06 メインシップ奪還作戦6
流れ弾で既に市街地の道路は荒れている。
そこを車で移動するのは困難だ。
故に守は車両ごと抱きかかえてレオパードを走らせる。
乗り心地が良いとはお世辞にも言えないが、今は我慢してもらうしかない。
その背を狙うレイヴンの射撃を、メイはシールドで防ぎながらライフルの銃口を向ける。
途端にビルを陰に隠れる。
徹底して嫌らしい。
「……まあどの道撃てないんですけどね、私は」
市街地への流れ弾を抑えたいという気持ちもある。
だがそれ以上に――覚悟を決められない。
先ほどの射撃も武装を狙った物だった。
流れ弾を避けながら武装だけを狙うとなると、射撃の腕は平凡レベルのメイでは役者不足だ。
パイロットも誰かの子供だと思うと、自分の息子の顔がちらつく。
そうなってしまえばどうしたって撃ち落せない。
そう言う意味では、やはりメイは軍人に向いていなかったのだろう。
何時だったか、コウは言った。
任官しなくて正解だったと。
どういう意味かと思った物だが、自分の夫の方が自分をよく理解していたのだろうと今更思う。
相手を撃ち落とす事は出来ない。
かといって、未熟な守にそれをさせるわけには行かない。
自分程度で磨けているのかは甚だ疑問だが――兄と同じく守の才能も極めて高い。
或いは、年齢的な事も考えれば兄以上かもしれない。
そんな彼をこんなところで死なせるわけには行かない。
それだけじゃない。
人間相手に射撃したことがある防衛軍の人間というのは殆どいない。
現役時代、一度も人相手に発砲しないパイロットの方が圧倒的に多いのだ。
それでも、その数少ない経験者は口を揃えて言うのだ。
撃った前と後では違うのだと。
その一射が頭から離れなくて戦う事が出来なくなって退官した者も多い。
義弟を、そんな風にしたくはない。
成功率だけを見れば守を前に立たせることが一番だろうが、それを選べないのがメイの甘さだった。
「でも仕方ないですよね」
自分よりも他人を守りたいと思ったから。だからメイは訓練校に飛び込んだ。
その心根は今も昔も変わらない。
シールドでまたライフルの射撃を防ぐ。
段々と距離を詰めてきている。
当然の話だが、近ければ近いほど射撃は当てやすい。
距離が近かろうが遠かろうが、大体一緒だよとかいう妄言は気にしてはいけない。
「……何か年々ユーリアが人間離れしてる気がしますね」
余計な事を考えていたせいで、足元がおろそかになる。
危うく避難中の市民を踏みつぶしそうになり、バランスを僅かに崩す。
相手はその隙を見逃してくれなかった。
一気に距離を詰めて、エーテルダガーを抜き放つ。
「こんな所で……近接戦何て!」
シールドでその一刀を受け止める。
受け身のままでは落とされる。
そう察したメイは自らもエーテルダガーを抜いて応戦した。
刀身は短めに。少しでも周囲への被害を抑える様に。
シールドを上から被せる様にして相手の腕を抑え込む。
道路に突き立てられたエーテルダガーの切っ先が、道路を溶かしていく。
それを握った腕の肩を、メイ機のレオパードが差し穿つ。
エーテルの伝達系が寸断され、相手の腕が機能を停止した。
よし、とメイは心の中で小さくガッツポーズ。
片腕を潰せた。これでこの機体は火力が半減だ。
もう一機はと視線を巡らせると、守機の背を狙っている。
「守!」
注意を促しながら、メイは自らの機体を跳躍させる。
シールドを掲げたタックルに追っていたレイヴンは姿勢を崩し、守への狙撃は阻止できた。
しかしその代償は大きい。
完全に姿勢を崩したメイ機を狙った狙撃。
咄嗟に防ごうとしたら間に合わない。
コックピットに近い胸部を貫かれ、シールドを装備した腕が機能停止した。
「……不味い」
シールドは結構重い。
それを装備した腕が機能停止したという事はパージも出来ない。
完全なデッドウェイトとなってしまった。
守への攻撃を防ごうとするには、もう自らの機体を盾にするしかない。
「……コーティングを偏向させれば二発三発は耐えられますかね」
だがそれ以上は防げない。
決めるべきだった。
