14 決戦の日1
そして、その時が来る。
「オーバーライト終了」
ハロルド艦隊が最後のオーバーライトを完了させる。
遂に辿り着いた人類発祥の地。
『トリシューラ』の艦橋で拡大された母星。その姿が晒された。
気まぐれで艦橋にまで来ていた澪もそれを見つめる。
「あれが地球……」
緑の惑星という形容詞があった。
だから漠然とそう言う色なのだろうと澪も思っていた。
だがこうして眼下に移るのは青色と赤茶けた土色の惑星。
緑など一片たりとも無い。
ああ、と澪は妙な悲しみを覚えた。
この惑星はもう既に死んでいる。
星の持つエーテルが吸い尽くされて、新しい命が生まれる土壌が存在していない。
恐らくはASIDがやったのだろうと思うが、ここまでになるのが信じられなかった。
通常ASIDはその星の生態系だけを食らい尽くす。
星そのものにはそれほど手を加えないのだ。
そうして次の惑星へと旅立つ。
逆に言えばこれだけ荒れ果ててしまったという事は、それだけ人類は長くASIDに抵抗したのだろう。
そしてついには打ち勝ち、ソラの果てまで飛び立った。
人類は強いのだと、そう思える結末だ。
「さて、宇宙規模で言えば150年など瞬き程の時間だろうが……念のため星図を確認しておけ。可能性は低いが、新しいASIDが襲来しているかもしれん」
念の為以上の意味がないその指示に、澪も興味をそそられて代表的な衛星を数えていく。
「これが木星のエウロパ。こっちが火星のフォボス。そして地球の衛星、月か」
進行方向に見える岩の塊にしか見えない物が月だろう。
資源に乏しい時の移民船団だったら解体して中の鉱石を採掘してしまいそうなサイズだった。
「……ん?」
ふと。
その映像に染みの様な物が見えた。
黒い染み。
それは徐々に大きくなっていく。
外部カメラの不具合だろうか。或いはこの疑似生体の不調か。
その辺りを疑っていた澪は、観測士の声に現実に引き戻された。
「リアクター反応多数接近!」
「ASIDか?」
二度も襲来するとは運が無いにも程がある話だったが、観測士の言葉がそれを否定する。
「いいえ……識別信号確認!」
疑問が艦橋に満ちる。
まさか、150年前に放棄した防衛装置か何かがまだ生きているのか。
「照合。第三船団所属……ロンギヌス級機動戦艦『ゲイ・ボルク』!」
「馬鹿な!」
『トリシューラ』の艦長がアームレストに腕を叩きつける。
「先行していた我らに、第三船団が追い付くどころか追い越しただと!?」
常識的には有り得ない出来事に、動揺が走る。
その中で、ハロルドだけは僅かに考え込むと、観測士へ声をかける。
「他の反応はないかな? 第三船団の艦隊以外で、高いリアクター出力は」
「ま、待って下さい……有ります。波形照合……人型ASID、黒騎士です!」
その答えに周囲は疑問を深めた様だったが、ハロルドは寧ろ納得の表情を浮かべた。
「そういう事か。奴ら、人型ASIDと手を組んだな」
微かなざわめき。
「まさか!」
「有り得ない話じゃない。ここにいる東郷澪嬢が何よりの証拠だ。我らだってこうして手を組んでいる」
確かにという僅かな納得。
「まして、第三船団はライテラ計画を阻止したい。人型ASIDは恐らく東郷澪を取り戻したい。利害は一致している。手が組めない事も無いだろう」
「しかし、まさか直接交戦していた奴らがASIDと手を組むなど……」
「人型ASIDの技術力は不明な点が多い。報告では確かにオーバーライト技術についての優越性が指摘されていたが……」
ここまでとはな、とハロルドは薄く笑う。
その言葉に誰よりもショックを受けていたのは――他でもない、澪だ。
「なん、で」
手を組めるのか。
ASIDは敵ではなかったのか。
決して相容れぬ関係ではなかったのか。
こうやって手を組めるのならば、何故自分は今こんなところに居るのか。
有り得ない。何かの間違いだと思いたい。
だが目の前の光景は変わらない。
倒れそうになる身体を支える。
――一時的な物だ。
澪は自分にそう言い聞かせる。
ハロルドが言った通り、一時的な利害の一致。
