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11 親子喧嘩4

 地面に叩きつけられた父親の機体を見つめる。

 

 仁がプリンセスタイプと呼んだASID――即ち澪の本体。

 その胸部は疑似生体を収めるためのスペースが存在する。

 意思伝達をスムーズにする為に高濃度のエーテルで満たされたそこに、澪は揺蕩っていた。

 

 疑似生体の瞼は緩く閉じられているが、今の澪にとって本体の感覚器はそのまま己の五感だ。

 しっかりと、眼下の光景を目に焼き付ける。

 

 かなりの衝撃があったはずなので失神するかと思った。

 ぼろぼろになった機体のコックピットハッチから這い出た仁の姿が見える。

 

 この高度にまで人の声は届かない。

 それでもその口の動きから何を言っているのか分かってしまう。

 

 視線を逸らす。

 代わりにシップ1を見渡す。

 

 八年間――いや、実質己の生涯のほとんどを過ごした地だ。

 唯一の故郷と呼べる場所だ。

 街角一つ取っても思い出がたくさんある。

 

 仁との思い出が。

 シャーリーとの思い出が。

 守との、エミッサとの、雅との。

 その他大勢と過ごした日の記憶が残っている。

 

 その街が燃えている。

 澪と仁の戦闘で崩落した建物。

 それ以前のメイ達の戦闘での損壊。

 そこから発生した火災。

 

 市民はあらかた避難を終えているのが救いだろうか。

 

 燃えていく。

 澪の思い出のある街が。

 

(でも、本当は――)


 その思い出は、自分じゃない人が刻むべき物。

 

 智から聞いて分かってしまった。

 自分が我が物顔で使っていた部屋が、家具が誰のものだったのか。

 自分の家だと思っていた場所が本当は誰の為に用意された物だったのか。

 

 気付いてしまったら、それまで通りで何て居られない。

 自分が奪ってしまった人の居場所は、自分の手で返さないと。

 

(うん。それが正しい。だって私は、きっと生まれてきちゃいけなかった)


 怪物だから。

 人に害を成す化け物だから。

 

 それが人みたいな生活を出来ただけで幸せという物だろう。

 

 怪物なのに。

 人に害を成す化け物なのに。

 

 それが人みたいな感情を抱いてしまったのが不幸という物だろう。

 

 でもどうか、と澪は願う。

 この場所は返します。

 本来刻むべきだった思い出は貴方の物です。

 でもどうか。それまでの間だけは私の物にさせてください。と。

 

 成すべき事を、過去を変えるその時までは自分の思い出としたい。

 その思い出を抱きながら消えてしまいたい。

 

 本体の感覚器が接近する機体を捉えた。

 

 その機種は確か。

 

(レオパード……)


 ずっと昔にシャーリーから教わった事。旧式に属する部類の機体だと思い出した。

 

 シャーリーは無事だろうかと澪は思う。

 最後に一度会いたかったと思う。

 でもきっと会わないで良かったのだとも澪は思う。

 会ってしまったら、やはりどう責められるか分からない。

 責められたら耐えられない。

 

 二機のレオパードがエーテルライフルを構えてこちらへ向かってくる。

 撃墜された仁を助けようとしているメイと守の機体だが、そんな事は澪には分からない。

 ただ澪の感覚としては、こんな風に急行してくるのなら、自分の正体に気付いたあの日も、こうしてきてくれたらよかった。

 そんな思いを抱くだけだ。

 

 髪に意識を流し込む。

 澪の意に忠実なそれらは、癒着して一枚の帯となりエーテルの弾丸を弾き飛ばす。

 

 更に接近して。互いの姿が目視で確かめられる距離になった頃。

 相手の動きが乱れた。

 

 特に後ろに居た機体の動揺が激しい。

 先を居た機体も動じている様だったが、瞬時にそれを抑え込んだ。

 

 再びの射撃。

 しかし先ほどと違って手足を狙ったものに切り替わる。

 

 その行動に疑問を覚えつつも澪は再び己の髪で防ぎ。

 

(……邪魔だな)


 投げやりな気持ちでそう考えた。

 むしろ、八つ当たりと言ってもいい。

 お前たちがあの日仕事をしていれば、自分は本当の事に気付かずに済んだかもしれない。

 そんな何の意味もない、八つ当たり。

 

 その意思を反映して、乱雑とも取れる軌道を描いて髪が舞う。

 攻撃用に変化した極細のワイヤーとなった髪で先頭のレオパードを一瞬で切り刻む。

 仁に対した攻撃と違って何の容赦も呵責も無い。

 コックピット周辺が無傷だったのは単なる結果論だ。

 この時澪の頭の中に搭乗者の無事何て欠片も意識していなかった。

 

 四肢を失った機体が落下していく。

 

 それを見届けることなく、後ろのもう一機を狙う。

 ライフルを構え。

 しかしそれを下ろした。

 

 その行動に疑問を持ちながらも、切り刻んでやろうとして――。

 

 相手のコックピットハッチが開いた。

 何て自殺行為と、澪は困惑しながらも動きは止めない。

 だけどそこに居た姿を見て澪は固まる。

 

(とーや君……?)


