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26 選択の時2

 姉が未来を知りながら何故そんな道を選んだのか。

 動揺著しい智は日記から眼を上げた。


 続きを読むのがさっきとは別の意味で辛い。


「そもそもどうして2つも見えたんだ……?」


 そこからして分からない。

 智自身は一秒先を予測できるエースではない。

 それでも理屈は知っているし、その性質も知っている。


 複数の可能性が見えるような類の物ではないこと。それだけは確かだ。

 人一人が見る未来は一つだけ。

 だとしたらこれはライテラ計画は無縁の、ただの夢だったのだろうか。


 いや、そもそも衝撃的な内容に動揺して智の頭からも抜け落ちていた。

 エースの未来予知はそのエース当人が送った内容だ。

 すなわち、令が死んでしまった今、令に向かって過去へ情報を送る人物が居ない。


「いや、澪ちゃんなら送れるのか?」


 同一の魂を持つという澪ならば、その前世とも言える令に送ることが出来るかもしれない。

 だがそうだとしてもやはり2つの未来というのはおかしい。

 特に日記には一つには自分が居なかったーー翻って一つには令がいる未来だったということ。


 その未来はあり得ない。

 はずだ。


「分からない……こういう話はハロルドさんに聞くべきなんだろうけど」


 流石にこの軟禁状態で会えるとは思えない。自分が彼の警護をしているのならば絶対に会わせない。


「……続きを」


 読めばなにか分かるかもしれない。

 その未来の具体的な物も。


 そう思い、智は先を読む。


 読んで理解した。


「ああ。そうか」


 智の唇から漏れたのは、納得の溜息だ。長く、疲れ果てたような、そんな溜息だ。


「私のやってきたことは、無駄だったのか」


 日記を最後まで読み切った智は、令の選択の意味を理解した。

 自分にはその気持ちを完全には理解することが出来ない。

 或いは、自分が先程まで抱いていた物と同じものかもしれない。

 確証はない。 


 だけど意味は分かった。

 大事な人を助けるために、己の全てを投げ出したのだと分かる。


 そして未来の内容はともかく、2つの未来を見た理由も垣間見えてきた。

 本当にそうなるのかはそれこそハロルドくらいにしかわからないだろう。

 だが智でも仮設は立てられる。


「東郷仁は、この事を知っているのか……?」


 いや、と智は口に出してから思い直す。

 知らないはずだ。

 もしも知っていたのならば、智も見た物がああなっているはずがない。

 仁はこの事を知らないのだ。


 伝えなければいけない。仁と、そして澪に。

 今智が知ったこの情報を。


 同時に、この2つの未来を回避した別の道が選べないか智は考える。

 程なくして、無理だろうという結論が出た。

 宇宙に旅立って以来、人類は飛躍的に進歩した。

 それでもまだ手の及ばぬ領域がある。


 時に干渉する術さえ得ようとしている人類であっても命だけはどうにも出来ない。


 だから。

 智もまた選ぶしか無い。

 再び、天秤に載せられるのは令と澪。


 だけどその意味はさっきまでとは違う。


 智は魂の基が誰であろうと無関係だと断じた。別人であると。

 だけど令はそうは考えなかったのだろう。同じ魂を持つ二人は同一人物であると考えたのだ。

 だからこその決断なのだと智は感じる。


「もしも姉さんを選んだなら。きっと姉さんは怒るんだろうな」


 怒った姉の姿は想像できない。

 出来ないのに何故か一生口も聞いてもらえないという確証が有った。


「それは、嫌だな」


 涙が溢れる。


「私がやってきた事に意味なんてなかった」


 己の半生を無意味だったと智は口にする。

 知らず、涙がこぼれて智の端末を濡らす。


「姉さんの守りたかった人をただ危険に晒しただけだった」


 これまでの全てが令の最後の決意を踏みにじる行為だったと知ってしまった今。

 智がライテラ計画に協力することは出来ない。

 他人の覚悟を、決意を、選択を踏みにじる事に躊躇いはなかった。

 それだけの願いがあった。

 でも、他でもない姉の願いだけは無かった事に出来なかった。


 戦う理由も根こそぎ折られた。

 もう一度姉に会いたい。

 その一心で罪を重ねてきたのに、その願いはどうやっても叶いそうにない。


 ここで座していればハロルドは澪の協力を得て、ライテラ計画を完遂する。

 そうなれば令の最後の願いは今度こそ完全に踏みにじられることになる。

 例えそれがなかったことになるのだとしても。

 少なくとも、澪にももう一度選択をさせるべきだと智は感じた。


「……行こうか」


 手の甲で涙を拭って智は立ち上がる。

 これからやろうとすることは明確な反逆だ。


 まして、確実に警戒されているだろう。元々の不審な行動ーー結果的にそれが正解となってしまったのだから。

 それでもチャンスは今しかなかった。


 第三船団を離れてからの時間を計算する。

 まだ、この時間ならば戻れる。


 智の機体に装備されたオーバーライトユニット。あれの片道ギリギリだ。

 タイミングの良いことに、最終調整も終えている。

 

