24 何れ来る終焉1
突如として出現した終焉に身構える仁達であったが――。
「……?」
『動かないね』
澪が言った通り。
不気味な登場の仕方に反して、それは周囲に何の反応も示さなかった。
ただそこにいるだけ。
仁や澪の方へと視線を向ける事すらない。意思の片鱗さえ見せない。
その静けさが逆に不気味だった。
『……いや』
違うとエーデルワイスが口を開く。
『あれを』
そう示されたのは、相手が腕から生やした槍状の何かだ。
その穂先がゆっくりと回転している。
動きとしては余りにゆっくりで、言われるまで仁達も気付けなかったのだが――。
「あれがどうしたんだ?」
確かに動いてはいるが、切羽詰まって警告する程の物にも見えなかった。
あの調子では一回転するのに何十分かかるのか。
『空間が歪んでいる』
「何?」
『あ!』
エーデルワイスの余りに端的な言葉に、澪も気付いたらしい。
彼女らの様に己の意識と高精度のセンサが直結している訳ではない仁にはそれが何なのか分からない。
『広範囲に――余りに広範囲への影響故に、私もすぐに気付けなかった』
『少なくとも数十光年の範囲で、宇宙全体があそこに向けて収縮してる。まるで巻き取るみたいに』
二人の言葉に仁は驚き――そして首を傾げた。
「つまり……どういう事だ? アイツが、そんな馬鹿げた範囲の影響力を及ぼしていると?」
俄かには信じがたい話だった。
確かに、高いリアクター出力だ。
それでもまだ2000ラミィ――つまりは今のエーデルワイスや撃墜されたアンタレス・プライムと互角だ。
確かに戦力としては驚異的だがそれが宇宙規模の現象を起こせるとは信じがたい。
『……あれは、本体ではないかもしれん』
エーデルワイスは言葉を探しながらそう言う。
『あのね。あの孔の向こう側にまだずっと何かが繋がってる。そこからエーテルの供給を受けてるみたい』
「それが奴の動力源だと?」
『多分』
二人の言葉を仁は考える。そもそもあの孔が一体何なのか。
オーバーライトの様に一瞬の現象ではなく、ここではないどこかと繋がり続ける技術は人類には無い。
恐らくは、テルミナスの民にも無いだろう。
ならばあれはライテラ計画を進めた結果、偶然発生した事象か。
或いはこの宇宙ではありふれている自然現象か。
その結果現れた何れ来る終焉と呼ばれる何か。アサルトフレームの様にも見える。
少なくともハグレと呼ばれる通常のASIDの様な無軌道さがない。
人間の手によるものではないにしても、明確なルールと理知の上で成り立った形状に思えた。
その来歴について考えるのはやめた。少なくとも今は関係がない。
「それでその収縮が続くとどうなるんだ」
『……少なくとも、この恒星系があの一点に集中しちゃう』
『どうなるかは想像もつかないな。複数の惑星と無数の小惑星、そして恒星があの一点に収束するのだ。超大型のブラックホールが生まれるか』
『ううん、それだけじゃない。私たちの観測範囲の外でも同じだとしたら――』
「おいおい」
予想以上に大きな話となった事で仁は思わず口を挟んだ。
「それはつまりこの宇宙が全てあの一点に落ちてくるって事か?」
そんな事になればこの宇宙は滅びるという事だろう。
まさか、という思いを込めた問いかけに否定の返事は返ってこなかった。
むしろ。
『我らが伝承にある宇宙を滅ぼす大罪という言葉が真実ならばあり得るだろう』
「そんなバカな……」
本気で宇宙を一つ滅ぼせるだけの何かが現れるなんて余りに予想外が過ぎた。
驚異の度合いとしてはライテラ計画など比ではない。
「……撃破しよう」
しばし考えたのち。仁はそう言った。
或いは、あれもテルミナスの民の様にコミュニケーションが取れるかもしれない。
だがその可能性に賭けるには危険が高すぎる。
まずはあの槍を止めなければどうしようもない。
『わ、私も手伝うよ!』
現状動きがない。ならば無理やりにでも押し込む事は難しくないだろう。動かなければ。
だが力づくで退けられようとして、それでも動かずにいてくれるだろうか。
考えながら近づくと――終焉の首だけが動く。
右手はだらりと下げられたまま。その先にある槍の穂先だけが回転を続けている。
同じく力なく下げられていた左腕だけが動く。
銃口らしきものを覗かせた長大な砲。
何かが放たれる。
その何かを見届けるよりも早く、仁はエーデルワイスの躯体を滑らかに動かしていた。
肩の装甲に、その何かが掠めていく。
(……実弾?)
