03 テルミナスの王3
『ああ。とは言えそれも先の話だ。あの子の代の内に起こるかも分からない』
セブンスは仁達を安心させるようにそう言う。
『遠い未来、我が後継たちと其方たちの子らが共に立ち向かう様な話だ……その頃の我らの関係がどうなっているかは。ああ。それこそ神のみぞ知ると言う奴だろう』
諺を使った事でちょっと得意げになっているのが分かる声音でそう言われて仁は再び考える。
その良く分からん危機とやらがいつ来るかは別として――それが本当に宇宙規模の話ならば無関係ではいられない。
人類全体の増加ペースは全滅のリスクを避けるために分散しているのもあって、高いとは言えない。
もしも定住可能となれば、全体の数を増やすことも可能だ。
そして何より。
尽きない大気と水。
壁一枚向こう側が真空を旅してきた仁達にとってそれは魅力的だ。
目がくらんでしまう程に。
判断力の低下を狙ってそれを提案してきたのだとしたら恐ろしい策だと言わざるを得ない。
第三船団の行政府も含めた話となるだろうが――恐らくはこの条件を呑むだろう。
それほどまでにASIDの驚異の無い惑星というのは人類にとっての悲願だった。
隣人が少々物騒である事は間違いないが――そこは今後次第であろう。
第三船団を襲ったのも理由あっての事。
今はこうして言葉でやり取りができるというアピール。
更に第二船団の陰謀を挫く為の協力。
それらの事を前面に出せれば民意もそれなりに落ち着かせられるかもしれない。
何れにしてもこれは千載一遇の機会だ。
この150年。移住可能な惑星は有ってもASIDの勢力圏であり移住は叶わなかった。
果ての無い移民の旅を終わらせられる。
それを望む者は多いだろう。
「それも含めて、こちらで検討させていただきます」
『ああ。よろしく頼むよ』
一応、相手側の要求が分かった。
次はこちら側で意見のすり合わせを行う時間だ。
この条件を呑むのか。或いは更に釣り上げるのか。そこまで強欲でないと思いたいが。
『終わりで良いのかな?』
「はい?」
『君は、私に聞きたい事があったのではないかな。猛き勇者よ』
見透かされていた。
聞くのが怖くて。
だけど聞かないと前に進めない事がある。
「さっきエーデルワイスから伺ったのですが――」
『ああ。もう長としての会話は終わりにしよう。これからするのはただの親同士の会話、であろう?』
もう少し気楽でいいとセブンスは言ってくれた。
仁も遠慮なくその言葉に乗っかる。
「では遠慮なく。十年前、この惑星に俺達の船が不時着したはずだ」
『ああ。覚えているとも……大きさはそれほどでもなかったが――ハグレ以外の物が空から来て驚いたよ』
その会話の裏で。
『若き勇者よ。シャーリーから聞いた。あれが言葉を砕くという事か?』
「え? ああ……そうじゃねえかな」
『なるほど……やはりあれ程の戦士となると形無き物であろうと砕くも自在という事か。流石だ』
「いや、それは違うんじゃねえかな……?」
コウとエーデルワイスがそんなコントめいた会話をしていて僅かに仁は気を削がれる。
どうにか立て直して問いを重ねる。
「そこに、生き残りはいなかったのか」
縋る様な。その問いかけにセブンスは溜息の様な音を漏らした。
彼らに肺がある訳ではないので実際に息を吐いたわけではないのだろうが、そうとしか聞こえない音。
『ああ。残念な事だが……いなかった。老いた魂も若き魂も、無垢なる魂も。皆身体から解放されていた』
「……そうか」
あの損傷だ。生存者の可能性は万一しかなかった。
それでも聞かずにはいられなかったのだ。
澪のあの言葉を否定したくて。
「じゃあ……俺達の仲間の遺体は、どうしたんだ」
『ああ。申し訳ないのだがな。我々の流儀で埋葬させてもらった。魂の離れた身体は私が燃やし尽くした』
それはエーデルワイスから聞いていた事だ。
女王――即ちすべてのASIDの親が焼く事で、再びその魂が女王の生み出す循環の中に帰れるようにと。
ここまでは知っている事だ。
だから、この先が仁の聞きたい事。
「澪は、あの子からテルミナスの民は子を産むとき、別の魂を基にするって聞いた」
『ああ。概ねその理解であっている。我らは自ら魂を生み出せぬ不完全な種であるのでな。ハグレであってもそれは変わらぬ』
「なら、あの子の魂は。一体誰の魂を基にしたんだ……?」
