表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

214/265

20 共に歩む者1

「エーデルワイス」


 ハロルド艦隊のサイボーグ戦隊を散々に叩きのめしながら、仁はエーデルワイスに機体を寄せた。

 距離は僅かに1キロメートル。

 秒速3キロメートルで移動するアサルトフレームが通話する距離としては正に目と鼻の先だ。

 

 これだけの距離になってようやく相手と通信が繋がった。

 

「くそ、通信妨害が酷いな」

『いや、これは……』


 僅かな躊躇いの声。

 エーデルワイスとしては珍しいと、ここ一月ばかりの付き合いで仁はそう思った。

 

 彼女は良くも悪くも即断即決だ。

 その彼女が躊躇っている。

 

『恐らくはあの方だ』

「……澪が?」

『スタルトのリアクターが既に稼働状態に入っている』


 まだエーテルが全力で産み出されているわけではない。

 だがその僅かな反応だけで微弱なエーテル通信は影響を受けてしまっている様だった。

 

 通常、どのリアクターもそう言った事態を防ぐ為に防護措置を取る。

 それをしていないのは単に手間を惜しんだのか。この様な事態に備えていたのか。

 

「って事はこれからどんどんと酷くなる?」

『そう考えていいだろう』


 だとしたら不味いと仁は考える。

 後方との通信が行えない。

 それが継続的な物となれば、旗艦『ゲイ・ボルク』での指揮にも影響が出るだろう。

 短絡的な行動に出なければいいのだがと言う懸念があった。

 

 それを防ぐ為にはやはり、早期にあの奥まったロンバルディア級――『レア』へと突入しないといけない。

 

「澪の居る艦についている迎撃装置が面倒だ。突破するのに力を貸して欲しい」

『構わぬが……』


 と言いながらエーデルワイスは辺りを見渡す。

 各々の得物を手に喜び勇んで突撃する戦士団を見て、また仁達を見て。

 

『こちらには私を含めて前に出るしか能が無いぞ』


 中々自虐の利いた言葉だった。

 実際、遠距離戦何て出来るのはそれこそ――。

 

「一人いるだろ。八年前に俺達の船にドデカいの叩き込んでくれた奴が」

『……いる。いるが』


 その相手がユニコーンであると気付いてエーデルワイスは言葉を濁す。

 つい先ほど、非協力的な姿を見たばかりだ。

 そんな彼女に人間に手を貸せと言って果たして素直に従ってくれるか……という懸案があった。

 

 会話している中で、割り込んでくるサイボーグ戦隊のグリフォン。

 決死の覚悟で防衛線を抜けて来たのだろう。

 既に機体はあちこちに損傷を負って、四肢も欠落している。

 

 更に急激に高まるリアクター反応は――自爆するつもりだった。

 ここで自分が死んだとしても、東郷仁と人型ASIDの頭領格を落とせるのならば安い代償だと言わんばかり。

 

 その相手へ。

 

『邪魔だ』

「後にしてくれ」


 一瞥をくれただけで対処する。

 抜き手も見せずに放たれたエーテルダガーが一瞬でグリフォンのリアクターの有る腹部だけを切り裂き、三分割する。

 何時からそこにあったのか。

 最初からあったとしか思えないほどの自然さでエーデルワイスの長剣がそのリアクターに突き立てられる。

 

 一瞬で高まる振動波がそれを原子の塵に変えた。それでいながら仁のグリフォンには何の影響も出ていない。

 

『ほう。以前よりも早いな』

「機体のお陰だよ。そっちこそ随分と細かい事が出来るようになったな」


 互いの技を白々しく褒め合いながら密かに思う。

 

(四回目が無くて良かった。味方だと頼りになる)


 ――この相手と再戦の機会が無い事を喜ぶべきか嘆くべきか……。

 

 一先ず今は味方であることが何よりも心強い相手だという見解は一致していたが。

 

 件のユニコーンは突撃に合わせて先陣を切っていったという話で、どうもエーデルワイスの言葉も届かないらしい。

 

『恐らくは……そう、興奮している』

「戦いが好きなのか?」

『殴りこむのが好きだ』

「……遠距離型なのに?」


 しかし思い返せばあの砲は衝角の様にも使われていた。

 あれはやむを得ずではなく……個人的な嗜好だったのだろうか。

 

『一度無理やりにでも下がらせなければ話を聞く事も出来ないだろう』

「なら仕方ないな。一度相手を押し返して、場を仕切り直そう」


 それも可及的速やかに。

 それが出来なければ仁の考えている敵陣への突入作戦が決行できない。

 

 いざ、と前線へ出ようとした仁をエーデルワイスが引き留める。

 

『まて東郷仁』

「うん?」

『話がある』

「今、ここでか?」

『今、ここでだ』


 こんな状況でと言外に込めたが通じなかったのか。それとも全て承知の上なのか。

 エーデルワイスは即時の対話を求める。

 

