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01 今ある幸福

 世の中の父親に聞いてみたかった。

 どうすればいいのか仁には分からない。

 

 やはり自分なんかでは人の親にはなれないのだろうかと弱気が顔をのぞかせる。

 そんな己を叱咤して仁は目の前の光景に向き合う。

 

 血に塗れた娘の姿。

 

 目を逸らしたくなる。

 だが逸らすわけには行かない。

 

 澪の父親だというのならば目は逸らせない。

 それが出来ないのならば、父親と名乗る資格など無い。

 

 澪の口元が動いた。

 その言葉を一言一句聞き逃さぬように全神経を耳に傾ける。

 高まる集中力。

 実戦の時よりも精神を研ぎ澄ませる仁だったが、彼にもこの一秒未来は予測できなかった。

 

「おとーさん、勝ってきた!」


 世間のお父さん方。

 鼻血垂らした娘に戦勝報告された時はどうすればいいですか。

 本当に、本当に困っているんです。助けてください。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 あの日――仁達が食堂で焼肉を食べた日から二週間が経過した。

 その間、人型の襲撃は無い。

 

 四回生は卒業……正規兵として任官。

 そして澪は。

 

「おとーさん、似合う? 似合う?」

「ああ。良く似合ってるぞ」


 卸したての服と、真新しい鞄を背負って澪はしきりに聞いてくる。

 今日から入学という事もあって、仁も休みを取っていた。

 

 正装と言えば式典用の軍服がある。

 のだが、あれは流石に浮くだろうと思った仁はスーツを着ている。

 

 ただ支度に手古摺っていた。

 ネクタイを締めるのに悪戦苦闘していたのだ。

 

「今一まとまらん……」


 ついつい右手に声をかけそうになる。

 令に頼りっぱなしだったのだと仁は日々の端々で思い知らされる。

 そうした態度が澪にも気付かれ、傷つけていた。

 その事をジェイクから知らされた仁は、深く反省した。

 

 その事を否定できなかったのは確かだった。

 仁自身、澪を引き取ったのは令の代わりじゃないかと疑っていた。

 

 代わりじゃない。

 ただ令に出来なかった分も澪にしてあげる――つまりは二倍だ。

 誰よりも澪を愛してやろうと決めた。

 

「おとーさん、髪の毛やって!」

「はいはい。ご要望は。お嬢様」

「インテーク!」

「すまん、そんなアサルトフレームのパーツみたいな髪型は無理だ」


 長い銀髪に櫛を通す。

 そうしていると、何時だったか令が髪を整えていた姿が脳裏に浮かぶ。

 その時の手つきを思い出すようにしながら、澪の髪を整えていく。

 優しく、丁寧に髪を梳いていく。

 

 もしも令が生きていたら。

 こうして彼女の髪を整える日もあったのだろうかとふと思う。

 

 その想像は仁の胸を締め付けて。

 だけど今はもう痛みをもたらさない。

 

 令にしてあげられなかった事。

 してあげたかった事。

 

 そうした分も澪にしてあげるのだと決めているのだから。

 

 仁はそれで納得している。

 だが、それで納得しない者がいることも分かっていた。

 少し暗くなった気分を誤魔化すように、殊更明るい声を出して仁は言う。

 

「よし終わったぞ。うん。船団一可愛い」

「ほんと?」

「ああ」


 褒められてまんざらでもないのか。

 相変わらず表情筋はサボタージュを続けているが、鼻歌を歌いだしそうな気配を漂わせながら洗面台へと向かっていく。

 

 その背を見送って仁も己の支度を続ける。

 どうにか及第点を挙げてもいいだろうという出来になったネクタイを確かめた。


「そろそろ行くぞ澪」


 鏡の前で何度も自分の姿を確認する澪に、小さくても女の子だなと思いながら仁は促した。

 

「はーい」


 歩きなれない道を二人、手を繋いで歩く。

 

「明日からは一人で行くんだから、ちゃんと道覚えるんだぞ?」

「大丈夫! 79歩真っ直ぐ歩いたら左に179歩!」


 数えていたのかと驚きながら仁は澪に教える。

 

「澪、それだと歩幅によって距離が変わるから迷子になっちゃうぞ?」

「みお、迷子になったこと無いよ?」


 こいつ、おもちゃ屋で迷子になったの忘れてやがると仁は苦笑する。

 いや、あれは澪の中では自分が迷子になっていたのだったかと思い出したが。

 

「ちゃんと動かないものを覚えないとな」

「はーい」


 指さしながら、澪はあそこで右。ここで左。と道順を確かめていく。

 幸い徒歩圏だったので、ハイパーループのお世話になる事は無かった。

 

