02 テルミナスの王2
「確かに、それは我々の目的とは反しない」
仁は乾いた唇を舐めながらそう言う。
ライテラ計画の阻止。
第三船団が今掲げる最大目標はそれだ。
その為に一番手っ取り早いのは澪の奪還――敢えて仁はそれ以外の方策については考えないようにした。
「だが同時にそちらと協力する必要もない」
第三船団は確かに消耗が激しい。
だがそれでもまだ、第二船団と――ハロルドの支配下にある防衛軍の一部と戦う事は可能だ。
「我々は我々だけで陛下の言う無法者共、第二船団と戦う」
その言葉に僅かな動揺を見せたのはセブンスではなく――背後の同僚達だ。
これまで黙っていたコウが直通回線で苦言を呈してくる。
『なあ教官。俺達だけで戦うって言うけどそれは厳しくねえか……?』
「笹森少尉。口を閉じていろ」
『でもよ』
「聞かれてるぞ」
仁が鋭く警告すると同時、セブンスが笑いを漏らした。
『ああ。そこの若き勇者の言う通りだ、勇者よ。その勇猛さは美点でもあるが……同時に欠点でもあるな』
『なっ……』
仁だけに向けたはずの通信を読み取られていた事にコウは動揺を見せる。
これくらいは出来るだろうと踏んでいた仁は驚きは少ない。
何時だったか、澪は仁のレオパードに向けて通信を割り込ませた。
他にも訓練校のゲートへ介入して無理やり開けた事もある。
彼女らテルミナスの民にとって、電子機器への介入は難しくないのかもしれないとは思っていた。
『『スタルト』との戦いの傷は深い筈だ。ああ。そうだな。その後の無法者たちの攻撃もその傷口に刃を突き立てたに等しいだろう』
「見ていたのか」
まるで見て来たかのように言うセブンスに仁は問い返す。
『ああ。アレは古き同胞の中でも最も強き者だ。そこに挑もうとする存在があれば見物位は、な。娘たちに足を運んでもらった』
つまりあの宙域のどこかにはテルミナスの民が観戦気分でいた事になる。
いい気分ではなかった。
『我らの戦力は決して低い物では無い……それはお互い身に染みているだろう?』
八年前、互いに殺し合った事を持ち出されて、仁はその点だけは頷かざるを得ない。
その戦力については良く分かっている。
最大戦力である黒騎士――エーデルワイスの姿を無意識に探してしまった。
もし、ここで彼女が仁達に刃を向けてきたら。
最後に立っていられるのはどちらか。
「それが問題です」
どうにか丁寧な口調を維持しながら仁は最大の問題点を指摘する。
「我らと貴方たちは嘗て互いに潰し合った。その記憶はまだ我々の中にも色濃く残っている。そんな相手と協力すると言っても反発がある」
むしろ仁からすると『ゲイ・ボルク』のクルーは良く手を組む気になったなと思える。
彼らが第三船団に帰還するには他に方法が無かった事も関係しているのだろうが……。
「それに」
一番重要な事を仁は告げる。
「協力してそちらの後継者、澪を取り戻す。そこまでは良いでしょう。でもその後は?」
先ほどの協力体制にはその先が含まれていなかった。
仁は改めて決意を告げる。
「娘は渡さない」
例え、今ここで戦いになったとしても、だ。
その思いがどこまで通じたのか。
再びセブンスは笑い声を漏らす。
『エーデルワイス……ふむ。悪くない名だな』
『はっ』
『ああ。そう身構えるものではない。彼の勇者は至極当たり前のことを言っているだけだ』
『しかし』
『ああ。君のその熱心さは美点だが、欠点でもある。大丈夫だよ』
長剣に手をかけていたエーデルワイスはその手を離す。
どうやらテルミナスの民の間でも無礼という概念は有るようだと仁も理解した。
『その先の話だったね。ああ、あの子の親ならば気になるのは当然だ……さっきも言った通りだよ。君から取り上げるつもりはない』
「……さっきの話と違いますね。後継者がいないと困るんじゃないんですか」
『困る。だが――君の寿命を待つくらいの余裕はある』
ガンと、頭を殴られたような気がした。
目の前のセブンスの寿命は500年。今が350歳辺りだという事は後150年近くは生きられる。
仁は……まあ頑張っても50年が限度だろう。
そして澪は。
「澪は、あの子は――」
『ああ。君には酷な話だ。あの子は私と同じだ。その命の長さも、また』
自分の娘がこれから500年を生きる。
