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27 後継者1

 その姿を見た瞬間に澪は全てを理解した。

 

 より正しく言うのならば、思い出した。

 

 澪が今の身体に己の意識を移した際に、欠損した記憶。

 本来の身体と同期したことで、失われていた記憶が蘇る。

 

 それは――仁と出会う前の記憶。

 東郷澪が、そう呼ばれるよりも前の記憶だ。

 

「……あ」


 その記憶は、東郷澪として生きて来た記憶よりも短い。

 だが一瞬で己の自意識を塗りつぶしていく。

 自己の定義が書き換えられていく。

 

「やだあああああ!」


 叫ぶ。

 自分と言う存在が何なのかを理解してしまい。

 理解させられてしまい。

 東郷澪としての八年間が彼女を絶叫させる。

 

「わた、しは」


 その瞳が紅く輝く。

 それに呼応するように白い人型ASIDのカメラアイも紅く輝いた。

 

 分かってしまう。

 目の前に居るのが本来の己であると。

 この巨体もミオであると。

 

 だとしたら今ここにいる自分は何なのか。

 この人間の様な姿をしている自分は。

 

「人間じゃなくて――」


 その決定的な言葉を口に仕掛けた瞬間。

 サソリ型が動く。

 

 最早メイには目もくれず。

 澪を真っ直ぐに見つめている。

 残ったハサミで澪をつかみ取ろうとするのを、白い人型が阻んだ。

 

 その動きは澪の防衛本能に基づいた物。

 咄嗟に身を守ろうとした澪が動かしたのだと、彼女は自覚していた。

 

 ならば、意識的に動かすことも出来る筈。

 千々に乱れた思考の中で澪は一つの指針をどうにか取り戻す。

 

 みんなを守る。

 例え自分が何であったとしても。

 例え皆が自分をどんな目で見たとしても。

 自分が何をするかは自分で決められるのだから。

 

「メイ、さん」


 胸の痛みに耐えながら、澪はそう呼ぶ。

 人ならざる身で、メイを姉と呼ぶ事なんて出来ない。

 

「動けるのでしたら皆を連れて逃げてください。ここは私が食い止めます」


 彼女たちに背を向けたまま。

 澪はサソリ型を睨む。

 

 逆恨みだ。

 コイツさえいなければ。

 澪は己の正体に気付く事は無かった。

 

 否、そもそも澪の放つ命令に従ってさえいれば。

 正体に気付くことは合っても目を瞑れた。

 まだ人間の輪の中に居られた。

 

 だけどこうなってしまったら、もうその輪の中にはいられない。

 

 振り向けない。

 みんながどんな視線を向けているのか分からない。

 それを見るのが怖い。

 

 もしもその視線に怖れがあったら。

 そう考えるだけで澪の首は固まったように動かない。

 

「何言ってんだ東郷。お前、それじゃあまるで」

「言わないで下さい。東谷さん」


 それ以上、言って欲しくなかった。

 守にそれ以上の言葉を言わせたくなかった。

 きっとそれはどちらも傷つくだけだと澪にも分かっていたから。

 

 そしてもう一つだけ。澪が我儘を言うのならば。

 

「見ないで下さい」


 どうかお願いします。

 

「私たちを見ないで」


 こんな姿を彼にだけは見られたくない。

 

「エミッサさん、雅さん」


 後ろで、二人の気配が動いた。

 そんな事を感じ取れる位に今は研ぎ澄まされているのか。

 それとももっと精度の高い感覚器を積んでいる本体がその情報を送ってきているのか。

 

 今の澪にはもう、その区別が付けられない。

 

 どちらかが本物でどちらかが偽物と言う訳ではないのだ。

 

 あのミオの機械の身体も。

 この澪の生身の身体も。

 どちらも本物で己の身体なのだ。

 

「ごめんなさい」


 こんなことに巻き込んでしまって。

 今までずっと自覚は無いけど騙してしまって。

 

 本当はもっともっと言いたい事があったけど。

 

 でも一番に言うべきはこれで。

 そして伝えるべきもこれだけだった。

 

 その返事は聞きたくない。

 どんな罵詈雑言が飛んでくるか、覚悟していても聞きたくはない。

 

 だから吠えた。

 

 ミオの金属質な叫び声が、あらゆる音を掻き消していく。


 純平の声が。

 エミッサの声が。

 雅の声が。

 メイの声が。

 守の声が。

 

 澪の叫び声が。

 

 全て全て掻き消されていく。

 

 負けじとサソリ型が吠えて。

 その顔面目掛けて澪は拳を振り上げる。

 

 どこかに行ってしまえ。

 

 初めて感じた排斥の思いにミオは応えた。

 

 白い巨体に輝きが灯る。

 エーテルの光。

 澪の魂が燃やす命の火。

 

 それを拳の一点に集中させて、一気に振りぬいた。

 

