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29 戦いの終わりに

「酷い損害だ」


 円卓を囲む一人がそう吐き捨てた。

 ここに集っているのは軍の高官達。

 将官クラスがその顔を居並べていた。

 

「この一戦で船団が被った被害は余りに大きい。特に軍の被害は甚大だ」


 そこに示されているのは数字だ。

 どれだけの被害が出たかを示すただの数。

 

 その一つ一つに感情移入していたらまともな神経では耐えられない。

 故に軍の高官と言うのは無意識にしろ、意識的にしろ、命をただの数として扱う。

 

 そんな彼らであっても思わず怯むほどの数値が躍る。

 

「艦隊の被害は一朝一夕では補填できるものではない。巡洋艦級が八隻、戦艦級が三隻だ。ゲイ・ボルクもドッグ入りは避けられん」

「人的損害の方が問題だ。その船にどれだけの人数が乗っていたと思っている」

「船員の補充は早々出来る物では無い。年計画で充足させていくしかない」


 兎に角、正面から戦っていた艦隊の損害は甚大だった。

 アサルトフレーム部隊は全体の四割が壊滅。

 残った六割も満身創痍と言った状態だ。

 

 仮にも、クイーンを有する群れを何度も撃退している戦力だ。

 それをここまで蹂躙していく人型ASIDの群れ――否、軍勢は恐ろしい物だった。

 

「幸い、というべきかな。第二船団からの派遣艦隊が来る。それで穴は埋められるだろう」

「もう少し早く来てくれればな。そうすれば奴らにここまでやられることも無かっただろう」


 タイミングとしては少し遅いが、第三船団としてはそれが無ければ今後の船団防衛にすら支障を来す。

 贅沢は言っていられない。

 

「奴らのオーバーライト先は特定できたのか?」

「どうやら、撒かれた様だ。三度の連続オーバーライトに追いつけなかったらしい」

「……こちらの警戒網をすり抜けての近距離オーバーライトと言い、移動技術に関しては向こうの方が上手の様だな」


 それは即ち、また突然襲撃してくる恐れがあるという事でもある。

 そもそもの話として、何故撤退したのか分かっていないのだから。

 

「撤退理由は分からんのか」

「そもそも襲撃理由も分からんのだ。撤退理由などそれに輪をかけて分からんよ」

「状況から考えると、人型の群れ……いや軍勢のトップが大きな損傷を負ったから、でしょうか」

「例の黒騎士か」


 移民船団では、一度交戦し取り逃がした群れのクイーンには名を与える習わしがある。

 今回襲撃してきた中にはクイーンらしき個体は居なかったが、それに匹敵する戦力であった黒騎士に名を冠する事となった。


「襲撃理由としては母星脱出時の記録から、ASIDが捕獲した人間を繁殖させて自分たちの素体としていたことが分かっています。今回もそれではないでしょうか」

「そのために態々?」

「実際に、シェルターから一人連れ去れています。或いはASIDにしか分からない素質を見出したのかもしれません」

「ふん……あんな怪物どもに見初められるとは不幸な奴だ」


 一人が同情とも揶揄ともとれぬ言葉を吐き捨てると漣の様に笑いの気配が広まった。

 

「シップ5の損害は?」

「市街地戦をやらかしたからな。決して軽くは無い。加えてASIDにこじ開けられた外壁の損傷……こちらもドッグ入りが妥当であろうな。今から頭が痛い」


 仁が謝意を捧げた修理担当となる将校は頭痛を堪える様にこめかみを揉む。

 市民の住む船が一つドッグ入りするという事は、その間の避難民の生活やらの問題もある。

 ある意味で軍艦をドッグ入りさせる方が気が楽なのだ。

 

「それよりも、あの黒騎士だ! 次に襲われたら対処できる者はいないぞ!」

「……あれを撃退したのは、東郷中尉だったな」

「ああ。それも単独で。相変わらず人間離れしておる」

「今は戦闘による負傷で入院中、か。それを聞くと人間なのだと安心できるな」


 ◆ ◆ ◆

 

 そんな風にお偉いさんたちの間で噂されていた頃。

 仁は夢の中で溺れていた。

 

 苦しい。

 胸を圧迫するような感覚に仁は息苦しさを覚える。

 戦闘機動のGとはまた違う感覚。

 一体何が、と思った仁の意識が浮上していく。

 

 ゆっくりと眼を開けた。

 見慣れない天井。

 視線を動かせば病院の一室だと分かる。

 

「そうか、俺は……」


 かすれた声が喉から漏れた。

 どうやら随分と長い事声を出していなかったらしい。

 この身体に感じる重みは、弱り切った身体が上げている悲鳴だろうか。

 

 そう思い視線を胸元に向けると、涎を垂らして眠る澪の姿があった。

 

 なるほど、重みはこれかと仁は納得した。

 小柄とは言え、20キロ近い重みだ。無視はできない。

 

