28 共に歩む者9
それならいいアイデアがあると横で聞いていたシャーリーが言う。
「今この宙域では通信障害が酷いですからね。前線に指示を出すのと、その様子を見れるようにしろって無茶を言われてまして」
先ほど文句を言っていたのはそれかとメイと守の二人は納得した。
「ここは一つ、通信機器が無かった時代の様に伝令を走らせようかと」
「ははーん。見えてきましたよ。人が居ないんですね」
「笹森教官大正解です。正規兵はもう一人残らず出払っていて伝令に回す余力何て無い……つまり」
「私達二人と」
「その通りです」
おお、と守は感嘆する。無断出撃が何時の間にか伝令任務に代わっていた。
「でもさ。それだと伝令の仕事終えたら戻ってこないといけないんじゃないか?」
至極真っ当な事を言うと、メイに胡乱気な視線で睨まれた。
「何だよ姉貴。変なこと言ったか」
「どうしてお前はそこで妙な遵法精神と言うか何というかを働かせるんですか……通信不能地帯に入ったら後は臨機応変に対応するんですよ」
「あ」
なるほど、そういう事かと守は頷く。
何事も正面突破なのでこういう搦め手には弱い。
戻ったらしっかりその辺りも教えようと決意しながらメイはシャーリーに確認する。
「私たちのレオパードは動かせるんですか?」
「勿論。完全稼働状態ですよ」
力強く頷いてくるシャーリーに笑みを返してメイは動き出す。
パイロットスーツに着替えるべく、ドレッシングルームへと向かいだした。
「ほら、守。さっさと準備しなさい。直ぐにでも行きますよ」
「お、おう……」
しかし守は直ぐには動かず、しばし逡巡して。
「あの、バイロン曹長」
「私ですか?」
余り接点の無い相手から言葉をかけられて、シャーリーは困惑気味に言葉を返す。
この局面で守が自分に何か用事があるとは思えなかった。
これが別の人間なら出撃前の告白だとか考えるのだが――まあ無いだろう。
親子程も年齢が違うし、そもそもこの少年の意中の相手は付き合いの浅いシャーリーでさえ分かるほどに一目瞭然だ。
だから何を言われるのかさっぱりわからず。
その言葉を待つ。
「東郷の親父さんに伝えることがあったら、聞いておきますけど」
そんな気遣いの言葉に一瞬目を丸くして、小さく噴き出した。
付き合いの浅い相手から見抜かれるほど、自分も一目瞭然だったかと。
「君はいい子ですね」
「ちょ、やめてくれよ」
よしよしと頭を撫でる。
思えば、遠征訓練で最初に出会った時から本当に大きくなった。
そしてその頃からずっと変わらずに思いを抱き続けている守は――まあシャーリーと似た者同士なのかもしれない。
「人に優しくできる人はそれだけで立派ですよ」
シャーリーの意中の相手はそれが出来ない。
最近になって理解してきた。
仁は他人にも自分にも厳しいのではない。
それしか知らないのだ。
誰だって彼には強くある事を望む。
シャーリー自身。そうだったと認めざるを得ない。
仁は強い。だから優しくなんてしなくても大丈夫だと。
そんな甘えがどこかにあったのだ。
だから仁は人から受けた優しさを殆ど知らない。
ほんの一時、与えられた僅かな物しか参考に出来るものがない。
「私は大丈夫ですよ。言いたい事は全部伝えましたし」
きっと自分の言葉じゃ仁は揺るがないのだと分かっている。
仁は己の中の順位がはっきりしているだけなのだ。
その順位に従って、何時だって決めている。
誰を助けるか。
誰に手を指し伸ばすか。
だけど今はその一位があいまいな物となっているので迷っているだけ。
三位以下の自分では、そこへ影響何て与えられない。
「……でもそうですね。澪ちゃんに会えたらこれだけ伝えて貰えますか? ――帰ってくるのを待ってると」
そう言って、守の背をそっと押す。
こうやって戦いに出る人を見送るのが自分の仕事。
その事に不満を持った事は無いけど……今だけは一緒に行けたらと思う。
そうすれば自分の口で思いを伝えることが出来るのに、と。
シャーリーに背を押されて守は自身も出撃の為の準備を始めた。
手にしたバックパックとは別の預かりものを抱いて。
「……ホント、アイツ見る目無いっていうかなんて言うか」
何故澪がこんな事に加担しようとしたのかは守も知らない。
過去を変えたい理由なんて守は分からない。
自分の過去に、変えたかったことなんて無い。
ああ、そうだと守は思う。
八年前の事だって、守は後悔していない。
