25 何れ来る終焉2
近づこうとすると、無造作な左手の砲撃が飛んで来る。
面倒なと思いながらも、その狙いは余りに単調だ。
AI任せの自動砲撃でさえもう少し工夫する。
だから避ける事は難しくはない。
問題は近寄れば近寄るほどに機体が重くなっていく。
仁自身圧迫感めいた物を覚えずにはいられない。
咄嗟に飛びのく。当たり前の様に追撃は無い。お陰で多少余裕を持ちながらエーデルワイスと作戦会議を行えた。
「何だこれ……」
そう言いながら、仁にも覚えがあった。
これはエーデルワイスもやっていた事だ。
『周辺のエーテルを制御しているな』
この目の前の終焉が生成したエーテル。その全てを敵は掌握している。
外に流した物さえ無駄にせず、こちらの動きを縛るために使ってきている事か、と仁は頷いた。
『恐らくは、向こうには妨害の意図さえないだろうな』
だがエーデルワイスの言葉はそれを否定する。
『これはただ、出力が膨大過ぎて我らが勝手に苦しんでいるだけだ』
そんな話を、仁はセブンスから聞いた覚えがあった。
だがその話を素直に受け止めるのならば、看過できない問題がある。
「セブンスは、質次第だって言ってたぞ」
言ってから仁は自分で気付いた。
耐えられるのは相応のエーテルを持つ者だけだと言っていた。事実仁はセブンスから影響を受けた記憶がない。
それでも尚、この目の前の相手からは影響を受けているという事。
それだけで相手が規格外だと分かる。
孔の向こうからの供給があるとはいえ、その供給元も大概規格外だ。
『或いは、奴はその奥に潜む輩の為に孔を拡張しようとしているのかもしれん』
「銀河規模のブラックホールを作り出して、か? 随分と壮大だな」
言い換えればそれだけの事をしないと出てこれない何かだという事だが……。
だがどちらにしても状況はシンプルだ。
孔を塞いだだけで目の前の敵が止まってくれる可能性にも期待したいが、それは希望的観測が過ぎるという物。
しかしこれは困ったことになったと仁は思う。
「俺達はあの終焉の端末……長い。ターミナルをあの孔に叩き込んで押し返したい。だけどその為にはこのエーテルが邪魔だ」
分かりやすさを優先するために身も蓋もない端末という名前を付けて仁は話を進める。
『エーテルを止めるには先に孔を閉塞する必要がある。が、そうするとターミナルとやらは独力で撃破する必要がある』
堂々巡りだ。いずれにしてもどちらかの困難な道を選ばなければいけないのは明白だった。
エーテルに妨害されたまま、ターミナルを穴に押し戻すか。
エーテルの妨害を無くして、ターミナルを撃破するか。
敵の底が見えない。その相手を前に、不利を背負って戦えるのか。それが無くとも勝てるのか。
そう考えた仁にエーデルワイスの笑いを含んだような声が届く。
『我らとてまだ底を見せてはおらぬ』
「……ああ、そうだな」
全く以てその通りだと仁も笑った。
自分とエーデルワイスのコンビがどれほどの物か。
まだ自分でもその器は計り知れていない。
互いの戦力差は不明。その状況でただただ怯えるだけでは何も出来ない。
「奴を引き離したいな……少しでも離れれば状況はマシになると思うんだが」
『同意。少なくともあの位置関係では奴はバックアップを最大限に受けられる』
ならば、相手とあの孔の間に陣取れば向こうはどう反応してくるか。
圧力は最大限受けることになるが。
「俺は気合で耐える!」
『ならば私もそうしよう』
互いに根性論で耐えて見せると宣言して。
ゆっくりと近寄っていく。
白と黒。
こうして間近で見るとエーデルワイスとターミナルはよく似ていた。
意匠ではない。その構造と言うべきか。
「何か似ているな」
『……陛下が言うには。私は過去に観測された終焉を模倣した構造らしい。その系列であるターミナルと似通っていてもおかしくはあるまい』
「早く言えそういう事は」
『知っても何か変わる訳でもあるまい』
まあ確かにと仁は頷く。
スラスターを吹かす事も無く。ただ歩きのみで。
仁とエーデルワイスはターミナルの背後へと回り込む。
反応は劇的だった。
ぐるりと、首だけが後ろに回される。
機械なのだから、そう言う動きも可能なのだろうがなまじ人型であるため気味が悪かった。
その無機質な――当たり前なのだが、テルミナスの民と接していると忘れそうになる――カメラアイがじっとこちらを覗き込んでいる。
初めてターミナルが
『――――――――?』
