39 予言の日
『ああ。間違いない。これは終焉だ』
エーデルワイスの記憶を覗いたセブンスはそう断言した。
漸く実現した、セブンスとの対面。
エーデルワイスが余計な事をしなければ前回で話が済んでいたのだが。
本来のボディに戻った彼女は、ターミナルから奪い取ったハーモニックレイザーと己の物を両手で構えて何やら検討している様だった。
会話に加わる気は無いらしい。
仁達が一度澪の警護体制について船団に戻り、再びテルミナスの母星を訪れるのに一か月近い時間が空いていた。
『亜空間に封じた筈の存在……こうして代行体を生み出せるほどに力を取り戻しているとは……』
「コイツの槍……槍か? この武装は宇宙を滅ぼしかねないってエーデルワイスも澪も判断してたんだが……実際の所どうなんだ?」
『出来るだろうよ。事実、この大本である終焉は、無数の宇宙を滅ぼした。亜空間とはその残滓なのだから』
その言葉に仁のレイヴンと通信を繋いで傍聴していたシャーリーが呟いた。
「それに近い話はハロルド兄さんの遺した資料にもありましたね」
期間が空いてよかった事は、ハロルドの遺した資料を押収できた事だ。
大半は実家であり、本社であるバイロン家のBM社が回収した。それをシャーリーは覗き見たらしい。
「って事は、本当に滅ぼせるのか」
仁は少しばかり忌々しそうに呟く。
あの時、知らぬうちに宇宙の滅びを止めていた事に今更ながら恐ろしさを覚える。
一歩間違えれば今この場は設けられなかった。
やはりこれは、もっと上の人間が取り扱うべき案件の様な気がするが、何しろこのエーデルワイスがそれを認めない。
人の価値観を認めながらも、郷に入っては郷に従えとばかりにテルミナスの流儀――強さこそを前面に押し立てて来るのだ。
それをごり押しする事は可能だろう。
だがこれからの事を考えると相手の文化を尊重できない様では共存など夢のまた夢だ。
一応エーデルワイスも船団に来るときには人の流儀に合わせているのだから。大分服を着る事に渋ってはいたが。
故に、こちらも相手の流儀に合わせて現状人類で一番強い仁がここにいる。
シャーリーはあくまでアドバイザーだ。
「えっと、セブンスさん。ちょっと質問なんですけど」
『ああ。何でも聞くと良い』
「その終焉? って言うのは結局何なの? その、私達に似ていたような気がしたんだけど」
ここで澪が言う私達というのはつまるところテルミナスの民だ。
それは仁も疑問に思っていた。
ASID――元はテルミナスの民と同じ、九氏族の内八つの群れでさえ彼女たちには似ていない。
ならば、終焉というのは或いはテルミナスの民に近しい何かでは無いかと考えるのは自然な事だった。
『……初代から継承された記憶によれば、終焉は我らが祖が肉の身体を持っていた頃に作り出された物だ』
「人工物だったのかよ……」
「まあ、宇宙を滅ぼせるような物が自然発生しますと言われるよりは納得ですけど」
「確かに」
『最初からアレは滅ぼす事だけを目的に作られた。我らはその対抗手段として今の形を得た……とされている』
結局、セブンスも当事者ではない。七代目。結構な年月が過ぎている。
他のオリジナルクイーンならば当時を知っているのかもしれないが、そもそもコミュニケーションが取れない。
『そしてもう一つ。これは真実か定かではないのだが……』
「今更冗談みたいな話には驚かないっての」
『ああ。そう言ってもらえると切り出しやすい。我らは皆、滅ぼされた宇宙からこの宇宙に移住してきた……らしい』
その言葉は流石に想定外だった。
仁とシャーリーは絶句する。
澪は素直に驚いていた。
「……私外宇宙人?」
「いや、澪はここで生まれたから違うんじゃないか……?」
「はあ、びっくりですねえ」
だが逆にそっちの方がしっくりくるかもしれないと三人は思った。
終焉とASID、そしてテルミナスの民が同じ星で作られたのだとしたら。
その大本にある宇宙が滅ぼされていないというのは何とも違和感がある。
ならばむしろ、既に彼らの生まれた宇宙は滅ぼされていて、この最後の宇宙に辛うじて逃げ込み、相手を封印した。
そっちの方がまだ納得がいく流れだった。
『我らは継承していくことで、知性を保ってきた……が、同時に取りこぼした知識も多い。分からぬことも多いのだよ』
「……だけどそうなると妙だな」
