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30 打ち上げ

 戦場だった。

 

「お肉美味しいねー」


 と暢気に言っている澪を見て癒されながら仁は戦場と化した訓練校の食堂を眺める。

 

「……足りるよな?」


 出撃前に約束した焼肉食べ放題。

 仁の再生治療を終えて、どうにか四回生が任官する前には滑り込ませた催し。

 

 そこに顕現した新たな戦場に仁は戦慄を禁じ得ない。

 というか、ちらほらと訓練生以外の顔もある。

 

「……まずジェイク。何でここにいるんだ?」

「シップ5がドック入りしちまったからな。店は閉店。その間の働き口がここの食堂なんだよ」


 禿頭の巨漢がキッチンに入っているというのが少々窮屈そうな絵面だったが、訓練生達は気にしていない。

 聞けば数日前から勤め始めており、既に訓練生達の胃袋をがっつり掴んでいるらしい。

 キューブフードでも美味しく調理できるというのだからすごい事なのだろうと仁は思う。

 余り味には拘っていないので今一共感できないが。

 

「そういうお前こそ嬢ちゃん連れてきていいのか」

「問題ないさ。許可も取ってきたしな」

「とった!」


 既に訓練校のセキュリティには澪のDNAが登録されている。

 仁の身内であるので手続きは非常に楽な物だった。

 

「ってことはしばらくはここ勤務か」

「そうなるな」


 そうなると、仕事の間澪をどうしようかと仁は考える。

 ジェイクの好意に甘えていたツケがここに来た。


「ジェイクは良いとして……何でいるんですか教官」

「うん? 教え子が勤め始めたって聞いて様子を見に来ちゃいけないのかい?」

「いえ、別にいけないという事は無いのですが……何で訓練生に混じって焼肉食べてるんですか」

「美味しい物は皆で食べた方が良いだろう?」


 などと言っているが、最初から焼肉目当てなのは明らかだった。

 教え子の様子を見に来るのにビールはいらない。

 恩師の姿にジェイクは溜息を吐いた。

 

「そう言いますけどね教官。晩飯時になるとしょっちゅう来てるじゃないですか」

「良いだろう別に。教官だって食堂を使う権利はあるんだから」


 恩師の言葉は正論である。

 正論ではあるのだが、今回の焼肉食べ放題は訓練生対象なので食べる権利は本来は無い。

 

 まあ一人二人増えたところで変わらないかと仁も諦めた様に溜息を吐いた。

 

「で、お前も何をしてるんだ。軍曹」

「いえ、私もこれからしこたま怒られるのが確定していますのでお肉でも食べて英気を養おうかと」


 金髪の軍曹は悪びれることなくそう言いながら肉の焼き加減を真剣な目で見ている。

 何も考えずに取ろうとする澪に手のひらを向けて制止する。

 

「待ちなさい。まだ後五秒焼くべきです。それがこの肉のゴールデンタイム」

「ほんとだ、美味しい」


 目を丸くして肉を頬張る澪を見て一仕事終えた後の汗を拭きとる軍曹。

 

「どうせ中尉も呼ばれているのでしょう?」

「……まあな」


 結果論ではあるが、仁の出撃のお陰で黒騎士による被害は抑えられた。

 だがそこに至るまでの過程には問題が多い。

 最たるものが旧型コックピットを使用しての操縦だ。

 操縦許可が無いことを承知の上で行ったのだから明確な軍規違反だ。


「あれは俺の指示でやった事だ。そういう事にしておけ」

「いえいえ、下手に嘘をついても誤魔化せませんよ。私正直者なので」

「今まさに嘘をついているじゃねえか」


 しれっという整備兵を軽く睨みながらも、仁は少し困った顔をする。

 仁の事情に気付いてわざわざ機体を用意してくれた相手だ。

 完全に自分のせいなので咎が行かない様にしたいのだが、当人がそれを認めてくれないのではどうしようもない。

 

「何だ何だ。お前ら問題児トリオは今もつるんでるのか」


 恩師が箸で仁、ジェイク、軍曹の三人を指す。

 そのまとめ方に軍曹が思いっきり渋面を作った。


「教官、私その括りに入れられるのは不本意なのですが」

「何言ってやがる、俺たちはお前の起こしたトラブルに巻き込まれていただけだ」


 軍曹の文句に、ジェイクが顔をしかめながら言う。

 仁も無言でそれに頷いた。

 かつての訓練校時代――三人は同期だった。

 そして恩師が言う通り、三人まとめて問題児であった。

 

 当人たちは皆、自分だけは違うと否定するのだが。

 

「ところでジェイク。義足の調子はどうですか。今度また調整してあげますよ」

「ああ。ドリルとか内蔵しないなら頼みたいな」

「それは約束できませんね」

「お前相変わらずだな……」


 相変わらずぶっ飛んだ事を言う軍曹にジェイクが溜息を吐く。

 