高周波。
思わず仁が顔を顰めてしまいそうになる甲高い音。
それに対するはエーデルワイス。
しかし彼女も困惑気味の声を返す。
『識別エラー……?』
「そう言ってるのか?」
『の、様だ』
少なくともエーデルワイスはそう解釈したという事。
流石にテルミナスの民の言語は人間には難解が過ぎる。彼女らが船団共用語を覚えてくれて本当に助かったと思っているくらいなのだ。
無論、このターミナルがそんな人類の言葉を知っているはずがないので仁が理解できないのは納得できる。
だがエーデルワイスは理解できた。
少なくともターミナルはテルミナスの民が使っている言語を知っている。
或いは、同じ言語を使っていたのか。
その来歴。
興味のある人間――例えば令――ならきっと垂涎物の研究対象だろうと、ほんの少しの寂しさと共に仁は思った。
『識別コードを提示せよ、だそうだ』
「念のため聞くけど持ってるのか?」
『持っていない』
だよな、と仁は頷く。
もしもその識別コードが一致したらどうなるのか興味はあったが――仁達からターミナルに返す答えは決まっている。
「そっちこそ乗船許可証は持ってるのかって返してやれ」
『我らも無断乗船だがな』
エーデルワイスの冗談に仁は小さく笑った。
その反応にエーデルワイスはやや不本意そうな声音で言う。
『言っておくが』
「うん?」
『私の言動が変わったように思えるのならそれはお前のせいだ』
「と言うと?」
『私の欠落した箇所を補うために、貴様の魂を癒着させている。当然変質もする』
つまりは、魂レベルで仁の影響を受けるという事らしい。
道理で、先程から妙にらしくない言動が増えたと思ったと仁は納得する。
――もしもつまらないジョークを言い出したらそれは自分のジョークもつまらないという事なので気を付けようという自戒と共に。
「それなら次に俺がやる事も分かるよな」
『無論』
長剣をターミナルの喉元へ突きつける。
「不法乗船者にはご退場願う」
『ここは我らの場所だ。断じて貴様の様な終わりしか考えていない奴の居場所ではない』
ターミナルの腰から上が180度反転した。上半身だけが向き合う。
カメラアイを瞬かせながら、前腕部に仕込まれた銃口が火を噴いた。
細かいエーテルの弾丸。
むしろこの構造は仁達にとっても良く見慣れた物。
船団で言うならエーテルバルカンと呼べる武装だった。
重々しい音と共に、左手の砲が外れる。露出した拳は、やはりアサルトフレームと大差ない。
その手のひらから、エーテルの刃を生やしてターミナルはエーデルワイスと向き合う。
「どうやらやる気になったみたいだな」
少なくともこれで一つ確かな事。
仁達の行動はターミナルにとっても目障りであったという事だ。
もしも何の反応も無かったら。
攻撃してもしても反撃が無かったら。
それはこちらを脅威と見なしていないという事。
相手だけの判断でこちらも判断するのは危険だが、どうやら自分たちにも全く打つ手がない訳ではないらしい。
つけ入るスキがある。それだけでも仁達にとっては十分すぎる情報だった。
懐へ飛び込んできたターミナルのエーテルダガーと、エーデルワイスの長剣をかみ合わされた。
「近接戦闘なら!」
『得意分野だ』
激しい剣戟が両者の間を行き交う。
細かな光が散る。
その一粒であっても、並みのASIDならば触れた瞬間に穴が空く。
そんな濃縮されたエーテルの粒子だ。
エーデルワイスの振るう長剣を、片腕だけで弾いていくターミナル。
仁とエーデルワイスの二人は紛れもないエース。実力に加えて一秒先の未来を覗き見る。
その先読みを以てしても――崩せない。
半身になったターミナルから繰り出される鋭い突き。
攻勢に傾きかけていた状況を一瞬でイーブンに引き戻す。
そこから更に半歩進んでの三段突き。
戻り手が見えない程の速度で繰り出されたそれは最早点ではなく面の攻撃。
間違いなくばらばらに放たれたはずなのに、同時に繰り出されたと錯覚するほどのキレだった。
「……強いな」
イノシシの様に突っ込んできてくれるならばよかったのだが。
ターミナルの戦い方は非常に冷静だった。
無理には攻めない。
ひたすらに受けて、受けて、受けて。
攻める側である仁が僅かでも焦れた瞬間、抉りこむようにカウンターを決めてくる。
『片腕でこれか』
エーデルワイスのちょっとショックを受けた様な声。
仁も自信があったのだが……ちょっと自信を失いそうだった。