知りたい。
澪の言う通りなのか。
それとも――。
『……ああ。そうか』
何故か納得したようにセブンスは呟き声を漏らした。
『猛き勇者の気配に、覚えがあった。気のせいかと思っていたが――そうか。あの子を産み落とした時に感じた物か』
その答えは仁にとって避けがたい物を予感させる。
『誰、と言われても私にも分からない。だが、間違いなくその澄んだ魂には其方の気配があった』
「っ……!」
唇を噛む。
あの時、連絡船で仁の気配がする程近しい関係の人間は一人しか乗っていない。
「なら、澪は本当に……」
令の魂を基にして生まれて来たのかという声は噛み締めた唇に遮られた。
それでもまだ重ねて問いかけようとしたところで。
『陛下。陛下』
『ああ。――よ。また勝手に外に出て』
恐らくはテルミナスの民として名を呼んだのだろう。
確かシャーリーにはティキと呼ばれていた筈だと仁は思いだす。
結構気軽に地上と宇宙を行き来出来るらしい。
或いはだからこそ、澪もあっさりと拐わかされたのかもしれない。
『これ拾った』
そう言ってまるで幼子がぬいぐるみを引き摺る様な仕草で差し出されたのは――。
「……グリフォン?」
大破している残骸寸前の機体だ。
レイヴンならば分かるが――何故第二船団の機体がこんな場所にあるのか。
やはり識別信号は第二船団。
『スタルト』討伐後に奇襲を仕掛けてきたうち、運悪く撃墜された機体が『ゲイ・ボルク』のオーバーライトに巻き込まれたのか。
そう考えた仁だったが――接続されたデータリンクで中のパイロットがまだ生存していると知って顔色を変えた。
「……! すまない。セブンス陛下。この者まだ生きているようなので処置を優先させて頂きたい」
『ああ。構わないとも。エーデルワイスを君たちの元に寄越そう。何か用があればこの者に言いつけると良い。エーデルワイス。送って差し上げなさい。今度は早いルートで』
『承知いたしました陛下。こっちだ』
そう言って昇降機へ案内される。
ただただシンプルにエレベーターであったが、兎も角それに乗って地上へと舞い戻る。
女王との謁見は三十分にも満たない。
だが仁はドッと疲れた。
同時に、この闖入者のお陰で助かったかもしれない。
あのまま冷静さを欠いたまま問いを重ねたところで仁の望む答え何て出てこなかっただろうから。
仁とコウのレイヴンでグリフォンを運搬する。
「しかし教官。こいつ何でこんなところにいるんでしょうね」
「……そうだな」
バイタルからすれば、重傷だ。
ただこの傷だと、一日も放置したら死に至りそうだった。
となると、漂流してきたのはここ一日二日の話のハズだ。
そうなると次は別の計算が合わなくなる。
そんな頃は第二船団艦隊は離脱していて、機体が大破する様な戦闘が無い。
「もしかしたら、第二船団側でも何かあったのかもな」
仁の予想は、ある意味当たっていた。
『ゲイ・ボルク』に医療班を待機させて。
整備士がコックピットハッチを強引に抉じ開けた。
「……ひでえ」
中から引きずり出されたパイロットは重傷だった。
サイボーグでなければ死に至っているような傷だ。
辛うじて生きているそんな有様だった。
だが仁にとって驚きだったのはその傷で生きているという事よりも。
「……智?」
それが遂に決別した、義妹になる筈だった相手であった事だ。
疑問は次から次へと沸いてくる。
何故ここまでボロボロなのか。
一体何と戦ったのか。
一番戦う可能性の高い第三船団もテルミナスの民もここに揃っている。
ならば全く無関係なASIDの群れと遭遇したのか。
だとしてもここまで手酷くやられたのか。
サイボーグ戦隊の練度は、仁自身恐ろしさを味わった。
それをここまで痛めつける相手がいるのか。
「ああ。大尉。ちょっと」
ちょいちょいと手招きするシャーリーの側に寄る。
「この損傷何ですが……ちょっと変なんです。何かこう全方位から嬲られたみたいに」
「全方位?」
それこそ有り得ないだろうと仁は思った。
単独で軍勢の中に孤立でもしない限りはそんな事にならない筈だ。
「もしかしたら――いえ、推測で物を言うべきじゃないですね」
「……そうだな」
一つの可能性が浮かんだ。
だがそうなる理由が分からない。
智が第二船団防衛軍と交戦した。
そんな有り得ない筈の可能性が。