100年もすれば今の知り合いは皆死んでしまうだろう。
たった一人、取り残されてしまう。
まるで十年前の自分の様に。
『人としての時間は、人の世で過ごしても構わない……だがその後は我らの元に戻る。協力するにあたって守って欲しい条件はそれだけだ』
向こうは種の存亡がかかっている。
その程度の妥協は幾らでもするという事だろう。
この条件は仁にとっては一先ず悪くない話だ。
澪を奪還した後、次は共通の敵を失ってテルミナスの民との争奪戦になる……という最悪の未来は避けられた。
同時に、避けようの無い娘の運命に暗鬱な面持ちになるのは止められなかったが。
だがそれらを置いておいたとしても。
「ダメですね」
仁としては悪く無いと思っている。
だが第三船団としてはやはりだめだろう。
「陛下たちは自分たちをASIDとは違うという。だけどやはり我々にとっては同じなのです。この宇宙を旅する船を襲う敵」
どうしたってそれが共通認識だ。それは変えられない。
「手を組むのならば目に見えるメリットが無いと、説得できません」
そう言い切ると、セブンスはしばし考えて再び声を発した。
『この星は我らだけが住まうには広すぎる』
「……?」
唐突な地勢の話をされて仁は面食らう。
だが次の言葉を聞いて驚きに目を見開いた。
『空いている土地に移住を望むのならば我らには受け入れる用意がある』
「この惑星に、入植……?」
それは、宇宙を旅する船団の悲願である。
どこかASIDの襲ってこない定住の地。それを求めて人類は旅を続けて来たのだ。
『ああ。ハグレは多少いるが……勇者たちの力ならば蹴散らすに支障はあるまい。宙から来る者達へは我らも共に対処できる』
つまり、セブンスが言っていることは。
「この星で共に暮らそうと……?」
『ああ。ありていに言えばそういう事になる。ああ、思い付きであったがこれは名案ではないかな。私もあの子の側に居られる』
どうやらセブンスは思い付きで言いだしたらしいが、その実現性については問題ないらしい。
『こうして言葉を交わせる。不幸な行き違いで争いはあったが……まあそれは君たちの間でも同じではないかな?』
令の言葉が仁の中に去来する。母星に居た頃は人類同士の争いも何度もあったと。
それこそ絶滅してしまう可能性を抱きながらも戦った事が幾度か。
それに比べれば、一度戦っただけの関係など大したことが無いように思えてくる。
『ああ。どうだろう。この条件は。これならば君たちの中の反対も抑えられるかな』
今更ながら仁は気が付いた。
相手はテルミナスの民。これまでコミュニケーション不可能だと思っていたASIDの一種だ。
それと対話するという事が、何事もなく終わる筈がない。
どころか下手をしたら歴史に名前が残るような事をしているのだと。
それが勇名か悪名かは――これからの行動で決まってしまうのだと。
「……それについては、持ち帰って検討させて頂きたい。私の一存では答えかねる」
『ああ。それもそうだね。うん、よく検討して欲しい。私たちは君達と手を組むための労は惜しまない』
そう言われて仁も一つ気になった。
「……何故」
『ああ。どういう意味かな』
「何故、我々と協力する事に拘るのでしょうか。その気になればテルミナスの民だけでも澪を奪還できそうですが」
そうすれば面倒な条件も、土地の譲渡も不要となる。
何故、人類と手を組もうとするのか。
『ああ。簡単だ……我々は怖いのだよ』
「……怖い?」
『知性を失ったハグレも……もしかしたらその恐怖が永劫を選ばせたのかもしれない』
ASIDの全てが恐れる様な何か。
それを聞く事自体が怖くなってきた仁だが、生唾を飲み込んで尋ねた。
「何が、そこまで恐れさせるのでしょう」
『ああ。何れ来る終焉。この宇宙全てに終わりを齎す何か、だよ。私も言い伝えでしか知らない』
セブンス自身も伝聞でしか知らない。それ故に怖れだけが肥大するのだという。
『ただ――初代のテルミナスは何時か必ず来ると確信していた。ハグレはもう共に戦うに値しない。彼の獣では太刀打ちできないだろう……ならば、代わる仲間を求めるのは自然ではないかな』
自身も強大な力を持つ女王で有りながら恐れる何か。
そんな物が眠っている宇宙は広いな、と仁は思った。