エーテルによる攻撃では無かった。
それは確かな実体を持った物理的な弾丸。
エーテルさえ纏ってさえいない。
高速ではあるが、精々が音速の三十倍程度だろう――そんな速度の物を見切って回避する仁も大概なのだが問題はそこではない。
そのリアクター出力に見合ったエーテルコーティングを纏っているエーデルワイスにとってその程度の物は損傷の対象になり得ない。
だと言うのに。
掠めた装甲が完全にえぐり取られていく。
エーテルの守り全てを打ち消しながら、空を駆けて行った。
「何!?」
後方の壁を穴を空けて貫通していくそれを見ながら仁は咄嗟に澪へと忠告した。
「東谷君を連れて下がれ!」
『でも……』
「いても邪魔だ!」
先ほどまでは、澪自身のエーテルコーティングも強固だったためにこの場に居ることくらいは許された。
だがそれを貫通する何かがあるのならば話は別だ。
あれで胸部を――コックピットに当たる部分を貫かれたらその瞬間、全てが終わってしまう。
邪魔だという言葉に澪はゆっくりと距離を取り始める。
急な動きで相手の注意を引かない様に。相手に背を向けない様に。
距離を取った仁にも、終焉は見向きもしない。
不用意に近づいたから警告したと言わんばかりの態度。
「簡単にはやられてくれないか」
これ以上強引に攻め込もうとすればどんな動きをしてくるのか。
全くそれが読めなかった。
何しろ、これはセブンスやスタルトを始めとしたオリジナルクイーン九体の攻勢を凌いだ怪物だ。
或いは撃破するよりもあの孔に押し返すべきか。
問題はその孔をどうやって塞ぐかだが……案外ハーモニックレイザーで切りつければ何とかなるかもしれないと楽観もしたくなる。
どちらを実行するにしても難敵である事には違いないのだが。
仁に促され、『トリシューラ』の砲撃によって大穴の空いたロンバルディア級から脱出した澪は助けを探す。
誰か。誰か。
誰でも良いから仁を助けられる人間。
澪のテルミナスの民としての感覚が見知ったエーテルの波長を捉えた。
「……メイおねえちゃん?」
その視線が漂流しているレイヴンを捉えた。
半身が破壊されて、戦闘能力を完全に奪われた機体だ。恐らくは先ほどの砲撃に巻き込まれたのだろう。
――レオパードで出撃したメイが何故レイヴンに乗っているのかという疑問は守なら兎も角澪には抱けない。
「大丈夫!?」
近づいて声をかけるが、返事はない。
一瞬嫌な想像が頭を過る。だが返ってきたバイタルサインは正常を示していた。
一先ず安心する。
「……でも、どうしよう」
周りに助けになってくれそうな人は誰もいない。
澪にとっての同族であるテルミナスの民の声も、今は聞こえなかった。
代わりに聞こえて来たのは。
『――東郷』
「とーや君! 目、覚めた!」
良かったと、涙を零す。もしもこのまま目を覚まさなかったら。それだけは見たくない未来だった。
『ここは……あの糞野郎はどうなった……?』
通信は荒れている。映像も音声もきちんと届いていない。
「アイツはおと……仁がやっつけた! でもまた変なのが出てきて……」
『変なの……?』
守にもそれが何なのか分からないらしいと感じ取った澪は焦りを隠せない。
仮に正体を聞けたとしても焦りは変わらないだろうが。
「誰か、助けられる人を探してるんだけど……他の人たちは?」
『ここから距離6000。でも多分ダメだ。みんな眠ってる』
「眠ってる……? そうか。ライテラがまだ……」
あの得体のしれない何か――何れ来る終焉を産み落とした孔が空いても、スタルトのリアクターは、ライテラは今も動いている。
それが止まらない限りは皆目覚めないだろう。
「どうしよう……」
この様な鉄火場になってしまえば、澪に出来ることは少ない。
何よりも彼女には圧倒的に経験が足りない。
自分に何が出来るのか。
少なくともあの場で援軍となったとしても仁の言う通り足手まといでしかないだろう。
それは今の守とて同じこと。
否、この戦場において仁への援軍となれるような人物は人間もテルミナスの民も合わせてもいない。
強いてあげるならばユニコーンが参戦できるかどうかだがそれとて辛うじてだろう。
『なあ東郷』
その中でふと守は思いついた。
思いついたと言うか、実のところ最初に見た時から気になっていた事でもあるのだが。
『お前ってその中で操縦でもしてるのか?』