「それじゃあ澪、先生たちのいう事よく聞くんだぞ?」

「分かった」


 返事は良いんだよなあと思いながら仁は澪と別れて体育館の保護者席へ。


 見渡せばいろんな家族がいる。

 

「第三船団は男女比が比較的近い方って聞いてたんだけどな」


 かつて母星であったASIDとの戦い。

 その際に人類は壊滅的な被害を受けた。

 

 雄性体――即ち男性のほぼ絶滅である。

 

 ASIDは生物を侵食することで同族を増やす。

 一つの惑星の生態系を食らい尽くすのだ。

 

 中でも最も個性的な特徴は――そのほとんどが雌性体であるという事だろう。

 あの金属の化け物に性別なんてあるのかと今でも仁は疑っているが、有るらしい。

 

 極々わずかな例外。

 それは惑星の生態系で最も優れた生物をクイーンの番として雄性体のASIDに変えられた個体だ。

 

 その辺りの調査はあまり進んでいないという。

 当然だ。

 それを調べるには必然、人間をASIDに捧げる必要があるのだから。

 

 兎も角、母星で戦ったクイーンは人類の大半である男性を己の番にしようとした。

 そして――その変化に耐えきれずにことごとくが死滅したのだ。

 

 生き残った男性は当時で僅か数名だったと伝えられている。

 単純に人類全体が十万人程度だったというのだから

 

 ASIDとの戦いで人間の住める環境ではなくなった母星からの脱出。

 そこに重なる種族存亡の危機。

 

 よくもまあ乗り越えられたものだと仁は感嘆する。

 

 その後も色々とあったのだが、重要なのは滅亡しかけたという事。

 そして男女比は著しく狂ったという事だ。

 

(男少ないな……)


 女性だけでも人間が繁殖できるように開発された人工精子などのお陰で、滅亡は免れた。

 そんな時代が長く続いたので、移民船団では結婚=男女がするものという常識は無い。

 

 歴史を紐解けば、旧時代と呼ばれた母星で勃発したASIDと戦う前の時代は結婚は男女がするものというのが多数派だったというのだから驚きだ。

 身近に専門家が居たので仁も自然詳しくなった事柄だ。

 

 見渡せば女性同士のパートナーというのが圧倒的に多い。

 次が女性一人。

 男女の組み合わせが続き、男一人というのは仁くらいだ。

 

 少しばかり肩身の狭さを感じながら、仁は入学式の開始を待った。

 無意識に指が、首から下げた歪んだ指輪に触れる。

 

 学校の式というのは何時でも変わらないものだと思いながら退屈な話を聞く。

 澪はちゃんと聞いてるだろうかとその姿を探す。

 

 あっさりと見つかった。

 銀の髪というのはこの中でも珍しい。

 大半が黒。金、茶辺りだ。

 他にも青、ピンクなども新入生の中に入る。


 見れば澪は真っ直ぐに登壇している方に視線を向けている。

 教えた記憶は無いが、綺麗な座り方をしていた。

 まるで針金で固定したかのようだ。

 周囲の子供と比べるとその違いが良く分かる。

 

 居眠りしていなくて良かったと仁は胸を撫で下ろした。

 ちなみに仁は学生時代、式と名の付くものは大体寝て過ごした。

 入学式、果ては卒業式まで。

 

 澪がそうならなくて良かったと思う。

 

「どうだ澪。友達出来そうか?」


 色々と説明を受けた帰り道。

 また手を繋ぎながら仁は澪に尋ねる。

 

「んーわかんない」

「友達は居た方が良いぞ」

「……おとーさん友達いるの?」

「ジェイクとか、シャロンとか」

「しゃろん?」


 誰、と首を傾げて聞いてくる。

 うっかりしていたと仁は口元を抑える。

 

「ほら、この前お肉食べた日にいた金髪の」

「お肉のおねーさん! あれ、でもおとーさん、ぐんそーって呼んでたよ」

「それは階級……まあ仕事の名前みたいな物だ。あいつらは訓練校時代の同期でな……」


 問題児トリオと呼ばれた事を思い出す。

 当時の恩師が頭を抱える程度には問題を起こしていた。

 

「ずっと友達?」

「そうだな。基本的には」


 一時、疎遠になったりもしたが何だかんだで今も顔を合わせている。

 腐れ縁という言葉が頭を過った。

 

「みおも友達出来るかな?」

「そこは澪の頑張り次第だな」

「分かった。頑張る」


 拳を握り締めて澪が気合を入れる。

 どんな友人を作ってくるのか。

 仁も少し楽しみでもあり不安でもある。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 澪が血まみれで帰ってきたのはその翌日である。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 青と言えばウェイン姉妹 ピンクと言えばバイロン家に関わりあるのかな?
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