36 新たな戦い
何でこんなことになったのだろうと、守は自問した。
ハロルドの内乱を呼ばれることになった宇宙移民時代最初の内乱の影響は収まりつつある。
超大型種スタルトとの戦い、その後の第二船団艦隊との戦い、そして最後のハロルド艦隊との戦い。
そうした立て続けの騒乱で第三船団防衛軍の戦力は激減した。
生じた防衛圏の穴を埋めるように、テルミナスの民が戦力を派遣して――その指揮官は先方の希望もあってユーリアが選ばれた――異種間の交流も始まっている。
その流れを加速するためか。
それともそろそろ時期だと思ったのか。
澪が第三船団に帰還すると守たちは聞いたのだった。
せめて出迎えくらいはしようと、守はエミッサ、雅の二人に声をかけて。
そうして迎えた当日。
何だか見慣れない妙に露出の高い格好をした人――エーデルワイスと仁に挟まれて澪が連絡船から降りて来た。
「あー連絡船は嫌いだ……」
「うむ。自分で操作できないというのはいざという時に困るな」
「だよな。凄い分かる」
「もうちょっと信用しましょうよ……」
その後にシャーリーが続いてきた。他にも幾人か。テルミナスの母星に居た人員が交代してきたらしい。
今後は母星の方に向かう人間は軍人だけではなく、測量などの技術を持った人間が増えてくるのだろうともっぱらの噂だ。
移住が可能かどうか。その計画立案が水面下で始まっていた。
「澪!」
「エミッサ、雅」
ちょっと前に見た時よりも顔色が良くなったと守は思った。
髪も整えられて、見た目だけは何時も通りの澪だ。
駆け寄ってくる二人に、エーデルワイスが身構える。他にも数名、懐に手を入れた。
無関係な乗客だと思っていたが――三人の中で守だけが気付く。あれは全部澪の護衛だと。
一瞬で剣呑な空気になった場を、仁が片手を挙げる事で鎮める。
その耳元でエーデルワイスが囁いた。
「誰だ?」
「澪の友人だ」
「ほお」
「ちょっと、エーデルワイスさん。近い。近いです」
殆ど密着する様な状態のエーデルワイスをシャーリーは苦労して引きはがす。
何でもエーデルワイスのボディは澪の様に有機体で構成されているわけではない。
見た目は人で表面もそれらしく見せているが――実際は水銀で象っているらしい。
だから見た目よりも遥かに重いし、サイボーグ以上に無茶な事が出来る。
例えば身体を変形させたり、その水銀を広げて盾にしたりと警護という観点では頼もしい。
その話を聞いた時古い映画でそんなのいたよな……と仁とシャーリーは思った。
ちなみにその時は暗殺者の側だった。
護衛の輪から飛び出して、澪が二人に飛びつく。泣きながら、何度も何度も謝っている。
エミッサも、雅も。
会ったら文句を言ってやると息巻いていたのに、涙を流しながら澪を抱きしめている。
そのまま、二人と少し歩きたいという澪の希望を聞いて、静かに護衛達が辺りへ散っていった。
エーデルワイスも三人の後をそっと着いていく。
守もその後に続こうと思ったのだが。
「ああ。東谷君はこっちだ」
「え」
「話がある」
と、仁に呼び止められてしまったのだ。
ベンチで並んで座って。
呼び止めた癖に仁は口を開こうとはしない。
一体なぜ呼び止められたのか。
落ち着いた風を装いながらも、守は冷や汗を流していた。
心当たりが無い訳じゃない。
ありすぎて絞り込めないのだ。
「……東谷君」
「はい!」
「澪を助けてくれてありがとう」
「はい! はい?」
お礼を言われるというパターンは想定していなかった守は変な反応を返してしまう。
「あの子がライテラ計画を進めている時に、澪の味方で居てくれてありがとう。君が居なければ、澪は帰ってこなかったかもしれない」
澪に未来を見せる。
それはきっと仁にはできなかった事だ。
守る事は出来ても、先を見せることは出来ない。
だから、それを見せた守にはこんな言葉では足りない程に感謝している。
「それと、アレと戦った時の事だが」
「アレ、ですか」
「ああ。アレだ」
ハロルドとの戦いの後に出て来た正体不明の個体。
