本に出てくる雪の妖精みたいで……」
「それってペンギンみたいの?」
「え? ペンギン……? ペンギンは違うんじゃないかな……」
違うのか、と澪は己の考え違いを悟る。
雪と言えばペンギンだと思ったが、他にもあるらしいと。
全員の顔と名前、自己紹介は憶えている。
「雪の妖精の話、もっと聞かせて。長谷川ちゃん」
ジッと、長谷川ちゃんの瞳を見つめながら澪はそうお願いする。
その圧に、若干押されていた長谷川ちゃんは顔を赤くしながらも頷いた。
「うん。もちろん!」
◆ ◆ ◆
「そっか友達が出来たのか」
「うん! 長谷川ちゃん!」
澪から話を聞いていた仁は、友達が出来たという報告に頬を綻ばせた。
……何でそこから流血沙汰になってしまったのか。
「それで澪。どうしてそんな鼻血を出すことになったの?」
「んとね」
たどたどしく、澪が続きを話し始めた。
◆ ◆ ◆
五時間目が終わって、帰宅の時間になる。
昨日は仁と歩いた道を澪は一人で歩く。
長谷川ちゃんは別方向だったのでまたねーと手を振って別れた。
「何だよ、ついてくんなよな」
「そっちこそみおの前歩かないで」
訂正、一人ではなかった。
同じ方角へ向かう少年――休み時間にからかってきた彼と非友好的な会話を交わす。
着いてくるなと言われた澪は少し早足になり、少年を追い抜く。
そして振り返り言うのだ。
「みおの後着いてこないでよね」
本人に自覚は無いが、完全に煽りであった。
顔を赤くした少年も早足となって澪を抜き返す。
そして彼もまた言うのだ。
「ついてくんなよな」
そうなってしまえば後は転がり落ちるが如し。
早足で抜かれては抜き返しの繰り返し。
そして終いにはお互いに全力疾走していた。
「ついてくんなよ!」
「ついてこないで!」
両者互角の足の速さ。
かけっこをしている二人を周囲は微笑ましく見守っていた。
当人たちにはこれ以上ない真剣勝負だったが。
「あそこの木! 先にタッチした方が勝ち!」
「負けた方は勝った方の子分だ!」
何でそうなったのかは当人たちも良く分かっていないが、そうなった。
澪の走りは理想的だった。
そのフォームは既に完成されている。
一切の無駄なく、スムーズな走りを実現していた。
対して少年のフォームは洗練されているとは言い難い。
それでも類まれな身体能力を発揮しながら走る。
無駄があっても、それを補う肉体。
結果としてやはり拮抗状態。
並走したままゴールの木へと向かう。
否、僅かに澪が遅れていた。
勝てない。
このままでは負けると澪は計算した。
勝利に必要な要素。
勝つための方程式。
それを解き明かす。
そして見つけた一筋の勝機。
「にゃああああ!」
良く分からない叫びを挙げながら澪は飛び込む。
リードしていて油断していた少年は咄嗟に反応できない。
飛び込んだ勢いのまま、少年を追い抜き――そして澪はゴールの木へと辿り着く。
顔から。
「ちょ、おま、東郷! 大丈夫かよ!」
「みおの勝ち!」
「いや、勝ちとかどうでもいいけど……って鼻血出てんじゃねえか!」
「とーや君は今日からみおの子分ね!」
「分かったから早く鼻摘まめって! 服汚れてんぞ!」
◆ ◆ ◆
要するにかけっこしてたらヒートアップしすぎて鼻血を出したという事らしい。
勝ったなとと言っているので殴り合いでもしたのかと思ったが、そうではなくて仁も安心した。
「みおが勝ったからとーや君はみおの子分なの」
お前は一体どこへ向かっているんだと仁は頭を抱える。
いや、子分云々は相手が言い出した事なのだが……。
まあ一応これも友達が出来たと言っていいのだろう。
……多分。
ちょっとだけ仁は澪の将来の人間関係が不安になった。