「……ところで中尉。先ほどから気になっていたのですが、こちらのお子様は一体どちら様で?」

「みおの事?」

「みおちゃんというのですか。良い名前ですね。お肉食べます? ……ってあれ? どこかで見たような」


 聞きながら良い感じに焼けた肉を澪の皿に盛っていく。

 あんなに食べたら肥えそうだと仁は思ったが口には出さない。

 明日から澪のキューブフードは低カロリーになるだろう。

 

「俺の娘だ」

「娘だ!」


 軍曹がフリーズした。

 そういえば、訓練生に紹介した時にはまだ軍曹は来ていなかったなと仁は思い返す。

 

「澪、口の周り汚れてる」


 肉の油で汚した口元を拭ってやると澪はくすぐったそうに身を捩る。

 

「おとーさんありがと」


 そこで軍曹が再起動した。

 

「え、あれ。でも中尉、結婚は、その……えっと」


 令の事を知っている軍曹は口ごもる。

 令と直接会った事は無いが、婚約者がいたという話だけは知っているはずだ。

 二年間、機体の損耗から仁が如何に自暴自棄になっていたかを察していた軍曹は話題に出したことを失敗したという顔をした。


「いや、してない。その辺はまあ色々とな」

「いろいろとな」


 仁の言葉を真似る澪。

 意外と物真似が上手い。

 

「可愛い……あ、澪ちゃんお肉もっと食べます?」

「もうお腹いっぱい……」


 何故か急にせっせと澪の世話を焼き始めた軍曹。

 それを尻目に仁は相変わらずの戦場と化している食堂を見渡す。

 

 あれだけの戦闘に巻き込まれて、訓練生達が一人も欠けなかったのは奇跡に近い。

 その奇跡を生み出すのに、自分の教導も役立ったのかどうか。

 

「おい、ハドソン。何かツマミ頼むよ」


 恩師がジェイクへオーダーを投げると、彼は嫌そうな顔をした。


「いや、教官。ここ居酒屋じゃないんですから……」

「ああん? 偉大な恩師の言葉が聞けないって?」

「酔ってやがる……」


 ビール片手に酔っぱらう恩師の姿。

 正直訓練生には見せていい物では無い気がする。

 澪に見せるのも教育的によろしくない。

 

「教官、飲むのでしたらジェイクの言う通り、居酒屋の方が……」

「ちっ、冷たい教え子共め。しゃーない、飲みなおすか……」


 そう言いながら恩師は食堂を後にしていく。

 その背を見送りながらジェイクが呟いた。

 

「あの人、結構酒癖悪かったんだな」

「俺もここにきて初めて知った」


 恐らく、訓練校に来なければ知る事の無かった一面だろう。

 

「それはそうと、中尉。奢りの約束忘れないでくださいね?」

「おい、待て。あれはこの食べ放題の代わりって話だっただろ。今食ってんだから無効だ無効」


 軍曹は意外と欲張りだと仁は思う。

 これも知らなかった一面だ。

 訓練校時代はそうでもなかったと思うのだがと振り返る。

 

「おとーさん、お肉、澪が焼いた!」

「お、ありがとな」


 良い具合に焼けた肉を差し出されて仁も噛み締める。


「え、ちょっと待って下さい。完璧な焼き具合なんですけど。私が数年かけて身に着けた見極めをこの短時間で……!?」


 何だか軍曹が戦慄しているがそれはさておき。

 こうしてみんなで食事をするのも悪くないと仁は思う。

 

 思えばこの二年。

 一度だってそんな事をしてきただろうか。

 

 過去だけを見て、今を遠ざけていた気がする。

 

 死にたがり。

 

 そう呼ばれるのも納得だ。

 今に価値を見出せなければ、それは緩慢な自殺と変わりない。

 

 事ここに至れば、仁も少佐の判断が正しかったと認めるしかない。

 長期的に見れば、一度の戦いで使い潰すよりも手入れして長持ちさせた方が当然良いのだから。

 そんな合理性もあっただろうが、ただただ単純に仁の身を案じていただけだった。

 気付く事も出来なかった自分の視野がどれだけ狭いか分かるという物だ。

 

「おとーさん、おいしい? おいしい?」

「ああ。美味しいよ」


 そう言うと満足げに鼻を膨らませる娘の顔を見て仁は笑った。


 令を亡くしてから二年。

 心から笑ったのは初めてな気がする。

 

 楽しい。

 そう思えた。

 

 二年間、後ろを向き続けた仁が、漸く前を向くことが出来た。

これにて第一章 雨の日の出会い は終了です。


感想、ブクマ、評価ありがとうございます。

数字が増えるたびにモチベーションをガンガン上げさせてもらっています。

この場を借りてお礼申し上げます。


これからも応援よろしくお願いします。


ちょっと設定資料的な物を挟んだら第二章が開始です。

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