そう、彼女らの来歴はその言い伝えが正しければ一定の説明が付く。
だが同時にもう一つ矛盾が生じるのだ。
「あいつらは、人類の事を知っていた。いや、それどころか」
人を護るとまで言ったのだ。
「それについてはどう考えているんだ?」
『分からぬ……』
「あ~それなんですけど……」
おずおずとシャーリーが挙手した。
「あれ、うちの実家に情報がありました」
「おーしゃろんのおうち凄いね」
などと澪は素直に感嘆しているが、仁としてはもう開いた口が塞がらない。
「アレの情報がある?」
「ええ……いや、まあ仁も聞いたことある筈ですよ? ほら、タイプ0の」
「あれって都市伝説じゃなかったのかよ」
「聞いたら消されるタイプの都市伝説ですね」
「私の知ってる都市伝説と違う……」
随分と物騒な都市伝説だと思いながらも仁はその続きを促した。
「タイプ0――当時の呼称はヴィクティム。150年前に地球で移民船団の前身である浮遊都市を守護していた機体です」
『終焉が、人を守っていたと?』
「それどころか操縦していたみたいですよ」
『ほう』
その言葉に興味を示したのはエーデルワイスだった。
『あれを操る人が居るのか。東郷仁にも匹敵する豪傑だったのだろうな』
「ん……誰が乗っていたのかは今一ハッキリしていないんですよね。妙に情報が少なくて。いえ、タイプ0についても少ないんですけど」
「お前の実家厄ネタ多すぎないか……?」
何でそんな色々と公開されていない情報抱えているのかと仁は恐ろしくなる。
何しろ、近い内にその恐ろしいファミリーの一員となるのだから。
漸くシャーリーとの関係をはっきりさせる仁だったが一つ問題があった。
それは、移民船団創設時から存続するバイロン家という家の問題。
何時だったかハロルドが愚痴っていた様に――バイロン家の子供たちは揃いも揃って未婚だ。
別段それについてシャーリーの親もうるさく言っていたわけでは無かったのだが――何しろバイロンの家系は大体そうだ――流石にこのままだと血筋が途絶える。
その事に遅まきながら危機感を抱いたらしい。
とは言え各々己の興味のある事しかしない人間の集まり。いきなり結婚しろ、子供を作れと言われても誰も動かない。当然である。
そこへ降って湧いた末娘の結婚話。
流石に家を途絶えさせては御先祖に申し訳が立たないと、婿入りしてくれと頼み込まれたのだ。
別段、東郷なんて名前に拘りの無い仁としては構わない。どうせ施設の人間が適当に付けた苗字だ。
ただ話を聞けば聞く程、バイロン家ってやべえ所だという印象しか付かないのが問題で。
『終焉が人に味方した理由は私には分からない。だが……その人を守っていたという終焉も我らは滅ぼすと言っていたのだろう?』
「まあそうだな。こいつから降りろとまで言われたよ」
『ならば、我らとの共存は不可能であろうな』
「……だな」
『一つ仮説を立てるのならば、代行体が何らかの理由で人類と共闘した……その個体が優秀だったのだろうな。以降の代行体はその複製となった。そんな可能性がある』
結局のところ仮説だ。
真相は分からない。
『警戒は怠らず……可能な限り我らも戦力を整えるしかないだろう』
「二種族間の同盟か」
現状、テルミナスの民との共闘は第三船団に限定されている。
それを移民船団――人類全体に広げるという主旨だ。
その動きの裏にはもう一つの目的がある。
二種族で合同して積極的に他種族を、この宇宙に存在するかもしれない知性体を探し出し同じように盟約を結ぶという壮大な計画が立ち上がっているのだ。
『叶うのならばハグレと落ちた同胞たちとも再び声を交わせればいいのだが――』
「……それは俺達の側が厳しいだろうな」
テルミナスの民と違って、交渉の余地がない。
知性を取り戻したとしても、彼女らは余りに人を殺し過ぎた。テルミナスの民と共闘する時の反発の比ではないだろう。
「それでも、それに目を瞑らないといけない日が来るかもしれないな……」
何れ来る終焉は、過去にテルミナスの民を始めとする九氏族を退けた。
ならばせめて同等の戦力に自分たち人類戦力をプラスしたいと考えるのは自然な事。
『備え続けよう』
セブンスが苦し気に、そう言う。終わりの見えない戦い。敵の姿すら見えない戦いがこれからも続くのだ。
『何れ必ず終焉は来る。その日に我らの灯が消し去られない様に……』
