38 終わらない日々
「あー怖かった……」
あのラスボスと対面するには守の経験値はまだ足りない。
口元は笑っていたが目が全く笑っていなかった。
今になって足が震えてくる。
そして恐ろしい事に、近い将来に守はそんな相手に挑まないといけないのだ。
「……消し炭にならないようにしよ」
何やら急用が入った様で、守には見慣れぬ女性――エーデルワイスへと何かを頼んだ後またハイパーループの発着場へ飛び込んでいった。
ある意味命拾いした。あのまま睨まれ続けていたらそれだけで守は死にかねない。
「あの人視線で人殺せるんじゃないか……?」
尚、その視線を向けられるのは守だけである。
嫌な特別扱いであった。
言い換えると他の人間ではそも仁の警戒対象にすら入っていないという事なのだが。
兎に角、ストッパーが居なくなったので守も漸く澪の元へ行ける。
と、既に何やら話していたエミッサと雅の二人が何やら笑顔を浮かべていて、澪は顔を真っ赤にしている。
何があったのかと首を傾げながら三人の元に近寄ると、エミッサが守に気付いた。
「やるじゃない」
と、結構思いっきり守の背を張る。痛い。
「何すんだお前」
「えっと、凄いね東谷君。お疲れ」
と雅も背中を労わる様に叩く。別に痛くはない。
「……いや、何? 何の話?」
「うう……ごめん」
何でか澪は謝って来るしで守も混乱する。
「べっつにー?」
「何でもないよ?」
と言っているが二人とも思いっきり笑っている。それで何でもない事は無いだろうと守は突っ込みたい。
「澪様があの日の事を話していたのだ」
と、そこへエーデルワイスが真相を明かす。
「あの日は世話になったな。東谷守」
「えっと……どちら様で?」
どことなく澪に似た雰囲気を感じるが、間違いなく初対面の相手に守は更に困惑する。
「エーデルワイスだ」
「ああ。こちらこそお世話に……えっ」
記憶の中にある姿と、今の姿のギャップに守は混乱した。
「それじゃあ未来の旦那様も来たことだし、私達は今日は帰るね」
「旅行。絶対一緒に行こうね」
二人とももう卒業してしまった。
澪だけ、卒業式に出られなかった。その事に寂しさを覚えないと言えば嘘になる。
それでもまだ二人は繋いだ手を離さずに居てくれた。
「エミッサ」
「ん?」
「雅」
「なに?」
「二人とも、ありがとう」
二人纏めて、澪は抱きしめる。
自分の感謝を少しでも伝えたくて。
今も友達でいてくれてありがとうと。
「なーに言ってんのよ」
「そうだよ。水臭いよ」
「うん……でもありがとう」
本当に本当に澪は嬉しかったから。
きっと何時までもこの時の気持ちは忘れないだろうという確信がある。
そんな三人を見つめながら……口を挟んだら怒られそうなのでずっと黙っていたが……。
(未来の旦那様って何!?)
どうしてその発言が出たのか。
エミッサ達を問い詰めたくて仕方ない。そうこうしている間に二人は手を振って離れていった。
追いかけて問い詰めたいが――今を逃すと次に澪と会話できるのが何時になるのかも分からない。
追及は諦めて澪へと向き直る。
「あー久しぶり」
「うん……」
あの戦いの後割と直ぐに守は船団に戻されてしまったので、まともに会話するのはあれ以来という事になる。
「二人と何話していたんだ? あの日の事とか言ってたけど」
「えっと……」
しばし澪は視線を泳がせる。
付き合いの長い守は知っている。
言い訳を探している仕草だこれは。
「…………ごめん。とーや君が言った事話しちゃった」
「俺が言った事ってまさか……」
「嬉しかったから、つい」
あの一世一代の告白を。
その一部始終があの二人に知られたのだと知った守は頭を抱える。
「うわああああ……次会った時何言われんだろう……!」
「ご、ごめんね? そんなに嫌だった?」
「いや、嫌じゃないし……何一つ嘘は言っていないから良いんだけどよ……」
単に恥ずかしいだけだ。
「……ねえとーや君」
「何だよ」
守は羞恥で赤くなった頬を冷まそうと手で扇ぐ。
その守に澪は。
「手、出して」
「何で?」
「良いから出して」
「まあ別に良いけどよ」
良く分からないまま、澪に言われるがまま守は右手を差し出す。
そうすると澪から違うとダメ出しが入る。
「掌上にして」
「注文が多いな……」
言われたとおりにしながら何なんだよ、と思っていると澪はその守の手を取った。
はにかんだように、笑う。