 起こさない様に気を付けながら澪をベッドに下ろし仁は身体を起こした。

 

「この感じはまた再生治療かな」


 脚の動きに違和感がある。

 まだ再生された肉体に身体が馴染んでいないのだ。

 

 時計を見れば昼前と言ったところ。

 ナースコールのボタンを押して、医師が来るのを待つ。

 

「ん、ん……」


 もぞもぞと動く気配。

 シーツの中で澪が起き上がった。

 

「……じん、起きた!」


 しょぼしょぼとした目を擦っていた澪が、起き上がった仁を見て顔を輝かせる。

 

「じん、じん。大丈夫? 足でろでろになってた!」

「でろでろか」

「うん、でろでろ」


 良く分からない擬音を繰り返すと澪は大まじめな顔で頷いた。

 少なくとも固形物の気配を感じるのは難しい音だ。

 

「澪は無事だったか。怪我とかは無いか?」

「みおは元気だよ?」


 何でそんなことを聞くのと首を傾げる姿に仁は胸を撫で下ろす。

 自分が目を覚ましたことで喜んでいる澪。

 それを見て、仁は意識を失う前の事を思い出した。

 

「なあ、澪。嫌な事を思い出させると思うんだけど」

「なあに?」

「あのASIDに攫われた時の事なんだが」

「うん?」


 良く分かっていない顔で澪は頷く。

 その表情に負の感情は見えない。

 

 末恐ろしい事だ。

 黒騎士に攫われた一連の流れ。

 澪はこれっぽっちも恐怖を覚えていなかったことになる。

 大物とかいう次元ではない。

 

「俺があいつを外に出した後、何か言ったか……?」


 常識で考えれば、あれは幻聴だ。

 だが仁にはそうは思えなかった。

 

 そしてその問いを投げかけられた澪は。

 あからさまにやばいという顔をして口を手で押さえた。

 

 何か言ったのは確実だった。

 

「な、なにも言ってないよ……?」

「本当に?」

「みお、嘘つかないもん」


 そう言いながらも視線が泳いでいる。

 ジッと見つめると観念したように俯いた。

 

「ごめんなさい……」


 何故謝るのだと仁は言いたい。

 もっとストレートに聞いてしまえば良いのだと仁の中で声がする。

 イエスノーで答えられる形で聞いてしまえと。

 

「じんは違うけど……そうなって欲しいって思ったの」


 違うと言われた事を考えると躊躇ってしまっていた仁はその言葉で吹っ切れた。

 

「お父さんって呼んだよな」

「…………うん」


 肯定された事で、やはりあれはただの幻聴ではなかったのだと確証を得る。

 何故、あれだけ離れた仁の耳に届いたのかは謎が残るが――。

 今はそれよりも、その内容だ。

 

「俺が父親で良いのか?」


 あの天才としか形容できない数学の才。

 もっと良い里親が現れる可能性は十分にある。


「仕事の事でイライラしてたら八つ当たりするような奴だけどそれで良いのか?」


 出撃前の喧嘩。

 その内容を思い出して仁は言う。

 きっとこれから何度もあんなことは繰り返されるだろう。

 

 自分は人格者には程遠いと仁は自覚している。

 

 そんな自分でも構わないのかと仁は尋ねる。

 

 そんな問いに澪は頷いた。

 

「じんが良いの」


 その答えに仁は薄く微笑んだ。

 

「そうか」


 澪の頭に手を落とし、銀色の髪を撫でる。

 その感触は――いつかの令と似ていて、だけどやはり違う。

 

 この子は令じゃない。

 分かり切ってたい事を仁は再度認識する。

 

 だけどこうも思う。

 

 令にしてあげたかった事を、澪にしてあげようと。

 後悔を残さぬように、幸せにしてあげようと。

 

「なら今から俺達は親子だ。血は繋がっていないけど、家族だ」

「うん。家族!」


 嬉しそうにそう言った澪は恐る恐る訪ねて来た。

 

「もうぴかぴかじゃなくてもぎゅってしていい?」


 その問いかけで仁も、何故澪がASIDの襲来を望んでいたのか理解した。


「ああ、良いぞ。何時でも良い」


 そう言うと澪は抱き着いてくる。

 仁の胸元に顔を埋める。

 

「おとーさん……」

「ああ」


 抱きしめ返して仁は頷く。

 

「みおは、もうひとりぼっちじゃない?」

「絶対に一人にはしない。約束する」


 仁がそう答えると、澪は身体の力を抜いた。

 

「良かったあ……」


 そのまま仁は身動きが取れなくなり困ったような笑みを浮かべる。

 やってきた看護師に、そのまま眠りに落ちた澪を微笑まし気に見つめられながら。

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― 新着の感想 ―
[一言] この時代になるとジェネラルタイプの認識はなくなっちゃったのかな?
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