05 エーデルワイス1
智が漂着した翌日。
既に仁がセブンスとの会合で得た情報は『ゲイ・ボルク』の艦長を通じて第三船団の行政府にも伝わっている。
後はそちらでの議論待ちだ。
一方で並行して、『ゲイ・ボルク』の曳航準備も進められていた。
ロンバルディア級戦艦ならば、大気圏内でも飛行が可能で単独での離脱能力もある。
とは言え、ペイロードには余裕がないため複数艦で『ゲイ・ボルク』を宇宙に再び引き上げるのだ。
本当に宇宙を航行する上で最低限の補修が完了し、残りはドッグ入りするしか無い状況。
この後第二船団と戦うのならば、相手の『トリシューラ』に対抗するためにもロンギヌス級機動戦艦は必要だ。
牽引用のワイヤーが幾本も吊り下げられ、船体のあちこちに接続されていくのを、仁は何をするでもなく見ていた。
まだ接続されていないワイヤーをつかもうと、テルミナスの民の子供だろうかーー小柄な個体が飛び跳ねている。
その風景だけを切り取れば、幼い子供が遊んでいるかのような情景。
ふと、その姿を見て幼い日の澪を思い出した。
「……今までみたいに戦えないだろうな」
『何がだ』
独り言に返事が有り、仁は肩を跳ね上げた。
振り向けば、気づかなかったのがどうかしているほど存在感のある者がいた。
「エーデルワイスか」
『何と戦えないと言っていた?』
お互いに殺し合った相手だ。
流石に即再戦する理由もないが、仁としては積極的に関わりたい相手でもない。
だと言うのに向こうは仁と話す気の様だった。
妙に人間臭い仕草で腰を下ろす。
「別にそう大した話じゃない。お前たちがこうして会話できる存在だって分かったから、前みたいに気にせず戦えないなって思っただけだ」
『おかしい事を言う』
「何がだよ」
テルミナスの民が喋る船団共用語はまだまだ語彙が少ないからか。直接的な物言いになることが多い。
例外は澪の記憶を見ていたセブンスくらいか。逆説的に澪がどれだけ貪欲に知識を吸収していたのかが分かる。
ああ。どうしてこんなに簡単な事を、あの時澪に言ってやれなかったのかと仁は悔いる。
例え、記憶力がどれだけ優れていようと計算能力がどれだけ優れていようと。
その事を学ぼうとしたのは澪自身だった。
学ぼうとしないものはどれだけの才覚が有ったとしても無価値な才だ。
その姿勢にこそ価値ある物だったのに。
そんな後悔を抱いた仁には気づかず、エーデルワイスは続けた。
『お前たちは言葉の通じる同胞と戦っていた。それと同じだ。だからおかしいことだと言った』
「それ、は」
確かにその通りだ。
第二船団と戦うことに忌避感はもう無い。
例え前に誰が立ちふさがろうとも蹴散らすつもりだ。
翻って、テルミナスの民とはどうか。
確かな戦い難さを感じている。
エーデルワイスの言うとおりおかしな話だ。
『……我らもハグレと争う時はやりにくい』
「そうなのか?」
それは仁にとっても少し意外な話だった。
てっきり、野生の獣を狩る感覚だと思っていた。
『話に聞く限りだが、大本は同じ驚異に備えていたはず。なのに相争うっていると思うとやりにくい』
「セブンスの言っていたいずれ来る終焉って奴か。居るのかそんなもん」
『いる。少なくとも150年ほど前に遠い場所で陛下は存在を感知した』
「意外と最近だな」
もちろん、宇宙規模で考えた場合の話だ。
人間ならば数世代は前の話になる。
『故に我らは備える必要がある。きっとハグレも、終焉には備えている』
「なるほどな……」
『それと同じか?』
唐突な質問に仁は答えを返し損ねた。
今の会話を思い返していき、それが何故同胞と戦うことに躊躇わないのかという質問に戻ったのだと理解する。
理解して納得した。
「ああ……そうかもな」
今の仁の最優先目標は澪の奪還だ。
その一件に関して言えば間違いなく第二船団は敵だし、テルミナスの民は味方となりうる存在だ。むしろ精神的には既に仁にとって味方だと言っても良い。
故に、船団の行政府がそれに反する決定を下したときが怖い。
もしも、テルミナスの民を排除してこの惑星を入手せよ。そんな無謀で無体な命令が出たら。そんなあるかもわからない未来に怯えている。
「お前が澪を助けてくれてたのはよく分かってるしな。そういう意味では……うん、人間の誰よりも信用できるかもしれない」
そう。仁はその点に関して第三船団を信じ切ることが出来ない。
もしも、澪の奪還が叶わなかった時。
ライテラ計画を止める術が他に無くなった時。
澪の排除という選択肢を取るのではないかという疑念と不安。
