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27 選択の時3

「保護者のところに帰すって何言ってるの。私が居ないと、ライテラ計画は」

「ああうん、あんな風にお願いしておいてこんなこと言うのも何だけど……ごめん、無しで」

「は?」


 澪の表情が言い表し難い物になる。

 仁が見たら喜ぶか悲しむか。

 まあ十代女子が浮かべていい顔ではない。この顔を見たら澪のファンは確実に減るだろう。


「事情が変わった。悪いんだけど、澪ちゃんの願いを叶えてもらうわけにも行かない」

「待って」


 手のひらを掲げて、澪は額を抑える。

 その様は頭の悪い話を聞いて頭痛を堪えている姿そのものだ。

 これを見て、誰が彼女を人間ではないと思うだろう。


「智叔母――智さんは、お姉さんを、令さんが死んだ過去を無かったことにしたいんだよね」

「うん。でもそれはもう良いんだ。それから智叔母さんでいいよ」

「なんでそうなるの?」


 訳が分からないと澪は疑問符を浮かべる。

 まあそうだろうと智は思う。

 智自身、あの日記を読む前の自分に「姉さんは諦めることにしたよ」なんて言ったとしても信じてもらえる自信はない。


 言ってしまえば、あの日記に書かれている情報が全てを反転させたのだから。


「聞いてくれ澪ちゃん。君は姉さんの居場所を奪ったように思っているのかもしれないが違う」

「違わない。確かに順番は逆かもしれない。でも、私がいるより、令さんが居たほうが仁さんも喜ぶ」


 私みたいな、人間ですら無い怪物よりも。言葉の裏に隠された意味を智は正確に読み取った。

 その全ては澪が意図したものではない。

 その上で澪は自分で変えることが出来るなら、一番好きな人を幸福にする道を選びたいと思ったのだ。


「邪魔しないで。智さんが諦めるのは勝手。でも私の邪魔をしないで」

「いいや、させてもらう」

「なんで? 私と智さんの願いは同じなんだよ? なんで急にそんな事を言い出したの」


 当然の疑問。

 伝えなくてはいけない。姉の決断を。その意味を。

 姉の日記の入ったタブレットを取り出して。それを見せようと。


「澪ちゃん。君はーー」


 その先は言葉にならなかった。

 かすかな風切り音と、弾けたような音。

 そして澪の眼前で滴る熱い血潮。


「え?」

「ぐっ」


 肩からの出血。その衝撃に耐えきれず、智の口は引き結ばれた。

 手にしたタブレットを取り落とす。そこへ追撃の様に何かが撃ち込まれ、タブレットは完全に破壊された。

 しくじったと智は思う。

 あれは失敗した時様に隠しておくべきだったと。だがもう遅い。


「残念だ楠木少尉。一時の気の迷いとばかり思っていたのだがな」

「中、佐」


 銃口に残光を纏わせた見慣れぬ銃を構えた己の上官を、智は肩越しに睨む。


「随分と、早いですね。それにその銃。随分と良いもの持ってますね」


 智の脱走が露見するまではもう少し時間があると踏んでいた。それとも、智自身が考える以上に裏切りの可能性を重要視していたのか。

 それにあの銃。対人戦闘を禁じられた移民船団で、殺傷能力を持つ対人銃を見たのは初めてだ。奪ったテイザー銃がなんとも心もとない物に思える。


「お前と少し話し合おうと、部屋に立ち寄ったら見張りの姿が無かったのでな。本当に残念だよ」


 その答えに智は皮肉気な笑みを浮かべた。

 要するに、頭は冷えたかと聞きに来たのだろう。裏切りなどグレイスは考えても居なかった。

 ただ、今でも信頼できる部下を見舞いに来たのが本当に裏切った智の敗因だった。


「分かっているんだろうな、楠木智。貴様の行動はライテラ計画を根底から突き崩すものだ。ここまで動いた状態で彼女を欠けば計画は瓦解する」

「むしろそのつもりでしたよ中佐。ええ。こんな計画そのものが間違ってる」


 挑発的な言葉を投げながらも、智の視線はグレイスの手元に集中している。

 推定だが、理屈はエーテルライフルと同じ。エーテルの弾丸を飛ばすものだ。


 だが引き金を引いて弾を撃つという銃の宿命からは逃れられない。サイボーグの動体視力ならば、引き金を引く瞬間も見切れる。


 問題は、相手もサイボーグであること。

 発射のタイミングは見切れても弾道までは無理だ。

 この距離で、自分の瞬発力が相手の照準能力を上回るとは自惚れられない。

 どこを狙ってくるか。狙いを絞り込ませないと行けない。


「ほう?」

「過去に自分の都合の良い情報を送って出来事を変える。当たり前だけど、変える前の方が良かった人もいる。人間社会の中でこの技術を使うのはどう考えても危険だ」

「そんな事は百も承知で参加したのだろう」

「そう。他人を踏みにじってでも叶えたい願いが有った」


 そしてそれはもう失われた。正確には叶えても意味がない物だと理解してしまった。

 例え叶ったとしても、いずれ元に戻される。他でもない、姉の手によって。その確信が有った。

