16 星を射落とす5
『やはり、手強いな。東郷仁』
数度の交錯を経て、ハロルドは乾いた唇を舐めながらそう呟く。
記録映像は何度も見た。
その全てがこうして相対したことで上書きされていく。
とてもとても。同じ人間とは思えない。
「チッ……機体性能が違い過ぎる!」
仁も、相手の腕前は把握した。
確かに強い。
年齢的には仁よりも上で既に体力は下り坂のハズだ。
それでもこれだけ動ける理由は恐らくはサイボーグ化を己にも施しているのだろうと推測できる。
あれは肉体性能を上乗せするのともう一つ。
その状態で固定するという意味合いもあるのだから。
それらを加味しても、やはり腕前は仁の方が上だ。
乗り手の差を補って余りあるほど機体性能に隔絶とした物がある。
『落ち着け』
思うように戦闘が進められない苛立ちを発露する仁に軽く呼びかけながら。
エーデルワイスはアドバイスらしきものをする。
『私と戦った時の要領で行けばよいのではないか?』
その問いに仁は頷いた。
「言いたくないが、お前の十倍は手強い」
『そうだな。ジンの二十倍は手強い』
お互いどこまで本気か分かりかねるが、間違いなく過去で最大の敵だというのは共通認識の様だった。
『お喋りとは余裕のある事だ!』
通信が活発になっていることを察したのか。
ハロルドが仁のグリフォンに切りかかってくる。
エーテルダガー。それも2000ラミィもの出力があれば必殺の武器だ。
避ける以外に対応の術がない。
装甲を少しずつ融解させていく斬撃を躱しながら仁は尋ねた。
「……お前の全力で、奴のエーテルコーティングを突破できるか?」
先ほど、戦艦の装甲を消し飛ばした一閃。
あれならばクイーン以上の守りを誇るアンタレス・プライムであっても撃破出来るだろうかという問い。
エーデルワイスは短く頷いた。
『今の状態の守りならば』
撃破は可能だという。
だが当たり前の話だが、相手も動いている。
『しかし、貴様と同じように収束でもされたら手に余る』
通常状態でも遥かに硬い守りを、更に意識して守られたら。
エーデルワイスの全力であっても突破は難しいと少し悔し気に彼女は言った。
だが仁にとってはその解答だけで十分の百点満点だった。
「それは俺がさせない」
意識を仁に向けさせてやれば良いのだ。
危険だと少しでも認識させられたらそれがエーデルワイスにとっての好機になる。
問題は、互いの連携不足というところだが。
「合わせられるな?」
やや挑発的に。
その確認にエーデルワイスは力強く頷いた。
『無論だ』
そこまでお膳立てされて出来ないとは言えない。
『作戦会議は終わったかな?』
一瞬で加速して再び距離を詰めてくる。
エーテルダガーの斬撃をエーデルワイスは己の長剣で受け止めた。
エーテルの収束技術。
何度も仁のやるところを見て来た彼女は、それを己の物としていた。
どうにか刀身は光の刃を支えている。
鍔迫り合いで動きを止めた両者目掛けて仁は射撃を放り込む。
言うまでもなく狙いはハロルドのアンタレス。
しかしその緑色の機体は、エーデルワイスを足場として蹴り上げるとその射撃を躱した。
どころか、そのまま180度ターンして仁の方へと向かって来るでは無いか。
尋常ではない加速度が機体にもパイロットにも襲い掛かる筈だが、それによる影響は全く見えない。
「どういう対G性能してるんだ!」
間違いなくエーテルコーティングは装甲だけではない。
機体フレーム自体もエーテルで補強している。
いやそれどころか――パイロットさえも補強しているのではないかという疑惑。
最高速度から一瞬で減速。
相対速度を合わせたアンタレスがグリフォンへと襲い掛かる。
再びの斬撃。
射撃では躱されるのだと分かっているのだろう。
いくら機体性能が良くとも、トリガーを握るのは人間だ。
仁の腕前ならば撃たれる前に避けるのは容易い。
だから接近戦。
先読みしたとしても対応できない位の距離でお互い殴り合う。
『私を、足蹴にするとは……!』
屈辱を堪えながらエーデルワイスが蹴り上げられた肩に手を当ててアンタレスを睨む。
援護したいが、彼女にそのオプションは無い。
良くも悪くも彼女も殴り屋だった。