 時計を見れば、自分がハロルドの部屋を訪れてから今まで約二時間。

 自分が軟禁されたことを全艦に通達しているか。

 智の予測は否。たかだか一パイロットの事だ。

 精々部隊に通達されている程度だろう。

 だけど長引けば自然と他の人間も察する。それなりに広い艦内だが、大半の人間と三日に一度くらいは顔を合わせるのだから。


 だからやはり短期決戦しか無い。


 問題はどうやってここから出るかだ。

 当たり前だが、扉はロックされている。

 智は歩兵戦用のサイボーグではないので純粋な腕力ではこじ開けることが出来ない。


 となると、手は一つしか無い。

 古典的すぎて笑えてしまうが、姉だったらきっと歴史が効果を証明してくれますよ! と太鼓判を押してくれるだろう。

 そんな想像に口元を緩めて、智は一芝居始めた。


「あ、開けて! 開けてくれ!」


 なるべく悲壮感たっぷりに聞こえるように、必死になってドアを叩く。

 この作戦、見張りか偶然通りかかった人が居ないと意味がない。

 幸い、何の見張りもなしに放置はしなかったらしい。


「うるさいぞ、おとなしくしてろ!」

「ちが、違うんだ! 空調が! 空調システムが止まってる! 空気が循環していない!」


 真空を進む宇宙艦の中で、空調システムが停止した。

 それはつまり空気が酸素が供給されないということ。サイボーグと言えど完全な無酸素では生存できない。


「頼む、早く開けてくれ!」

「嘘を吐くな。管理システムに異常は出ていないぞ」

「嘘なもんか! 頼む……酸素が薄くなってきた……」


 扉を叩く音も弱々しく。

 実際に智は自分の酸素供給量を制限していた。本来は低酸素環境でも活動に支障を出さないためのものだがそれを逆転させて本当に低酸素状態を作り出したのだ。


 演技とは思えない息苦しさを訴えることに、向こうも慌てたのか。

 扉が開く。


「おい、大丈夫か!」


 素直な相手を騙すのは心苦しいが、智も必死だった。


「悪いね」


 酸素供給量を一瞬で元に戻し、入ってきた見張りの背後へ組み付く。

 頸動脈を締めて酸素の供給を断ち切る。


「酸欠ってのはこういうふうになるからあんな元気には叫べないと思うんだ」


 一瞬で昏倒した見張りの手足をタオルで縛り、轡を噛ませる。

 これでしばらくは逃走をごまかせるだろう。

 むしろこれに気づかれる前に事を済ませなければどのみち智の負けだ。


 見張りからテイザー銃と耐電ジャケットを拝借して智は澪の部屋へ向かう。

 そこにいる見張りは顔見知りだ。

 いつもなら会釈で澪の部屋に入れるのだがーーやはりと言うべきか。ここにだけは通達が行っていたようだ。

 問答無用で相手もテイザー銃を構える。


 だけど遅い。


 見張りはサイボーグ化手術を受けていないようだった。受けていても最低限だろう。

 エースパイロットに追いつくために全身ガチガチに改造された智は、パイロット用の施術とは言え常人を遥かに超えた身体能力を発揮できる。


 放たれたテイザーの端子を、壁を蹴って走ることで躱した。

 一歩、二歩。壁を蹴った勢いのまま、見張りの一人に膝を叩き込む。

 同僚が後ろにすっ飛んでいったのを尻目に、もう一人もテイザー銃を構えるが遅い。

 懐に入り込んだ智はそのまま掌底で顎を打ち、ぐらついたところに回し蹴りを叩き込んで昏倒させた。


「よし」


 同じサイボーグ兵士が居たらここまで簡単に事は進まなかっただろうと思う。

 その点は幸運だった。

 目撃者も居ない。監視が異常に気づくまでが勝負だ。


 澪の部屋のロックを開放して中へ身体を滑り込ませる。


「智さん……?」

「やあ澪ちゃん」

「今、命令違反で軟禁されてるって聞きましたけど」

「ああ、うん。不幸な行き違いが有ってね……」


 嘘から出た真と言うかなんと言うか。

 こういう時、気を利かせた言葉を言えないのが少々悔しく思いながら智は言う。


「取り敢えず、君を保護者の元に帰しに来たよ」


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― 新着の感想 ―
[一言] ふむふむ、何か理由があったんですね もしかして、って思う所はあるけど……
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