01 テルミナスの王1
再び宇宙へ伸びる塔を登って、クイーンの御許へと向かう。
「……これ、もしかして宇宙まで通じているのか?」
ふと気が付いた仁が隣のエーデルワイスに尋ねると無機質な回答が返ってくる。
『宇宙というのがどこからを指すのかに因るが――少なくとも重力の影響を受けない高度までは伸びている』
「ああ。十分だ」
つまりこの構造体は一種の軌道エレベーターであるという事だ。
仁はそう結論付けた。
『時折、幼い子らがこの塔を登り、その辺りで遊んでいる』
「幼いって言うのは……俺達で言うと何年位なんだ?」
この惑星の自転周期は約37時間。公転周期は2年近い。その彼らの感覚で時間を語られると少々計算に手間取る。
反面、澪が見せていた様に高度な演算能力を持つエーデルワイスにとっては造作もない計算だったらしい。
『十五年程で成人と見なす。より正確には単独でハグレを狩れたらその日から成人だ』
「ハグレ?」
『お前たちがASIDと呼ぶ知性無き鉄の獣だ』
なるほど、と仁は納得した。
この星の生態系……と言うべきか。それがどうなっているのかは分からないが、通常のASIDもいるらしい。
同時にテルミナスの民はそれと自分たちを明確に区別しているという事も。
『あ奴らは我々にも見境なく襲ってくる。嘆かわしい。嘗ては同じ理想を求めた者だと言うのに』
「何?」
聞き捨てならない言葉だった。
通常のASIDはテルミナスの民と敵対している事。
そして嘗てはそうではなかったという事。
「どういう意味だ。お前たちの中で何があった?」
『私も知らぬ。知っているのは女王陛下だけだろう』
その淡々とした声音は嘘をついているのかどうなのか。
そもそも彼らに嘘という概念があるのか。
声の揺らぎも無く、人間の感覚で話していても真実を見通すことは出来なさそうだった。
『知りたければ、女王陛下に聞くと良い』
「……ああ、そうするよ」
その後は無言で塔を登る。
数時間を掛けて登り切ったそこは、大気も無い高度。
眼下に広がる大陸。真ん中に切れ目を入れた様な海岸線を見て変な形状だと仁は思った。
『おやおや。正規ルートで登ってくるとは……上昇機を使えばよかったのに』
穏やかな――そして流暢な言葉が仁達の通信機に入ってきた。
一瞬で通信に割り込まれた事に僅かに動揺する。
『陛下への謁見です。正しい手順で参上すべきだと判断しました』
『そんな事は気にしなくても良いのだけどね。さあこちらへ。異邦の勇者たちよ』
最上層は他のノードとなっていた広間よりも更に広い。
恐らくは、ここで地上まで伸びる塔の部分との重量のバランスを取っているのだろうと仁は思った。
だがその中でも最大の質量は、そこに座す存在そのものだろう。
『初めまして……というのも私からすると変な話だけどね。私がこのテルミナスの民の長。君たちが言うところのクイーンタイプ。『テルミナスセブンス』だ』
玉座の様に一段高くなった場所に腰かけている一体のテルミナスの民。
自身を七番目のテルミナスだと名乗る存在は――澪が見せたASIDとしての姿によく似ていた。
「初めまして。『テルミナスセブンス』。私は東郷仁。今回の件では我々人間の代表として参りました」
『良く知っているとも……すまないね。本来君達の権力構造を考えると戦の強さよりも頭脳の働きで階級が決まるだろうに』
気だるそうにセブンスはそう謝罪して来るが、この発言だけでも仁にとっては幾つも突っ込みたい。
何より最初に言うべきは。
「テルミナスセブンス陛下はその随分と、我々の言葉に堪能な様ですが……」
『……それについて説明しないといけないね。君には少々申し訳ない事だが』
そう前置きしながらふと思いついたようにセブンスは言う。
『長いだろう? セブンスだけでいいさ。本当は別の名前もあったのだけどね……テルミナスの名を襲名した時から私の名前はこれだよ』
そう言って笑う。
その申し出を無下に断るのも失礼かと思い、仁もそれを受け入れた。
「では改めてセブンス陛下」
『うん。そうだね……どこから言おうか。――の事だが』
聞き取れなかった。
まるでノイズか何かの様。
「すみません陛下。今何の事と?」
『ああ。これは済まないね……我々の名前は少々人間の音声で発声するには複雑でね。そうだな。君にはこういった方が良いだろう』
東郷澪、とセブンスは言った。
「…………うちの娘が何か」
相手が澪の生みの親であると知りながら。