敵の敵は味方――そんな物だろう。
共通の敵がいなくなればまた相争う関係に戻る筈だ。
否、戻らなくてはいけない。
そうでなければ澪は何でここにいるのか。
その意味の一部を失ってしまう。
震える身体を抱きしめながら、澪は必死に動揺を隠していた。
「……東郷澪。君の声で彼らを退けられないかな?」
ハロルドの問いかけに澪は頭を振った。
「無理。あそこにいるのは将来的には私の群れだけど、今はまだ違う。お願いは出来ても、強制力は持たせられない」
そもそも、澪の群れとなったとしても知性を持つ彼らに対しては殆ど強制力など発揮できない。
それこそ反乱の抑止くらいだろう。
「そうか。それが出来れば楽だったが」
余り期待していなかった口ぶりでハロルドがそう言う。
月の影から現れた第三船団と人型ASID――テルミナスの民の連合艦隊はその翼端を広げてハロルド艦隊の進路を塞ぐ。
「ふ、ふふふ。まさか我らが突破側に回るとは想定外だ」
当初の作戦プランは全て破棄するしかないだろう。
先回りされるなど全く想定もしていなかった以上、作戦の立て直しが必要だった。
「残り6時間か」
ライテラの完成までの残り時間。
その時間が経過してから地球へと接近する事でライテラ計画は完了となる。
守るのではなく、あの防衛線を突破する事が必要だった。
「アンブレラⅡは『レア』の防衛に回せ。奴らはそこを狙って来るぞ。鹵獲体は全て放出だ」
特殊戦力の扱いをハロルドが指示していく。
特に鹵獲体は特定ターゲットを狙う様な使い方しかできない。
故に、敵軍の中で要注意の相手を取り囲むのにしか役立てないだろう。
むろんその最優先目標は――。
「東郷仁……奴とはまともに当たるな。戦術シミュレートを反映させたうえでも奴はこちらの包囲を食い破った。正面戦闘での勝機は薄い」
遂に、ハロルド艦隊は仁とまともに対抗する事を諦めた。
前回の戦闘は、万全の準備を整えていたのだ。
その上で仁は未来予測を更に上回った。
こうなってしまえばもう認めるしかない。
ハロルド艦隊で東郷仁を撃つ事は運以外ではあり得ないだろうと。
故に相手をしない。
鹵獲体は全て仁にぶつける。
彼とて、個人だ。
一瞬で数百の敵を消し飛ばせるわけではない。
波状攻撃を仕掛けることで徹底的に足止めする事で無力化する。
「……他にもエース級はいますがそちらは?」
「ああ……いたな。だが奴らは総合力では遠く及ばない。徹底的に苦手なレンジで戦ってやれ」
冷静に、ハロルドはそう評価を下した。
確かに突出した能力を持っていた。
だが、その総合能力は東郷仁には遠く及ばないし――サイボーグ戦隊にさえ劣るだろう。
得意分野でさえ戦わせなければ互角以上の戦いは可能だった。
「人型をどれだけ抑えられるかだな……」
シミュレーションではサイボーグ戦隊は互角以上の戦いが出来た。
だが、人と同じ程度の知性を備えていると考えればシミュレーション結果など参考値にもならないだろう。
その内実も含めて難敵であった。
「……アンタレスの整備は」
「後四時間ほどです」
「チッ、長いな」
完全なワンオフ機体であるアンタレスはその整備性に大きな難を抱えている。
戦力としては間違いなく強力なのだがとパイロットとして、量産化は無理そうだなと技術者としての観点で考え。
智の追撃に出すには余分だったかと指導者として僅かに後悔するのも一瞬。
「東郷澪。君は『レア』に乗艦を。私もすぐに移る」
「……分かった」
ライテラ本体が内部で建造されているロンバルディア級戦艦『レア』に移るという事は、装置完成直後に直ぐ時間跳躍を行うという事。
ハロルドは恐らくそこまでギリギリの勝負になると読んでいた。
艦隊を突破しつつ、地球へと『レア』を送り届ける。
そんな勝負になるだろう、と。
そして澪にとってもその状況は都合がいい。
時間が迫られていればいる程、正常な判断は難しくなる。
澪がどさくさに紛れて令への情報を送信する機会も多くなるだろう。
先ほどの動揺は忘れた。
今は初志を貫徹する。
悲壮なまでの使命感に突き動かされて澪は走り出した。




