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06 エーデルワイス2

 こんな会話をコイツとしているのは何だか面白いような不思議な気持ちになる。

 

 澪の正体がわかった時に、人型の事を連想しなかったと言えば嘘になる。

 だが――こうしてコミュニケーションを取れるとは思っていなかった。

 

 それは能力的な意味ではなく、心情的に。

 

 だと言うのに今となっては第二船団の一部より余程親近感を抱く。

 

「生まれた時から澪の側近、的な立場だったのか」

『そうなる』

「……それはどんな感覚なんだ」


 ずっと決められていた事。

 仁の場合は軍人以外の道が無かった。

 それ以外の自分を想像しろと言われても出来ない。その適性があるとも思えない。

 

 生まれた時からそうであれと定められていたのはどんな気持ちだったのだろう。

 そう思って尋ねたが、エーデルワイスは答えを返さない。

 

 考え込んでいるのか。

 それとも気分を害したのか。

 

 文字通りの鉄面皮を通してそれを読み取るのは難しい。

 こうして対話が出来るようになったのは良いのだが、やはり人間のコミュニケーションとは違うなと思った。

 

『誇らしかった』

「誇らしい?」

『次代の王に使える役目を、今の王から託されたのだ。そうだと分かった時は誇らしかった』

「……なるほど」

『お前はどうなのだ猛き勇者よ』

「その猛き勇者っての止めてくれ。東郷仁って言う名前がある」

『ではジンよ。お前は、今の自分の立場をどう思う?』

「俺は……」


 そう問いかけられて改めて考える。

 それ以外に進む道が無かった頃。

 背後に守る者が無かった頃。

 守りたい人が出来た頃。

 それを失った頃。

 また、守りたい人を得た頃。

 

 そして、今。

 

「そうだな。気に入っているよ。今の自分を」


 禍福は糾える縄の如し。

 幸福も不幸も代わる代わるにやってくる。

 仁の人生は正しくそうだった。

 

 だからきっと。この戦いの先も幸福に繋がっていると信じている。

 

「そう言えばエーデルワイスが俺を助けた事もあったよな」

『あの方がずっと願っていたのだ。「おとーさんを助けてください」と。あの方にそうという自覚は無かっただろうが……』


 また溜息の様な音が漏れた。

 

『その願いが余りに必死な物だったので渋々お前を探した』

「むしろ良く見つけられたなとしか思わなかったのだが……」


 適当に探して見つけられる程宇宙は狭くない筈だ。

 どうやって見つけたのだろうかと思っていると向こうから種明かしをしてくれた。

 

『我らの中には一度見た人物のエーテル波長を探る能力に長けた者が居る。そ奴にジンの場所を探って貰った』

「へえ……」

『そ奴らのお陰で我らはそこへ跳ぶことが出来る』

「跳ぶって……オーバーライトか?」

『人の間ではそう呼ぶらしいな』


 特定エーテルの箇所をマーキングとしてそこを基点に飛ぶ。

 テルミナスの民が高精度なオーバーライトを扱える理由はそこかと仁は悟った。

 同時に今の人類では真似が出来ないしする意味もない。

 

 主に移動の為に使う人類にとって、跳躍先に居る何かのエーテルなんて知りようがない。

 船団間のやり取りは大幅に向上するかもしれないが……それも属人性が高すぎる。

 

 そして根本の話として、人間のエーテル波長……魂と仮定できる物の観測を人類にはまだできていない。

 

 要するに昨日今日で出来る様な話では無いという事だ。

 

「まああの時は助かったよ。ありがとな」

『礼には及ばない。あの方の願いを叶えただけだ。感謝ならあの方に捧げよ』

「次に会ったら良く言っておくよ」


 次。

 次に会ったら仁はまず何を言うべきだろうか。

 

 いや、決まっている。

 そんな物はもう決まっているのだ。

 後はそれを言わせてもらえるかどうかだ。

 

『……古いハグレと戦っていた時』

「ん? 惑星メルセの話か。俺とお前が三度目にあった場所だが」

『そうだ』


 二度の邂逅の話をしたのならば、自然とその次――三度目の話となる。

 

『あの時のハグレたちはあの方を目指していた』

「……やっぱそうだったのか」

『我ら……というよりも陛下やあの方は、ハグレにとって垂涎の的だ』

「そうなのか?」

『陛下からテルミナスの名について聞いたな』

「代々継承してたって言う奴だろ。だけどそんな称号に意味なんてあるのか」


 セブンスが、そして澪が女王として立つのはその圧倒的な戦闘力と新しい民を産めるというその二点にあるのではないかと仁は思う。

 そんな意図から発せられた言葉にエーデルワイスは首を横に振った。

 段々と仕草が人間っぽくなっている。


『称号ではない。確かな権限として得ているものだ』

「権限って何の」

『我ら、テルミナスの民を象る権限だ。それが無ければ我らもハグレと同じ、知性亡き獣へと身を墜とすことになるだろう』


 何となく仁にも話が見えて来た。

 