そうなってしまったら何の意味もない。
だがテルミナスの民がそれを取ることは有りえない。
だから、そういう意味で信用できる。
『……我らがあの日引いたのは、あの方が止めてほしいと全力で訴えていたからだ』
八年前。
エーデルワイスが澪を確保し、仁と死闘を演じた時。
刺せたはずのトドメを刺さず、拐えた筈の澪を拐わなかったら理由。
『あの方がどこにいるかはすぐにわかった。我らは皆陛下を通じて繋がっているからな』
シャーリーが聞いたら大喜びしそうなテルミナスの民の生態に、仁は耳を傾ける。
『取り戻そうと、その場所に向かえば初めて見る群れが居た。我らとは異なるーーしかし似た造りをした者達が無言で我らを迎え撃ってきた』
「うちの防衛軍か……アサルトフレームってお前らにとってはどう見えるんだ?」
『今となっては、そう。よく出来た人形だ』
しばし迷うように言葉を切り、自分の中で一致する語彙が見つかったのか。
少し晴れ晴れした口調でエーデルワイスは評した。
なるほど人形。或いは人体模型の様な認識なのかもしれない。
少なくとも同族だとは思っていないようだ。
『これは梃子摺ると考えた我らは威力偵察を繰り返した。幸いあの方は辛さを訴えていなかった。我らの元に居た時の様に、新しきものに目を輝かせていた』
「……そうか」
第三者から語られる当時の娘の様子に仁は口元を綻ばせる。
『あの日の少し前に、あの方は深く悲しんでいた。一人ぼっちだと泣いていた。故に我らはこれ以上は待てぬと攻勢を仕掛けた』
「喧嘩、したんだよ。あの日」
澪は自分が何者かを忘却していた。
しかし今にして思えば澪は恐らく。
「無意識でお前たちを同族だって分かってたんだろうな。だからその来訪を待ち望んでた。それを俺は八つ当たりで怒って」
『八つ当たりとは何だ?』
「あーなんだろうな。当事者じゃない相手に、別の出来事での苛立ちをぶつける的な」
『なるほど。覚えた』
まずい、コイツら記憶力が良いから変なこと言うとずっと覚えているぞ、と気がついた仁だったが、まあ良いかと思い直す。
別に聞かれて困る話はしていない。
「多分それが原因だろうな」
『なるほど。だが……それでもあの方はあそこに居たいと願った。おとーさんをいじめないでと』
いじめないで、かと仁は苦笑した。まあ確かにあの時はボロボロだったのだが。
『我々におとーさんなるものは居ない。だが、我と互角に渡り合える相手ならばあの方を守るのに不足はないと判断し、あの方を預けた』
「……そういう事か」
ようやく、あの日の人型ASIDの大攻勢と呼ばれた事件の最大の謎が解けた。
何故、突然引いたのか。
簡単だ。
澪が拒否したから。
それだけの話だ。
「イマイチ信じられなかったんだけど。澪がお前たちの次期女王ってのは本当なんだな」
『未だ陛下からは何も引き継いでいないため、直接的な権限は何もない。だが我々は皆あの方を尊重し、守り慈しんでいる』
「あいつの危機にあれだけの数で来るくらいだからな……分かるよ」
テルミナスの民はそう多くはない。
少なくとも今見渡す限りで十万は居ないだろう。
あの日第三船団を襲ったテルミナスの民は約一万。
一族の一割が出陣したと考えればどれだけ慕われていたのか分かるというものだ。
『我は』
言葉を探すようにエーデルワイスがしばし沈黙した。
『あの方を守るために生まれた』
「へえ?」
『あの方に先行すること10年。あの方を導き、あの方を守り、あの方の治世を支えるために生まれたのだ』
どことなく、溜息混じりのような気配のする言葉。
調子は変わらずの電子音声なのだが、なぜだか仁はそう思えた。
『だがあの方が生まれて早々に我らはあの方を見失い、どこぞへと連れ去られてしまった』
割と迷子になっていた澪の印象と何一つ変わることがない言葉だった。
『だから、そのどこかであの方を保護し、導き、守り、慈しんでくれたお前には……そう』
また言葉を探すために黙り、適切な言葉を見つけたのか。
『お前には感謝している』
その言葉に仁はとうとう堪えきれずに笑いだした。
きっと、今自分は人類で初めて別の知的生命体から感謝をされたのだろうと思うとおかしくて堪らなかった。
同時に思う。
万一第三船団の上層部が愚かな選択をしたとしても自分はギリギリまでそうはならない道を探ろうと。
そう思える程度に仁は彼らを、テルミナスの民を気に入ってしまっていた。
言ってしまえば一族全てが澪のファンクラブみたいなものだ。無下には出来ない。
だろう? と誰にともなく仁は同意を求めた。