 訓練生のハズの彼が何故ここに? という疑問。

 じゃあ。と今しがた撃墜した機体に再度視線を向ける。

 守が単独で出撃何て出来る筈がない。訓練生だけで出撃何て無いと、細かい知識など無い澪にも分かった。

 

 だったら。

 今、死んでも構わないと落としたこっちの機体に乗っていたのは。

 

(メイおねーちゃん……?)


 その命を守りたくて。

 だから今自分はここにいるのに。

 

 だと言うのに今自分はそれを台無しにしようとした。


 関係ない。だって全て無かった事になる。

 例え死んでいたとしても。

 

 分かり切った事だ。

 分かり切ったことなのにどうして。

 どうしてこんなにも胸が痛いのか。


 何か、守が叫んでいる。

 唇の動きを読めばきっと何を言っているのか分かる。

 

 だけどその言葉を聞くのが怖くて。

 何を言われるのか恐れて。

 

 脇目も振らずにソラを目指す。

 ここには居たくない。

 

 天頂スクリーンを突き破って、真空に飛び出して。

 

 鋭い意志を感じた。

 同族にしか伝わらないコミュニケーション。

 

 叫んでいる。

 

 そこに込められた物はきっと仁と同じ。

 

 その感情を押し退ける様に叫び返した。

 あるべき姿に戻すだけだと。

 

 伸ばされた手をすり抜ける。

 押し返そうと、髪が相手を襲う。

 

 その全てを相手は長剣で切り裂き、籠手で弾いた。

 

 だがその一瞬で十分。

 僅かに見せた隙を逃さず、澪は更に進む。

 

 そこには――第二船団のロンギヌス級。『トリシューラ』が待ち構えていた。

 

「おかえり、王女様。召し物は仕立て直せたかな?」


 ハロルドの揶揄する様な声にちらりと一瞥をくれて、その甲板に澪は着艦する。

 

 最初に見た時よりも随分と数が減ったと澪は思った。

 その大半は恐らく――人型ASIDの手によるもの。

 

 可哀そうなことをしたと澪は思う。

 第二船団にも。

 人型ASIDにも。

 

 無益な戦いだった。

 無意味な戦いだった。

 

 そう遠くない未来。

 この戦い自体無かった事になるのだから。

 

『私の本体と、私自身が完全に接続された。これであのスタルトのリアクターを使って貴方のライテラを動かすことが出来る』

「それは重畳。しかし盲点だったと言うべきか……疑似生体を得た事で本体との接続が弱まってしまうとはね」


 何やら考え込み始めたハロルドに澪は溜息を吐く。

 その思索癖は別に普段は無視しているので気にならないが――今はそうもいかない。

 

 人型ASIDはじっと第二船団艦隊を睨んでいる。

 というよりも、澪を睨んでいた。

 その視線を真っ直ぐに受け止められず、視線を逸らす。

 

 逸らした先には第三船団艦隊が包囲を狭めている。

 随分と数が多い。

 スタルト討伐の為に出撃した艦隊の残りもここに集結した様だった。

 

 端的に述べれば囲まれている。

 そんなところに長居をしたいとは澪には思えなかった。

 

 澪が最後の乗客のはずだから、もう何時でも出発できるはずだ。

 

『もうこの船団には用はないでしょ。早く行きましょう』

「うむ。確かに。では行こうとしようか。我らの約束の地へ」

『……長居をするつもり何て無い。一日でも早く、みんなの願いを叶えて』


 叶えて、そして終わりにして欲しい。


 オーバーライトが開始される。

 オーバーライトジャマ―は第二船団の独占技術だ。

 

 第三船団にも人型ASIDにもその跳躍を防ぐ術はなく――。

 

 第二船団艦隊は姿を消した。

 

 その瞬間まで澪はずっと第三船団に視線を向けていた。

 ずっと、ずっと。

 

 残されたのは睨み合う第三船団の艦隊と、人型ASIDの軍勢。

 そして無数の残骸だけだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一瞬、守が真主人公ムーブかましてくれたらどうしようと思ってしまった。
[一言] 壮大な反抗期だなぁ(白目) 後には引けないのわかるけどハロルドは失敗することを考えてないな 確信というよりは妄信かな?日記読んで正気度喪失しちゃったかなぁ…
[一言] あー、ダメだったか…… 第3船団と人型ASIDはどうなるかな?共闘は無理だろうけど、争う理由は無いし でも、澪ちゃんが自分を生まれなかったことにしたら、ライテラ計画も破綻するような?
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