「つまり、逆に言うとだ。澪やセブンスが連中に食われたら」

『ハグレは、我らと同じように知性を取り戻せる』


 セブンスはハグレと呼ぶ通常のASIDは永遠とやらを追い求めて知性を捨てたと言っていた。

 そこから推察するに。それを悔いているという事だろうか。

 

『基本的に、害はないのだがな』

「話を聞いているととてもそうとは思えなかったのだが」

『簡単な話だ。陛下やあの方は、他の女王の群れであろうと命令する事が可能だ。故に、自覚された今ならば退けるのも容易い』


 ただ。と付け加えた。

 

『相手も女王なら話は別だ。流石に女王には命令も出来ない。故にそれから守るためには我らが居る』

「今の話だと、敵の女王の命令をお前たちも受けそうなんだが」

『そこがハグレと我らの違いだな。我らは知性がある故に、その命令に逆らえる』


 ちょっと苦しいが、と言う発言は冗談だったのかもしれないと一拍遅れて仁は思ったが笑うタイミングは逃した。

 

『あの日は。あの方が酷く取り乱していた。守って欲しい。助けて欲しいと。自分の為ではなく他者の為に祈っていた』

「それはきっと東谷君だな」


 あの日重傷を負っていた彼の姿を思い出すと仁も血の気が引くのを感じる。

 絶対に間に合わないと思った。

 だが今ならば分かる。

 

 あれは澪がやったのだ。

 人間をASIDに変えようとするナノマシンの制御を乗っ取って。治療用に変えた。

 思えばあのころからだ。

 澪が普通に拘るようになったのは。

 

 つまり澪も薄々己が普通ではないのだと察してしまっていたという事だろう。

 その事に気付けていれば、と悔やむがもう遅い。

 

『あの状況でもあの方は他者の為に思えた。そんな方だからこそ。私たちはあの方が次の王となる事を待ち望んでいるのだ』

「そうか……ところであの時襲ってきたのは何でなんだ」

『人聞きが悪い。先に仕掛けたのはお前だ』

「そうだったか?」


 そうだったかもしれない。

 

『あの時は……そう、お前の言った八つ当たりだな。何故あの方を守れなかったのかと。守れる場所に居て何故という憤りをぶつけていた』

「不甲斐なくて悪かったよ」


 穏やかに。

 殺し合った時の事を語る。

 怒りが湧いてこないのはエーデルワイスの言葉の端々から澪への愛情を感じられるからだろう。

 

 自分の事で怒ったのではない。

 澪のことで怒ったのだ。

 

 彼女――ASIDもテルミナスの民も雄性体が居ないので必然そうなる――の行動原理の全てに澪が居て、それが仁にとっては嬉しさと喜ばしさが入り混じった気持ちを抱かせる。

 

『だが今回は私も何も出来なかった。お前たちの巣で出会ったあの方は己の本来の姿で我らに言った。「付いてこないで」と』


 拒否された事への痛み。

 それを感じさせる声。

 

「俺もだよ。何も出来なかった」


 二人揃って、肩を落とす。

 

「だけど。次は絶対に連れ戻す」

『我もそのつもりだ』


 澪の為に。

 その見解が一致している。

 それだけでも頼もしい。

 

 ふと仁は思った。

 

「もしも澪を取り戻せたら」

『?』

「うちに一度来てみろよ。アイツの普段の様子を見て欲しい」

『お前たちの巣は、我には小さすぎる』

「澪みたいに俺達の身体を作れば良いんじゃないか?」

『……簡単に言ってくれるが、あれはあれで難しい』


 澪は容易くやっている様に見えたのだが、実はアレは結構高度な事だったらしい。

 女王クラスで無いと出来ないとか理由があるのかもしれない。


「そうか。名案だと思ったんだが」

『だが、やってみよう』


 また一つ約束が増えた。これももしかしたら宇宙初かもしれないと思うと、やはり仁は妙なおかしさを覚えるのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何気にフラグががが
[一言] ほのぼのとした会話 ただし片方はクイーンクラスの化け物、もう片方はそれと技量でやり合いクイーンを単騎で屠る化け物 どっちもヤベェw
[一言] 通常なら困難なはずの他知的生命体との コンタクトを、娘一つでやってのける コミュ力の塊、東郷仁。 奴は戦闘能力だけではなかったのか……w
2020/04/12 12:30 退会済み
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