セブンスはそう言う。
返事を求めた言葉では無い筈だった。
しかし。
「大丈夫だよ。アイツは少なくとも百年は活動を再開しない」
その声に仁とエーデルワイスが戦闘態勢に入る。
互いに背を向けてセブンスと澪を間に挟む。
セブンスも、その巨躯を巡らせて、周囲を睥睨した。
澪だけ、訳が分からずにおろおろしている。
「……フレデリカ姉さま?」
その澪の躯体。その頭の上にいつの間にやら立っていた人物の姿。
それを見たシャーリーが呆然と呟く。
「とうとう封印が一つ外されたから少しばかり力を取り戻せたけど今回の代行体で使い切ったみたい」
天気の話をするかのようにフレデリカ・バイロンはそう言った。
シャーリーからするといつも通りの姉。
自分よりも年上なのに、澪と同年代と言われても納得してしまう様な矮躯。
そんな相手に仁のレイヴンとエーデルワイス最大限の警戒を続けていた。
「……仁?」
「お前はこれがただの人間に見えるのか?」
緊張で喉が渇く。
澪の頭部を音もなく抑えた事――即ち今その気になれば澪は死んでいた。
それは仁もエーデルワイスも例外ではない。
声が聞こえるまで、この場の誰もがフレデリカの存在に気付いていなかった。
それだけで常人ではない。
それだけじゃない。
『……何故、人間がリアクターの反応を持つ』
そう。フレデリカからはエーテルリアクターの様な反応がある。
事実彼女は周囲のエーテルをコントロールするように己の身体に集わせている。
「これは受け売りなんだけど」
そう前置きして。
「こっち側で言うエーテルリアクターって極小の亜空間へのゲートを開いてそこからエーテルを汲み上げる装置の事らしいよ」
そんな誰も知らない様な事を口にした。
「色々と他にも要因はあるみたいだけど。その反応ってのはきっと私が開いて貰っている亜空間のゲートの事だね」
『ああ。私からも一つ質問が良いだろうか』
「はいはい。どうぞ。実のところ貴女に会いに来たんだ。テルミナス・セブンス」
『なるほど……なら聞こうか。君は何代目だい?』
その問いは、この場の誰もが理解できなかった。
ただその質問を投げかけられた一人を除いて。
「きっと貴女が思っている通りだよ。セブンス。私は彼の代行体ならぬ代理人。単なる使い走り兼探偵みたいなものだよ」
謎解きは主任せだけどね、そう言ってニッと笑う。
「私の主はちょっと抜けててね。テルミナスの民と接触したかったんだけど探せなくて難儀してたの」
フレデリカは肩を竦めてそう言った。
「こうして第三船団が接触してくれて助かったよ。お陰で居場所が分かった」
そこで初めてフレデリカは仁に目を向けた。
「……ふーん」
冷たい、まるで家畜か何かに向けるような目。
思わず仁は背筋に怖気が走る。間違いなく敵だ。
そう判断した所で。
エーデルワイスは構えを解いた。
「おい」
『何だ?』
「いや、何だじゃなくて……警戒しろよ」
『敵意は無いだろう』
「いやいやいや! ありまくりだろ!」
『……そうか?』
こいつって危機感はこんなにない奴だっただろうかと仁は首を捻る。
見ればセブンスも警戒していないし。
澪は自分の頭を足場にされて居心地悪そうにしているだけだ。
誰も、フレデリカに対して敵意は向けていない。
というよりも、フレデリカが敵意を向けているのも自分だけだ。一体なぜ……。
「あー仁」
そこでシャーリーが申し訳なさそうに言う。
「多分、姉さまが敵意を向けてくるのはその……」
「許せない……」
シャーリーが何かを言う前に、フレデリカが怨嗟の声を漏らす。
「お前何かが私の可愛いシャーリーと結婚するなんて許せない……! 小さい時は私と結婚するって言ってたのに……!」
「姉さまはその、世間一般で言うところのシスコンと言うか……何と言うか」
「良く分かった」
血の涙を流しかねない恨めしさを向けていたフレデリカだったが、何かに気付いて様に視線を斜め上に向けた。
「分かってるってば。今から本題に入るところ――これは私の主からの警告よテルミナス・セブンス」
淡々と。彼女はメッセンジャーに徹する。
「それ以上の自己強化はやめなさい。今が境界線。そこを越えたら貴女も終焉に汚染される」
『……何?』
「そっちの貴女なら分かるわよね。一度汚染されかけたあなたたちなら」
そう言ってエーデルワイスと仁へ視線を向ける。