相手か自分たちか。
どちらの命を捧げるか。
そんな選択はしたくなかった。
出来ればずっと先延ばしにしたい。
だが選択を強いられるのならば、答えは決まっている。
帰りを待っている子供が居る。
帰りを待っている旦那が居る。
撃ったらきっと自分も変わる。
帰った後純平を抱き上げられるか分からない。
それでも。
「姉貴!」
「っ! 馬鹿!」
守が戻ってきた。
車両は無事な道路が続いてきたところにおいてきたらしい。
通信塔目掛けて走り出すのが見えた。
義理の姉の窮地に、駆け付けたのだ。
自分が未熟な事は百も承知。
それでもジッとはしていられなかった守。
だが相手のレイヴンにとって敵がどんな人間でどれだけ未熟かなんて関係ない。
メイが中破させたレイヴンのライフルが向けられる。
それに応じる様に守のレオパードもライフルを構えた。
ほぼ同時に発砲。
――守のライフルの銃口は震えていた。虚空へとその射撃が伸びていく。
対してレイヴンの射撃はきっちりと守のライフルを撃ちぬいた。
そのままコックピットを撃ち抜かれなかったのは守が咄嗟の回避行動を取ったからだ。
あの距離で、敵の射撃を見切ったセンスは感嘆に値する。
カバーに入りたいが、もう一機がメイの邪魔をする。
慌てて守もシールドを構えて、敵の射撃を防ごうとするが相手の二射目の方が早いだろう。
何かを言おうとメイは口を開きかけて。
だが肺が息を吐きだすよりも、きっとトリガーを引く方が早くて。
だからこそ、そのタイミングで天から降り注いだ輝きにレイヴンのライフルが貫かれた時は理解が追い付かなかった。
道路に刻まれた孔。
自らのライフルを撃ち抜かれたレイヴンがその視線を天に向けた瞬間。
新たな鴉が舞い降りる。
エーテルダガーを抜き放ちながら飛び込んできたレイヴンは、着地と同時に目の前のレイヴンの両腕を切り落とした。
相手が反応するよりも速い業。
一瞬で両腕を失い体勢を崩したレイヴンは、下がる事も許されず頭部を切り落とされ戦闘能力を失う。
突然の乱入者にメイを抑えようとしていたレイヴンはビルの陰に隠れて仕切り直すことを選んだ。
その逃亡者へ、乱入してきたレイヴンはエーテルダガーを振るう。
直接エーテルダガーの形状を操作することで、その刀身はまるで蛇の様にうねりながらビルの陰に隠れた敵へと食らいつく。
被弾して倒れて来たレイヴンは、如何なる攻撃を受けたのか頭部と両腕を破壊されていた。
そんな芸当出来る事が出来るのを、メイは一人しか知らない。
「コウ!」
「本当にメイだったのか。レオパードなんているから何かと思ったら……」
困惑気味の声が帰ってくるが困惑しているのはメイの方だと思う。
「そっちこそどうしてここに」
仁の居る三隻の艦隊にコウがいるとは聞いていない。
ランダムにオーバーライトした以上、船団の現在位置は不明なはずだ。
だからこそこうしてメイ達がビーコンの発信の為に通信塔へと走っていたのだから。
「……話すと長くなるんだがな。というか正直俺にもどうやっての部分は良く分かっていない。兎に角、船団に来たらこの有様だったからな」
「ほら、やっぱりメイだったでしょう」
内部で交戦しているのを見て、ユーリアが咄嗟に援護射撃したらしい。
あそこで戦っているのは絶対にメイだと言い張って。
だがその外壁抜きの狙撃が無ければ、コウの乱入が無ければメイも守も危うかった。
「もう最高です! 惚れなおしました! 守! 甥か姪が増えますよ!」
「その報告要らねえ!」
「何だ、そっちは守か……しょぼい動きの奴がいると思ったら」
「まだ一年も訓練してないんだから大目に見てくれよ兄貴……」
「戦場で同じ言い訳を聞いて貰えるか楽しみだな」
兎に角、予想外のことは合ったが通信塔は守れた。
これで他船団への救援要請も、残存艦隊の招集も可能となった。
通信塔から、ビーコンが発信された。
極短時間。長時間は他のASIDも誘引する可能性がある。
それでも手ぐすね引いて待っている残存艦隊にはその一瞬で十分だろう。
その事実で船団近郊宙域での戦いも新たな局面を迎える事となる。