仁は離脱しようとするが、ハロルドはそれを許さない。
距離を取れば即座に詰めて。
まるで糸で繋がれているかのようにぴったりと張り付いている。
そうなると仁も相手の斬撃を全て避けるのは難しい。
だから避けない。
掌を差し出す。
相手のエーテルダガーを振るう腕に合わせて、そのベクトルをずらす。
避けるのではなく、相手の攻撃の方を逸らさせる。
言うのは容易いが実現は言うまでもない。
出力に差があるアンタレスは単純なアクチュエーターの出力とてグリフォンを優越しているのだ。
動きの流れを完璧に見切らなければできない芸当だ。
『本当に呆れた男だな君は!』
その技は敵であるハロルドからしても感嘆させるものだった。
『生身でグリフォンを乗り回し、アンタレスにすら食らいつくか!』
態々通信を繋いでの称賛に仁は唾棄しそうな表情で応えた。
「黙れ」
つい数時間前までは個人的な恨みという程の物は無かった。
澪をこんな場所に連れ出した事への憤りは有っても、それ自体は澪の選択だ。
だが今は違う。
「うっかり撃ち落したらどうしてくれる」
自分で選んだことだ。
令よりも澪を選ぶ。
その選択に後悔なんて無い。
だけど。だけどだけど。
そんな選択肢を強いたこの男は絶対に許せない。
『やってみたまえ!』
「言われなくとも!」
挑発的な言葉に仁は行動で応える。
通常のエーテルライフルでの弾幕。
それをハロルドは避けない。避けるまでも無い。
その油断に対して、仁はエーテルライフルが許す限界まで溜め込んだエーテルと極限まで収束した一射で応えた。
『おっと』
だがそれはまるで予想していた様に躱された。
確かに、エーテルの流れを見ていれば予測は出来るかもしれない。
それにしても反応が早い。
『威力差攻撃か……だがそれは既に一度見ているのだよ』
既に智が一度、同じ戦法を使っていたのだ。
記憶に新しいそれを、ハロルドは覚えていた。
「くそ、見せたなら仕留めろよドジめ」
まさか義妹が同じことを考えていたとは知らない仁は、そんな間抜けを罵る。
『まだ手はあるんだろうな?』
「一番自信のある作戦だったんだが」
次の手を考えるが、何しろ手持ちが少ない。
そんな仁の悩みを解消する物が後方から飛来してきた。
「補給コンテナ……?」
何故そんな物が今ここに? という疑問は直ぐに氷解した。
「そうか。お前か」
『ほう、まだ誰かあちら側に囚われていない者が居たか……』
そう呟いたハロルドも送り主にはすぐに気付いたのだろう。
『いや、そうか。あの子か』
シャーリー・バイロン。
二人の脳裏には同じ人物の名が思い浮かんでいた。
『当然だったな。君が東郷仁と決別したままの未来は望まないか』
あの世界は仁にとってはある種の理想だった。
だが――シャーリーにとってはそうではないだろう。
むしろある意味で、生きているよりも辛いのかもしれない。
補給コンテナを遠隔で展開させ、中の武装をまき散らす。
その中からエーテルダガーを数本つかみ取って今度は仁から切りかかる。
発振器を連動させた、設計限界を越えた斬撃。
それは、ハロルドにとっても迂闊に受けるわけには行かない一撃だ。
同じようにエーテルを収束させたエーテルダガーでそれを受け止める。
エーテルが偏った。
攻撃に集中された流れは容易には代えられない。
今ならば、相手は守りに移れない。
『受けてみよ! 我らが祖を滅ぼした一撃を!』
必殺の一撃。
それをハロルドは。
『ああ。その攻撃は――知っているよ』
そう笑って応じる。
アンタレス・プライムの各所に仕込まれたプラットフォームから飛び出したランス。
それが真っ向からエーデルワイスの長剣とぶつかり合う。
『……まさか』
『そのまさかさ。ハーモニックレイザー。名前まで同じとは驚いたがね……』
それぞれのランスは――高周波で振動していた。
自分の振動で自壊しながらも、エーデルワイスの長剣の振動を相殺していた。
『過去のデータベースに存在した武装だ』
最後の一鳴きとばかりに完全に自壊した際の振動波でエーデルワイスの長剣が大きく押し戻される。
それを信じられない思いで見送った。
『君がそれを持っている以上、対策は打っておくさ』




