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27 弾ける光

 姿勢を低くして。

 下から掬い上げる様に。

 

 隙だらけの腕を断ち切って、そのまま首を狙う。

 最悪でも澪だけは奪還する。

 

 その目論見を持って振るわれた刃はしかし、何の破壊も生み出さなかった。

 エーテルが干渉したことによる閃光さえ発生しない。

 

 エーテルダガーの刃が包み込まれるように黒騎士のエーテルが包み込んでいる。

 必殺の意図を持った一撃が圧殺された。

 そこに横たわるのは技量や技術だけではどうにもならない出力の格差。

 

 長剣は使うまでも無いとばかりに地面に突き立てられた。

 

 澪を右腕に乗せて。

 左腕を前に突き出す。

 

 ただそれだけで仁のレオパードは動けなくなった。

 不味いと思ったのは一瞬。

 機体の全エーテルをコーティングに回すのと装甲が一斉に凹みだしたのは同時。

 真空にも耐える装甲材が発泡スチロールを凹ませるかのように穴だらけになっていくことに戦慄した。

 

 やっていることはエーテルダガーを防いだのと同じだ。

 潤沢なエーテルを使って、こちらを包み込み、圧力をかけている。

 

 余りに精緻なエーテルの操作技術。

 膨大なエーテルを手足の様に操る姿は正しく女王の様であった。

 

 行けない、と仁は冷や汗を流す。


 ナノスキン装甲はあくまで装甲材の総量は変わらない。

 損傷を修復した分、全体が僅かだが薄くなる。

 無限の再生を約束してくれるものではないのだ。


 機体の装甲がひしゃげ、フレームが破断するのも時間の問題。

 

 その先は、コックピット毎自分も潰されるか。

 その前にこの重圧に耐えきれずに弾けるか。

 

 どちらの未来も仁は遠慮したい。

 

「許せよ、軍曹……」


 使うなと言われていたが、そうも言っていられなくなった。

 あれ前振りだったよなと、後で謝ろうと仁は決めた。

 

「コンフィグレーションB、ロード」


 設定を読み込む。

 

「コードトリプルシックス。エーテルリアクターの全リミッターを解除!」


 レオパードのエーテルリアクターが悲鳴を上げる。

 それは本来の使い方ではないと、甲高い断末魔が響き渡った。

 終焉が約束された最後の一手。


 リアクター出力が跳ね上がる。

 許容値を超えたエーテルの流れに機体の全てが絶叫する。

 瞬く間に機体ステータスが真っ赤に染まっていく。

 それは外部からの重圧ではなく、内部からの暴圧。

 

 動力部であるエーテルリアクターの臨界運転。

 数分後の完全機能停止と引き換えに出力を三倍にまで高める最後の手段。

 

 一度使えばリアクターは廃炉。

 機体も想定以上のエーテルを流し込まれればあちこちが焼き切れて廃棄。

 

 そうして得られる戦闘力は三機並べれば得られる程度の物。

 

 はっきり言って割に合う事は少ない。

 今回の様な単独で戦うケースを除いて。

 

 レオパードを包むエーテルを強引に振り切る。

 内部から崩壊しつつあるレオパードの各所からエーテルの輝きが漏れ出す。

 

 光の尾を引きながら走る姿。

 それはどこか神々しくも儚い。

 

 黒騎士が長剣を引き抜く。

 それよりも先に仁は一歩踏み込む。

 

 握られる前の柄。

 持ち手を断ち切ろうと叩き込まれたエーテルダガー。

 手放された武器にはエーテルを纏わせることなど出来ない。

 

「間抜けめ! 武器から手を放すからだ」


 しかし仁の予想に反して無防備なはずの長剣はエーテルダガーを弾いた。

 驚愕も一瞬。

 瞬時にそのからくりを読み解く。

 

「この周辺は全部、こいつのエーテルで支配されてるって事か」


 仁の機体を圧迫したように、離れた長剣にもエーテルコーティングを施していただけ。

 つまりはそういう事だろう。

 

 黒騎士が澪を乗せた手のひらを広げる。

 何か液体の様な物が澪を包み込む。

 

「澪!」


 思わず叫ぶ。

 緊張の走る仁に対して、それに包まれた澪は球になった液体の中で楽し気にぷかぷかと浮いている。

 息が出来なくなるわけではないらしい。

 

 黒騎士が左手だけで長剣を握り締めて大上段に構えた。

 響き渡る金属質の叫び声。

 

 それをかき消すかのような大気の絶叫。

 その音が、周囲の物を消し飛ばしていく。

 一瞬で長剣から生み出される高周波による結界。

 

 あらゆるものを振動波で粉微塵に変えてしまう振動兵器。

 

「振動兵器とはマイナーな武器を……!」


 一時期、船団でも高周波ブレード等の武装が研究された事はある。

 それらはいずれも真空中では十分な威力を発揮することが出来ずに廃れていった徒花。

 

 しかし、今起動した長剣はそんな印象をまとめて吹き飛ばすだけの破壊力を発揮していた。

 

 黒騎士が淡く輝いている。

 それが自分自身の生み出した攻撃に耐えるエーテルの光だと気付いた。

 同時に、澪を包んだ液体も。

 あれはこの攻撃から澪を守るために黒騎士が展開した物だったようだ。

 

「何ていう攻撃!」


 都市部でそんな物を繰り出してきたのだから被害は甚大だ。

 建物は一瞬で瓦礫、そして砂塵へと姿を変える。

 ここから近い外壁さえも軋みをあげている。

 