仁としてはあれは人類の文明の産物。
アシッドフレームが主体であったころ――まだ母星に居た頃に建造された物では無いかと疑っている。
タイプ0。都市伝説以外の何物でもない機体だが、もしもそれが実在したとしたら。
それはきっとあんな感じではないだろうかと。
ただそうなるとテルミナスの民との関りが分からない。
どちらとも無関係は有り得ない筈なのだが……。
セブンスと早めに話し合いたいのだが、まだその機会は得られていない。
その真相は定かではないが、宇宙を滅ぼしかねない存在を公表するわけには行かない。
あそこで交戦し、あれを見た者達には厳重な口止めがされている。
だから二人もアレなどと言う言い方しかできなかった。
「援護してくれて助かった。あれが無ければ一手遅れてただろう」
そうなっていたら少しばかり状況は不利だった。
あの戦局で的確な行動を取ったのが、まだ訓練生の身分である守というのは仁としても驚きである。
教官時代だったら間違いなく目を付けていた。
「それに、あの後澪を外に出してくれてありがとう。君の行為が無ければ澪との関係もこじれていたかもしれない」
あそこで澪が引き籠ったままだったらそれはそれでまた話がややこしい事になっていたのは間違いない。
その時も思ったが仁としては守に勲章を挙げてもいいくらいだった。
「俺達親子を助けてくれて本当にありがとう」
帰還してからはバタバタしていて、満足にお礼も言えなかったのだ。
だから仁はまず会ったら感謝を伝えたいと。そう思っていた。
自分の親ほどの大人に深々と頭を下げられて守は慌てて手を振る。
「いや、俺なんかホント大した事してないですし! 結局すぐにあの野郎に撃墜されて殆ど寝てただけで、東郷の助けが無ければ東郷の親父さんを助けることも出来なかったし! ホント気にしないで下さい!」
そんな風に慌てている守に好感を抱きながらも、仁はそうか、と頷いた。
頷いて。
「それはそうと話は変わるんだが――」
話と一緒に纏う空気も変わった。
先ほどまでの爽やかにお礼を言う姿は消え失せ、妙に重さを感じる空気を纏い始める。
二人の背後で、シャーリーが深々と溜息を吐いた。
「テルミナスの民の文化では、己の躯体――その制御を明け渡すことは婚礼を交わした相手とする神聖な行為だそうだ」
「はあ……?」
話が全く見えずに守は空返事をする。
「なあ、東谷君」
その時。
未熟ながらも戦場を駆け、目覚め始めた守の直感が告げる。
「君、あの時は澪の躯体をどうしていたんだい?」
回答を間違えたら、ここで自分の首と胴は泣き別れだと。
「いや、その……俺は、多分東郷もそんな事全然気にしてなくて……と言うか知ってもいなくて」
「ああ。勿論だとも」
優し気な笑みを浮かべながら仁は頷く。
「分かってやっていたのなら今君はここにいない」
未だ現役で最強のエースから戦場でも感じない様な殺気をぶつけられて。
守はもう逃げ出したくなっていた。
「君には感謝している。が、それとこれは話が別だ。前に言ったことを覚えているかな東谷君。澪を任せるには俺よりも強い男じゃないとダメだって」
「メンタルだと東谷君の圧勝な気がしますけどね」
仁だけに聞こえる様な小声で、シャーリーが呟いたが仁はそれを無視した。
「澪はこれから間違いなく面倒に巻き込まれていく」
テルミナスの次期女王。その肩書はもうどうやっても消し様がない。
仁は有形無形の害から澪を守り続けるつもりだ。
「だから、その時に澪を護れない様な奴には任せられない」
言外に、仁は守に問うている。
その覚悟があるのかと。
それに気づいた守は腹に力を籠める。
ここで逃げてはいけない。
今目の前に居るのは、己が越えなければいけない壁だ。
「絶対に、親父さんより強くなってやる」
澪の隣を歩むと、もう守は決めたのだ。
その為に必要ならば宇宙最強にだってなってやると、仁の視線を真っ向から受け止めた。
守にとって、新たな――そして恐らくは最大の戦いは今日この日から始まったのだ。