「約束なんだから、一緒に謝ってね?」
「あっ」
澪が何を言いたいのか――何をしたいのか理解した。
あの日、守が差し出した手を澪は取り損ねた。
それをやり直したかったのだと。
「お前、最初からそう言えよ」
「だって……恥ずかしいし」
そう言いながら澪は守の手を離そうとはしない。
己の左手でしっかりと掴んでいる。
「それに、お願いして断られたらいやだし……」
「んな事しねえよ」
いや、仁の目が合ったらちょっと躊躇ったかもしれないが今はその監視も無い。
だから守が行動を抑制する必要は――。
無い筈だったのだが、背筋に悪寒が走った。
振り向くとそこには先ほどの仁と同じような目を――視線で人を射殺せそうな眼をしたエーデルワイスが居た。
「東谷守」
「はい」
気分は死刑執行を待つ罪人だ。
「知っていると思うが、澪様は我らにとっても大事なお方だ」
「はい」
「その方と肩を並べたいと願うのならば……我らが一族に認められる事だ」
「具体的には……」
「そうだな……手っ取り早いのは力を示す事だ。我よりも強いとあれば皆も認めざるを得まい」
エーデルワイスって、テルミナスの民で最強では無かっただろうかと守は口から魂を零れさせる。
とてもとても、高い壁な気がする。
「その事を努々忘れるな。もしも認められぬ内に不埒な真似をしたら」
そこから先は言われなくとも分かる。
胴体と首が泣き別れなのでしょう。と守は心の中で尋ねた。それを読んだ訳ではないだろうが、エーデルワイスは頷いた。
「大丈夫だよ」
確信を持った声で澪は言う。
次の瞬間には不安げに守を見上げていたが。
「大丈夫だよね?」
「全力を尽くす」
両種族の最高戦力を越えなければいけない。そのハードルは果てしなく高い。
だがそれが出来なければ、この先ずっと澪を護る事なんて出来はしないだろう。
「お前の方こそ大丈夫かよ」
手をつないだまま二人歩き出した。
少し、エーデルワイスは不満そうだったが、まあそれくらいは良いかと思い直して周囲の警戒に戻る。
彼女らがさりげなく警護しているのが馬鹿らしいほど平穏だった。
「何かもう抱え込んだりしてること無いか? お前溜め込むと凄い事やらかすのは今回で良く分かったから早めに言えよ?」
「もうしないよ」
守の揶揄う様な言葉に澪は唇を尖らせる。
「本当に大丈夫かよ。もう隠し事は無しだぜ」
「……一個だけある」
ますます唇を尖らせて、不満そうに澪は言った。
ほら見た事かと守は得意げな顔になった。
「それで? 今更何を隠してるんだよ」
「……実はね」
まあ隠していたというよりも単に言うタイミングが無かっただけだ。これまでの隠し事に比べれば大したことじゃない。
「私の実年齢十歳なんだ……」
「……マジ?」
「うん」
マイナス五歳。同い年だと思っていた相手が年下だった。
その事実に守は――澪が予想していた以上に驚き動揺している様だった。
澪が人間じゃないと聞いた時よりも動揺している。
「ええ! 何でそんなに驚くの!」
「いや、そりゃ驚くって……だってさ……いや、何でもない」
空いた左手で守は口元を抑える。頬が赤い。
「ねえ、何言おうとしたの?」
「何でもないって」
「あれだけ驚いておいて何もないって事は無いでしょ? 何で。ねえ、何で。隠し事は無しだってとーや君が言ったんだよ」
しつこく尋ねると守は観念したようにそっぽを向きながら言った。
「別に、大したことじゃない」
「なら早く言ってよ」
「五歳下って事は……その、俺が結婚出来る年になっても五年は待つんだなって思っただけだ」
耳まで真っ赤にしながらそう言う守に澪は目を丸くして。彼女自身も頬を染めた。
握る手の力を増しながら、澪は小声で言う。
「その、戸籍上は同い年だから大丈夫だよ」
「そ、そうか……」
そんな事を言いながら二人は顔を見合わせて笑った。
今から何の心配をしているのか。
澪は今回の事件で迷惑をかけた人に謝らないといけない。
守は高い高いハードルを用意した二人を越えないといけない。
そんな心配よりも先にする事かと思ったらおかしくなってきた。
「ねえ、守君」
「何だよ、澪」
自然と、名前を呼び合う。その事にくすぐったいような喜びを覚えながら澪は言う。
「ずっと一緒に居てね」
何時か訪れる最期の日まで。
もうこれで終わりで良いんじゃないかと思いますが、後二話だけ続きます。