終焉の汚染。それに心当たりはある。
『私がレゾナンス・エーテルリアクターを起動したときの事か』
「そうよ。RERの臨界運転はその境界線を容易に超えられる。幸い貴方たちはそんなに相性が良くないから一気に開かなかったみたいだけど」
相性、悪かったのかと仁はちょっとショックを受けた。
『ああ。つまりそれは、リアクターの出力が?』
「人類で言うところの2000ラミィ。それ以上は悪影響を及ぼすわ。亜空間へのゲートを介して、終焉が貴方たちを侵食する」
先ほどのフレデリカの言が正しいのならば、エーテルリアクターとは即ち終焉が封印された空間へアクセスする行為。
そこから汲み上げるエーテルが増えるという事はゲートが大きいという事。
それが一定の閾値を超えると向こう側に居る終焉が干渉可能になるという事かと仁は理解した。
「でも、フレデリカ姉さま。それならロンギヌス級とかは何で大丈夫なんですか? それに、ライテラの澪ちゃんも」
「簡単な話よ。前者はそもそも構造が違い過ぎる。侵食しようにも侵食できる意思が――プロセッサーが存在しない」
事実、アサルトフレームはASIDと似通った構造をしているが、艦船となると構造は全くの別物だ。
つまりは、終焉が干渉できるのはASID、ないしテルミナスの民という事になる。
「そっちのお嬢ちゃんについてはまた別。ずっと自己改造を続けてる」
「そうなの?」
「そうなんです?」
澪とシャーリーが通信越しに顔を見合わせた。
シャーリーは兎も角、澪も無自覚だったのか。
「本来の身体と人間の身体。相互にバックアップを取って互いに互いの意識を同調している。まあ本能的な物でしょうね。これならどちらが破壊されてももう片方が生き残る。もう殆ど別の種族よ」
『ほう』
「おお……私凄い」
今まではどちらが破壊されても澪は命を落としていた。
だが、今は互いが互いのバックアップとなっているがゆえに、テルミナスの民が持っていなかった弱点を補ったと言える。
本人は全く無自覚のようだが。
「一月くらい前からは今まで以上に人類を模倣しようとしてる。これは私の主が言ってたけどその内完全に区別がつかなくなるって」
良かったね、とフレデリカは言った。
『ああ。なるほど……他の群れは自己強化の果てに終焉に取り込まれたのだな』
「そうよ。貴女という唯一侵食を逃れた――が居るからまだ他の八つも完全には侵食されてない。って今はもう七つか……」
一部、仁の耳では聞き取れなかった。シャーリーも同じらしく眉根を寄せている。
「テルミナスまで取り込まれたら、終焉を抑える群れが居なくなる。だから、貴女は現状維持を最優先に」
『……致し方ないな』
何故突然現れた相手の言葉をこうも信じられるのかと仁は訝しむが、セブンスは全面的にそれを受け入れたらしい。
「それからそこの」
フレデリカはそう言って仁を指差す。
「シャーリーを悲しませたら殺すわ」
仁でも中々感じた事のない殺気を込めながらそう脅して――また姿を消した。
何の前触れもなく、霞の様に。
「……何だったんだアイツは」
言いたい事だけ言って消え去ってしまったフレデリカに仁はそう呟く。
シャーリーが姉がすみませんと謝っているが……そう言う問題だろうか。
いや、そもそもこんな色々とセブンスですら初耳の情報を抱えている主というのは何者なのかと仁は疑問を抱く。
それに何故今まで接触してこなかったのか。
「セブンスは、あいつの主に心当たりがあるのか?」
その主というのはもしや隠れ潜む必要があるのかもしれないという推論は立てられる。
姿すら晒さず、極力表に出ないようにする在り方はそんな理由でも無ければ納得できない。
『ああ。あるとも。だが、言えぬ』
「言えない?」
『制約があるのだ。我にも』
申し訳なさそうに彼女はそう言う。
『だが我らのやるべきことは変わらぬ。百年は猶予を得られた。その間に、終焉へ抗する手段を考えなければいけない』
露骨に話を逸らされたが、これ以上は言わない、言えないという意思表示だと仁は受け取った。
「まあそうだな……」
百年と仁は考える。
次の大きな戦いは恐らくそこだ。
だが――そこまで仁は生きられない。
生きていたとしても戦闘など不可能だろう。
だけど澪はきっとそこにいる。
その事が仁に無力感を抱かせた。
本日一話目です。
最終話は18時頃更新します。