 サソリ型の顔面が潰れる。その巨体が宙を舞う。

 数十トンと言う質量がシップの人工重力に引かれて落下を始めて――途中で止まった。

 

 何時の間にか細くて見えない、ワイヤーの様な物が張り巡らされている。

 その起点は、ミオの髪状のパーツだ。

 それが無数に伸びて、サソリ型を縫い留めているのだ。

 

「許さない」


 怨嗟の声が漏れる。

 憎い。

 これが憎むという事かと澪は理解した。

 

 何かを憎むというのは初めての経験だ。

 かつて、仁の頬を張った智に対してだって嫌いとは思ったが憎いとまでは思わなかった。

 

「私の前から居なくなって!」


 消えてしまえと思った事は無かった。

 

 その澪の憎しみに同一体であるミオは忠実に答えた。

 

 無数のワイヤー。

 エーテルでコーティングされたそれが一斉に鳴り響く。

 それは弦楽器を一斉にかき鳴らしたような音色。

 

 綺麗な音でありながら、それが齎す物は余りに破滅的だった。

 

 震源地であるワイヤーに触れているサソリ型の筐体が崩れていく。

 黒騎士が持つ長剣と同じ。或いはより高度な振動兵器。

 その対象だけを粉微塵に変えていく終わりを運ぶ物。

 

 数秒と経たずにサソリ型は僅かたりとも原型をとどめず、塵へと姿を変えた。

 

 背後にはまだ人の気配がある。

 

「とうご――」


 守が何かを言いかけた。

 或いは、何か行動を起こしかけた。

 

 その機先を制して澪が先に動く。

 ミオの髪状のパーツ。そこが素早く動き、澪の背後に一筋の線を刻む。

 一瞬で道路に深く刻まれたそれに、守も歩を止めた。

 

 その一線こそが決して超えられぬ物だと示すように。

 

「さよなら」


 ミオの掌に澪は飛び乗る。

 大丈夫、飛べるという確信が澪にはあった。

 

 ミオの髪が膨らむように広がって、その巨体が宙を浮き始める。

 

 そのまま滑るような動きで、シップの外壁に向けてミオは飛ぶ。

 誰の視線も無くなって。

 誰にも聞かれる心配が無くなって。

 

 澪は表情をくしゃくしゃにして、だけど涙は零さずに幼子の様に喚く。

 

「助けて……助けて……助けてよお父さん……」


 一番頼りになる相手に。

 宇宙で一番頼もしい父親を呼ぶ。

 

 だが澪も理解していた。

 

 自分は人間ではない。

 ASIDであると。

 

 だとしたら。

 澪の父親である東郷仁は。

 防衛軍の軍人であり、エースパイロットである彼は。

 

「みおは、おとーさんの、敵」


 どうすればいいのか。

 どこに行けばいいのか。

 

 今の澪にはもう何も分からない。

 

 ただここに居てはいけないという事だけは分かっていた。

 ここは人間の世界だ。

 

 人を襲う化け物の自分が居ていい場所ではない。

 エアロックまで辿り着くと、瞬時にそのロックを解析、解除した。

 

 自覚的になった今、電子機器に侵入してその制御を乗っ取る事など造作もない。

 思えば、過去にもこの力は無意識に使っていた気がする。

 

 真空の世界に出る。

 澪は今も生身だ。それでも平気だろうという確信があった。

 もしもこれで死ぬようなことがあればそれはそれで良いと思ってはいたが。

 

 その確信に違わず、澪の身体は真空であっても平気だった。

 少し寒いのと、空気が無いのでちょっと身体が軽いと感じた程度だった。

 

「あは……」


 空気が無いので音は響かない。

 それでも声を発した本人の身体に響く本人にだけ聞こえる音が澪の耳に届く。

 

「本当に、人間じゃないんだ」


 きっと、今傷負えば痛いだろう。血も出るだろう。

 だが、致命傷を負ったら何も感じなくなる。血も止まる。

 

 ある程度までならこの身体は人間のフリをするだろうが、そのラインを越えたらきっと偽装を辞める。

 

 ミオが産み出したこの生身の身体は人間を模してその構造は完全に一致しているが、機能までは模倣していない。

 ミオと繋がった事で澪はそれが分かってしまった。

 

 真空を漂って、自分のポケットから飛び出た鍵をそっと摘まむ。

 

 大事な物。無くしてはいけない、澪の帰る場所。

 ああ、そうかと澪は今更ながらに気付く。

 

「もうあの家に帰る事は無いんだ――」

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― 新着の感想 ―
[一言] やったね 澪ちゃん 気になっていたBが本体はメートルサイズであるよ! …やだとうとう作者が本気出してきた。
[一言] わかってはいましたけど、澪がシドニアのツムギちゃん感が増してきましたね… 時間はいくらでも待つので、梅上さんが納得するまで書いてくださいね!最後まで楽しみにしています!
[一言] おとーさん早く来てー!間に合わなくなっても知らんぞー! なおすでに手遅れ
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