今もう一度同じ選択を突きつけられたって、迷わず同じ行動をする。
それにあれだって悪いことばかりじゃなかった。
薄れゆく意識の中で、耳に届いた言葉を、誰にも言っていないが大事に残している。
これから生きていって、十年二十年も経てばもしかしたら何がなんでも変えたいことが出てくるのかもしれない。
それでも今、叶っていない願いは未来で叶えようと思っているし、そのための努力を惜しむつもりはない。
だからこれだけは確実に言える。
「俺はお前の高等学校の制服見たいんだっつうの」
こればっかりは、自分の努力だけじゃどうにもならないのだから。
パイロットスーツに着替える中で己の胸の傷跡に手を当てる。
あまりに大きい傷だったがゆえに、完全に跡は消せなかった。
医師からは恋人が出来た時に説明が面倒だよと言われたが構うものか。
その訳を知っている相手と以外付き合うつもりなんて無い。
「……頼むぞ、力を貸してくれ」
己が力不足であるなんて言うのはメイに言われるまでもなく百も承知だ。
だが、守はメイにもーーコウにすら言っていない秘密がある。
気付いたのは訓練中に偶然だ。
妙に調子の良い時がある。
まるでその時は感覚が冴え渡り、無茶な機動をしても身体が悲鳴を上げない。
何回かは、最初に思った通り調子が良いのだろうと思っていた。
だが数度目でふと気がついた。
調子の良い時は必ず後で鈍い頭痛の様な感覚が有りーー傷跡が熱い。
正体に気付いたのはコウとメイの家に遊びに言った時だ。
かつてメイが施術されていたという肉体強化を行う違法ナノマシン。
その離脱症状と似ていると。
更に傷跡というのはメルセでASIDに襲われたときのもの。
その時自分はASIDにナノマシンを注入された。
なぜだか奇跡的にそのナノマシンは守をASIDに変えるのではなく、医療用ナノマシンと同じ働きをしたのだがーー今はその理由が分かっている。
澪がそうしたのだ。はっきりと聞いたわけではないが、きっとそうなのだろうと守は確信していた。
体内に残留したそれらを完全に除去することは不可能だ。
ある程度は取り除いたら、残りは新陳代謝に任せて自然に排出されるのを待つしか無い。
そして八年もたった今、それらは等に排出されたはずで、守の体内には残っていないはずだった。
そのナノマシンが、今も身体の中に残っているのだとそう直感した。
現状悪さはしていない。
少なくとも己の実力を過分に引き上げてくれる。
そう気付いたときから守はナノマシンの存在を意識するようになった。
なってからはコントロールも出来るようになった。
普段は抑え気味にしている。そうでないと訓練の意味がない。
だがいざとなればその力を使うことが出来る。
今回守がしようとしていた無茶の根拠がこれだ。
正体不明なナノマシンによる強化。
それがあれば正規兵と同じ程度には動ける。
その位じゃ役にたてないかもしれない。
戦いじゃ、弾避けが良いところだろう。
それでも良い。
守は戦いに行くんじゃない。届けに行くのだ。
皆の思いを。言葉を。
自分の思いを言葉で。
「準備は出来ましたか?」
「ああ。何時でも行ける。……ごめん、姉貴」
そこに義理の姉を巻き込むことになったのは守としても罪悪感がある。
自分のわがままで危険に晒してしまう。だけどここでやめるという選択肢は、守には無かった。
もう、守の中の優先順位はずっと前から決まっている。
だから今自分は訓練生で、この場所に居るのだ。
「なら行きましょう。まずは前線部隊への伝令と状況の確認。その後はテルミナスの戦士団です」
そしてその後は、命令違反をすることになる。
澪の居るロンバルディア級への潜入。
口にするほど簡単ではない。だがそれを目的としている以上、突入部隊の背中を追いかけることくらいは出来る……と信じたい。
バックパックを抱え直して、守は己のレオパードに乗り込む。
戦場には上位機種のレイヴン、グリフォンが血肉を食い合っている。
その中で旧型で飛び込むことへの恐れ。
それを以前に聞いた話で誤魔化す。
「東郷の親父さんはこいつでテルミナスの民と戦ったらしいからな……」
エーデルワイスと名乗ったテルミナスの民との交戦記録を見た時は度肝を抜かれた。
やっぱあの人おかしいわと、しみじみ思ったものだ。
そんな人外が目標なのだから、この程度で臆しては居られない。
東郷仁よりも強くなる。そうでなければ東谷守は東郷澪の隣に立つ資格を得られないのだから。