それでも仁は自分の娘だと言った。
言い切った。
その決意表明をどう受け取ったのか。セブンスは穏やかな笑い声を響かせた。
『ああ。そうだね。君の娘だ。私の元で過ごした時間よりも君と過ごした時間の方が長い。何よりあの子自身が君の元に居たいと言ったんだ。今更親面をして引き離す事なんてしないさ』
「やはり、陛下が澪の――」
『私の娘という意味ならば……この惑星に住まうテルミナスの民は皆私の娘だ。だが、そう澪は特別だ。あの子はいずれ私の後を継いでもらうつもりだった』
少しだけ寂し気な空気を出して。
『ああ。話が逸れたね。澪が君の元に辿り着いてからつい最近まで……ずっとあの子が見聞きした情報は私の元に送られてきていた』
「……は?」
『ああ。やはりそう言う反応になると思った。人間は己の生活を覗かれることを嫌がるのだろう?』
「いえ、それはその、良いんですけども」
良くない。本当は良くないのだが衝撃的でついそう言ってしまった。
「その、つまりこの八年位をずっと?」
『ああ。そういう事になるね。まあそのお陰で私も君たちの言葉は覚えた。どうだいそこの――よりも良い感じだろう?』
揶揄う様にエーデルワイスに言葉を向けると、エーデルワイスは何事か反論した様だった。
通信機に何かノイズの様な音が入り混じる。
『ああ。君もエーデルワイスという名前を貰ったのか』
『はい。陛下』
何やら今の一瞬で情報のやり取りが行われたらしい。
シャーリーが言うところによると、テルミナスの民同士のコミュニケーションはエーテル通信で行われているらしい。
発声するよりも大きな情報を一瞬で伝送できるとの事だった。
『だがこうして空気を振動させて言葉を交わすのも悪く無いだろう』
『……かもしれません』
どうやらエーデルワイスが同族同士だからとエーテル通信でやり取りをしようとして、セブンスが止めたらしい。
「言葉が堪能な理由は分かりました。それで――今後の事をお話ししたい」
『ああ。そうだね。それが一番大事だ。私の家族については何か聞いているかな?』
家族――即ちテルミナスの民について。
「寿命が我々の時間でいうところの200年程であり、女王陛下は500年を生きられると」
それを聞いた時には何とも思わなかったのだが、思い返せば奇妙な話だ。
単に人類が知らないだけかもしれないがASIDに寿命があるとは知らなかった。
少なくともクイーンタイプは星系間を旅している間だけでもその時間は過ぎ去るだろう。
それがテルミナスの民とASIDの明確な違いなのか。
『ああ。正解だ。私は350を超えた。君達で言うところのお婆さんだ』
今のは冗談だったのか。笑ってよかったのか分からず、仁は曖昧な表情を浮かべる。
それが見えたわけではないだろうがセブンスは何事も無かったかのように言葉を続けた。
『後継者である澪が居ない今、私が機能を停止したら私の群れも機能を全て停止する。それも知っているかな?』
「ええ。聞き及んでいます。しかしその、我々が知るASIDの生態とは少し違うと言いますか」
『ああ。それこそが我々と君たちの言うASIDの違いなのだよ』
溜息の様に、セブンスは呟いた。
『彼らは永劫を求めてしまった。それ故に、彼らは永遠に宇宙を彷徨う事になったのだ』
「永劫を求めた……?」
『ああ。君達で言うところの不死と言う奴だ。そう、確か澪の得た情報の中にこんな物があったな』
一瞬、思い出すように言葉が切られた。
『永遠とは呪いの様な物であると。正しく正しく。その呪いに侵されて彼らは知性を捨ててしまった。永劫を生きるにはそれは枷でしかない』
愚かしい事だとセブンスは言う。
『我々は永劫を拒絶したがゆえに、生命のサイクルから逃れられない。それ故に後継者が必要なのだ』
「それが、澪であると?」
『今すぐの話ではない。だが。段階的にあの子へと権限を移していかなければ『テルミナス』の継承が途絶える。何れ来る終焉への備えが――とは言え君たちにとっては、そちらの方が良いかもしれないがな』
まあ。と仁は声には出さず同意した。
誰もが仁の様に割り切れるわけではない。
第三船団に多大な被害を出した人型ASIDなど絶滅してしまえと言う人間も間違いなくいる。
『我々の願いは、澪をあの無法者共から取り戻す事だ。それは君たちの目的とも矛盾しないと思う。その一点で、協力できるのではないかな』
セブンスはそう言った。それは仁にとっても予想が出来た事。問題は、その先である。