「……笹森少尉。任せていいか?」

『俺かよ!』


 他の元教導隊やらをすっ飛ばして若輩寄りのコウへ指揮を預けるという仁に当人が一番の困惑した声を挙げた。

 

「お前が一番うまくやれるだろ?」


 何を、という言葉は省いた。だがコウにはしっかりと伝わったのだろう。

 

『ま、そりゃ他の方より付き合いは長いですけど……』

「それで良いんだよ。戦友を助けると思ってるお前が一番いい」


 純粋に、テルミナスの民と友誼を結べた人間は少ない。

 コウはその数少ない側だ。

 

 他の人間はどうしたって、純粋にテルミナスの民を助けられない。

 だがコウならば。

 きっと、偏見も色眼鏡も無く純粋に相手を思って加勢できる。

 

 仁はそう思っていた。

 

「ナスティン少尉。補佐してやれ。他の奴らも、良いな?」

『良いですけど……え、本当に良いんです? コウって結構馬鹿ですよ?』

『ユーリア手前』

「だから補佐を頼むんだ」


 未だ軍のトップエースである仁が言うのだから他の面々も逆らえない。

 何より、コウ自身も次代のトップエースと目されている。

 案外他の人間は教え子に箔を付けさせてやろうという親心だと思っているのかもしれない。

 

 まあどちらにしても、この場で仁の決定に逆らう人間はいなかった。

 

 前線へと向かう己の部下を見送って、仁はエーデルワイスに向き直る。

 

「で、話って何だ?」

『……あの方の事だ』

「澪がどうしたんだよ」

『お前は、お前にとってはあの方は一番ではないのか?』


 予想外の質問だった。

 その問いかけはシャーリーから、己自身からも何度もあったもの。

 

 だがまさかエーデルワイスからも聞かれるとは思っていなかったものだった。

 

「澪は大事に決まってるだろ」

『お前は、女王に聞いたな。あの方は一体誰を基としたのかと』


 その問いと、あの連絡船での慟哭。

 更には澪が止めようとした彼女へ言い残した言葉。

 それだけでエーデルワイスは仁が抱えている問題に気付いたらしい。

 令という存在には気付いていないだろうが。

 仁が誰かと澪を天秤にかけていることに。

 仁が澪を助け出す事以外に迷いを抱いていることに。

 

『お前は、あの方があの方でなくとも構わないと?』

「……それはお前たちだって同じだろ」


 未だ答えを持たない仁は、答えをはぐらかした。

 代わりに別の問いを口にする。

 

 テルミナスの民にとって重要なのは次期女王となる御子だ。

 澪=御子だが、御子=澪ではない。

 例え元となった魂が誰だろうと御子には違いないのだ。

 

 卑怯な問いかけだと分かっていながらも、答えたくない仁はその質問で逃げた。

 

『……私は、あの方の声をずっと聴いていた。毎日、多くの事を学ぶあの方の声を』


 その日々を思い出す。

 少し悲しんだりしたことは有った。

 それでも、澪の船団の日々は喜びに満ちていたのだとエーデルワイスは言う。

 

『それがあったから私はお前たちと手を組めると思った』

「それが?」


 自分がはぐらかしたように相手もはぐらかしているのか仁は思った。だが違う。

 

『確かにお前の言う通り、他の者達は御子が誰だろうと大して気にしないだろう。極論、あの方でなくとも陛下が次の御子を産めばいいと思ってさえいるかもしれない』


 それは一つの事実。

 必ずしも澪が次の女王である必要はない。

 テルミナスの民からしても、生まれてからほとんど目にしたことが無い相手だ。

 御子であるという以上の価値を見出していないのが殆どであろう。

 

『だが、私はあの方が良い。陛下が産み、お前が人の中で育てたあの方に導いて貰いたい』


 はっきりと、エーデルワイスは東郷澪でなくてはダメだと言った。

 他の誰でもなく澪が良いのだと。

 ただ一人、澪という次の王を見続けて来た彼女が、御子に仕える事が存在意義の彼女がそう言った。

 

『ずっと言おうと思っていたのだがその機会が無かった……みおと言う名。お前がどんな意味を込めたのか知らないが……とても綺麗な音の連なりだと。そう思う』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 『ずっと言おうと思っていたのだがその機会が無かった……みおと言う名。お前がどんな意味を込めたのか知らないが……とても綺麗な音の連なりだと。そう思う』 とてもステキな台詞で私のメインカメラ…
[一言] >『ずっと言おうと思っていたのだがその機会が無かった……みおと言う名。お前がどんな意味を込めたのか知らないが……とても綺麗な音の連なりだと。そう思う』 純粋な相手の純粋な言葉! 仁の急所に入…
[一言] 『ずっと言おうと思っていたのだがその機会が無かった……みおと言う名。お前がどんな意味を込めたのか知らないが……とても綺麗な音の連なりだと。そう思う』 実は字は違いますが元カノと同じ名前です…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