 そして仁のレオパードも。

 エーテルリアクターを臨界運転させていなければ、耐えきることは出来なかった。

 

 即ち、リアクターが停止した時に迎える末路は砂よりも細かい粉末だ。

 

 そして黒騎士のこの攻撃は、あくまで余波だ。

 長剣から放たれる振動波。

 だが剣の本来の用途は斬る事にある。

 

 振動波の発生源である刀身に切られたら。

 今のレオパードのエーテルコーティングであっても防ぎ切る事は出来ない。

 

 エーテルが支配する戦場に於いて、最もエーテルリアクターの出力が高い相手の攻撃が、ただの振動。

 中々皮肉の効いている状況だと思えた。

 

「力押しにも程があるだろ」


 一撃貰ったら終わりだという事には変わりない。

 仁のやる事は変わらない。

 

 澪を助けて、黒騎士を打倒する。

 

 一歩。

 機体を前に踏み出す。

 互いに間合いを図る。

 

 円を描くように脚部を動かす。

 距離は僅か三十メートル。

 数十キロメートル離れて戦う宇宙と比べれば驚くほどに近い距離。

 

 その距離を、仁は爆発的な加速で踏破する。

 否、的なではなく真実爆発だった。

 

 機体が持て余すエーテルを足裏で爆発させる。

 二の太刀など全く考えていない初撃必殺の構え。

 

 真正面からの突撃は余りに分かりやすい。

 更に振動数を上げる長剣が振り下ろされる。

 

 集中する。

 その振動の、1つ1つが見える程に。

 一秒先。

 そこに自分が居る未来へ飛び込んでいく。

 

 機体のフレームが悲鳴を上げる直角の機動変更。

 仁のレオパードが再びの爆発で真横へと回り込んだ。

 

 片手の指で挟み込んだ二振りのエーテルダガー。

 一本で断ち切れないのならば、二本にすればいい。

 

 そんなシンプル過ぎる計算を仁は実行する。

 

 二本の刀身が黒騎士の首筋へと吸い込まれていく。

 長剣が切り返される。

 実体剣だとは信じられない程の速度で翻ったそれは脇下からレオパードを切り裂こうとする。

 決断は一瞬。

 左腕一本、くれてやる。

 

 フレームとフレームの隙間で挟み込み、強引に軌道を捻じ曲げる。

 そこから更に切り返すまで0.5秒。

 

 それだけあれば仁には十分だった。

 

 二本のエーテルダガーを使い潰す一撃はしかし、首を断ち切るには至らない。

 黒騎士の左腕が、首筋との間に差し込まれた。

 小手めいた装甲の厚み。

 その下腕部を半ばまで断ち切り――そこで止められた。

 

 何故ここに腕があるのか。

 左腕を半ばまで断ち切った長剣から手を離した。それは分かる。だが何故。

 その疑問が仁の頭を埋め尽くす。

 

 一秒先の未来。

 これまで何度も何度も自分を助けて来たエースだけが持つ直感。

 

 刹那、閃光の様に一つの考えが頭を過ぎ去っていった。

 

「お前もっ」


 同じなのかと。

 即ち、仁や他のエースと同じく、この黒騎士も1秒先を見通せる。

 分かったところでもう遅い。

 

 仁の必殺は既に防がれた。

 黒騎士の右膝がレオパードの腹部を押しつぶす勢いで叩き込まれた。

 

「ぐっ……!」


 一瞬の激痛の後、右足の感覚が薄れる。

 半年前にも味わったその感覚。

 二度と感じたくなかった自分の肉がミンチにされた感触だ。

 痛覚を麻痺させる薬品が即座に注入されたおかげで痛みで気絶する事は無かった。

 

 まだ原型を保っている腹部を今度こそ押しつぶそうと、再度足を振り上げる。

 

「させ、るかっ」


 残った最後の武装。

 エーテルライフルを抜き放つ。

 

 頭部――は無理だろうと仁は静かに悟る。

 残り二発では盾としている左腕を貫いて、その先の頭部は射抜けない。

 エーテルの偏向。この個体はそれを使いこなしている。

 

 ならば、と仁は最終目標を変えた。

 

「CP。合図をしたらエアロックを解放しろ」

 

 至近距離で、銃口をクイーンクラスの右腕の肘へと押し付ける。

 相手が仁の意図を察するよりも、仁が引き金を引く方が早い。

 

 密着状態で放たれるエーテル。

 行き場を無くした輝きは、黒騎士のエーテルコーティングを突破し、その下の関節部を焼き切る。

 吹き飛ぶライフル。落下していく右腕。

 それを仁はレオパードの脚部でサッカーボールの様に柔らかく受け止めて地面へと下ろす。

 

 ボロボロになった左手でそれを掴もうとする黒騎士。

 

 何故かは分からないが、この個体は澪に執着している。

 こうすれば意識はそちらに向くと、直感に頼るまでも無く分かっていた。

 

「今だエアロックを開けろ!」


 叫んだ。

 その声に応じて、エアロックが開放された。

 

「おおおお!」


 機体の全エーテルを機動力に回す。生み出された隙間へと黒騎士を押し込む。

 

 その背後で、エアロックに備え付けられた非常用の隔壁が閉じられた。

 ここまで込みで予定通り。

 

 閉じられる寸前、球体から解放された澪の姿がちらりと見えて安堵する。

 

 エアロック内でもみ合った末、宇宙側の隔壁をぶち破って共に真空に放り出される。

 

 そして仁は――宇宙空間戦闘用のパッケージを排除した機体は、その制御を失っていた。


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