 何度だって令は、この選択をするのだと。


「澪ちゃん。君はーー」


 警告はなかった。

 問答無用で智の額を狙った一発。

 グレイスも分かっていた。

 今智が口にしようとしていることは彼女自身がこれまでの願いを捨て去るに値する情報だと。

 それを澪が聞いた時、同じ様にライテラ計画への協力を取りやめる可能性は否定できない。


 故に喋らせない。

 例え十年を共にした部下であろうと殺す。

 ライテラ計画が達成した暁には、その死だって無かったことに出来るのだから。


 と、考えるのは智にも分かっていた。

 余計なことを喋らせないように一撃で仕留めに来るだろうと。

 ならば狙うのは頭か胴。しかし胴体は見張りから奪ったジャケットがある。

 本来は対テイザー銃用の電圧を軽減させるためのジャケットだが、結構な厚みがあるので防御力も高い。

 とは言え万一貫通したらその背後には澪がいる。


 そのリスクは絶対に避けるだろうと思った。

 だから頭部狙い。そこまでわかれば、避けられる。


 髪の毛が焼かれた匂いがする。

 奪ったテイザー銃を抜き放つ。


 避けられた事に気付いて、グレイスが再び撃とうと銃口を智へと向けようとする。


「だめ!」


 眼の前で殺されそうになっている知己の姿を見て、澪は咄嗟に制止した。

 澪の声に、グレイスは一瞬迷った。

 ここで智を殺して、澪が協力を拒否しないかとでも思ったのか。

 それとも第三者から止められたことで、自分の中に僅かに有った躊躇いが首を擡げたのか。


 理由は定かではないが、その動きに一瞬の遅滞が生じた。

 そこに智の一手が差し込まれる。


 テイザー銃を発射。端子がエーテル拳銃に食らいつく。

 高電圧は拳銃を破壊し、それを握ったグレイスの右手も機能不全に陥らせた。


「むっ!」


 智も負傷しているが、その程度は痛覚を遮断して数分程度ならごまかせる。

 グレイスは汎ゆる面で智を上回る能力を発揮していたがーー片手であしらえる程差があるわけでもない。


 痺れて使い物にならない右側から積極的に攻め立てて。


「こっちだ!」


 大勢の足音。増援。それに気を取られたのは智もグレイスも同時。

 だが、そこまでの積み重ねに差が有った。その僅かに気を取られたタイミング。

 智が散々に突き崩そうとしたグレイスの守り。それが遂に緩んだ。


 グレイスの対応能力が飽和したタイミングでテイザー銃の二発目。

 今度は太ももに突き立てられた端子。流される電流にグレイスも膝を屈した。


「楠木……!」


 捨て台詞を言う余裕もなく、顎を蹴り飛ばして意識を奪う。

 と言ってもすぐに復活するだろう。サイボーグはタフネスなのだ。

 

「こちらへ……」


 視界の片隅で澪が連れて行かれる姿見える。

 更に通路の向こうから来る歩兵の姿。

 中には歩兵戦に特化したサイボーグの姿も見える。サイボーグ陸戦隊。日陰部署もいいところだが、こういう時には滅法強い。


 勝ち目がない。


「澪ちゃん!」


 声が届いたのかも定かではない。

 あの人の壁を超えて攫う? 無理だ。そこまでは何とかなってもサイボーグ陸戦隊は絶対に突破できない。


 時間切れだ。

 もっとスムーズに運ぶ手段が有ったのではないかと悔やみたくなるが、もう遅い。


 逃げるしか無い。

 

 澪を連れていけないのは無念の極みだが、自分だけでも第三船団へ行く。

 姉の日記の内容を、東郷仁に伝えなくてはいけない。


 後ろ髪を引かれる思いで、智は走り出す。


 艦内に鳴り響く警報。

 急がないと、格納庫が閉鎖される。

 そこだけが唯一の智の脱出口なのだから。


 だが対ASID戦闘以外の警報など訓練以外で見ることなど滅多にない。

 明らかに対応の動きが遅い。

 その訓練不足が智に味方した。


 どうにか封鎖直前の格納庫へと滑り込む。整備士たちもどう対応するのかマニュアル片手にやっているのでもたつくのもさもありなんといった所だ。

 痛覚遮断の限界が来た。智の肩が焼きごてを押し付けたように熱い。


「楠木少尉? この警報何が有ったんですか……って肩! 怪我してますよ!」


 馴染みの整備士が心配そうに駆け寄ってくる。

 本当に良いやつだと思いながら、その鼻先にテイザー銃を突きつける。


 本当に、自分は嫌なやつだと思いながら。


「こういう事だ。軍曹。機体を出すから床に転がされたくなければおとなしくしていろ」


 智の余分のない直球の脅しに、哀れな整備士は無言で頷いて両手を上げた。


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[一言] 流石に無理だったか……でも、これで繋がった あとは……
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