EX04 教えてくれ東郷。移民船団のこと。
「東郷頼む! 宿題教えてくれ!」
初等学校四年目のある日。
拝み倒す勢いの守の言葉に澪は湿度の高い視線を送った。
「またなの?」
「お願いします!」
懇願されて澪は指折り数え始めて、やめた。
こんな言葉を何度聞かされたかなんてもう覚えていない。
少なくとも自分についている指の数よりは多いという確信があるだけだ。
「とーや君、いっつも宿題写してるけどそれじゃあテストの時困るよ?」
困るよ、というか困って泣きつかれたのは何回だろうかと澪はまた数え始める。
こっちは分かりやすい。毎年毎年一学期二学期三学期の中間期末テスト。
今が四年生になったところなので、18回だ。
こちらは辛うじて指の数よりは少ない。この調子だと足りなくなりそうだったが。
「もう、しょうがないなあ。どこが分かんないの?」
「すまねえ。恩に着る……」
「って言うかとーや君前に言ってたよね。運動神経だけで生きていくって」
ふと澪は三年くらい前の守のセリフを思い出す。
あれは確か、エミッサの挑発に乗せられての発言だった気もするが。
「なのに何でここまで勉強頑張ってるの?」
別に自慢したいわけではないが、澪の成績は学年でもトップだ。必然、学力別のクラス分けも一番高いクラスになる。
守もそのクラスに拘らなければここまで苦労することも無いだろうと澪は思う。
言いたくないが、彼の成績でこのクラスは結構背伸びをしている。
「何でってそりゃあ……色々だよ。色々」
「色々」
「何だっていいだろう! それより教えてくれよ。移民船団の構成とか良く分かんねんだよ」
「もう、授業ちゃんと聞いてないからだよ!」
◆ ◆ ◆
・移民船団
現在の人類の居住領域。
150年前に荒れ果てた母星から脱出して以降、絶滅寸前にまで陥ったことへの危機感を覚えた人類が出した解答の一つ。
一千万人単位を居住可能とした移民船の群れを宇宙の各地に分散させることで全滅を避けるという思想の元作られた。
通常の移民船団ではジェネラルアーク級移民船をシップ1とし、アーク級移民船をシップ2以降に割り振っている。
移民船内ではハイパーループによる移動が主となっており、自動車は高い税が掛けられている。
移民船間での行き来を容易にするため、巨大なケーブルがそれぞれを繋いでいる。
中にはハイパーループのチューブや道路を始めとする交通、流通網が敷かれている。
現在は第一船団から第四船団までが存在している。
近年の人口増加に伴い、第五船団計画が始動した。
基本的に各船団はお互いに離れた宙域に位置している。
エーテル通信によってタイムラグの無い通信が可能となっているが、実際に行き来するにはオーバーライトを繰り返す必要がある。
その為、定期的な連絡船が渡されており、船団間を渡り歩くにはそれを利用するしかない。
現在の所、連絡船が行方不明となったのは一件しかない。
各船団はそれぞれの法で動いており、船団が変われば常識も変わる。
一例を挙げると第二船団では肉体の機械化が合法であるが、他の船団では違法である。
第三船団ではナノマシンによる肉体管理が主流であり、第四船団では電脳化による高度情報化社会が構成されている。
第一船団ではそれらの肉体へ影響のある技術は全て規制されており、自然派主義だと言われている。
そうした各船団間の軋轢を減らすための取り決めが移民船団憲章である。
対人戦闘装備の廃棄などはその代表例であり、人類間で戦争を行い今度こそ絶滅する、という様な事態を避けるための物である。
また最終目的はASIDの襲撃無い惑星への移住であるが、ASIDの生息範囲が広すぎる事からそれは叶っていない。
・アーク級移民船
人類が最初に宇宙に出た際に使用された移民船。
全長約十キロメートル。
上半分が居住ブロック、下半分が工業ブロックとなっている。
居住可能人数は約10万人。
基本的には一隻で宇宙の旅が出来るようになっている。
しかしながら移民船団として構成されている際には各艦で役割を分担させているため、現実的に単艦での宇宙の旅は難しい。
母星でも600年ほど使用されており、その耐久性信頼性は折り紙付き。
住人を対象とした超大型のエーテルリアクターが設置されている。
平時はエーテルコーティングを展開してデブリ小惑星等に耐えていた。
それでも稀に漂流してきたデブリ等が付着することがある。
その為、十年に一度くらいの頻度で大掃除が行われる。
噂ではぴかぴかに輝くまで磨かれるとの事。
・ジェネラルアーク級移民船
宇宙に出てから建造された大型移民船。
全長は約100キロメートル。
アーク級はその気になれば惑星に降り、移動型のコロニーとすることも出来るがこの船は完全な宇宙用である。
アーク級から更に区分が変化し、上層が居住ブロックとなっており、中層が工業ブロック。
そして下層がマザーシップ――ASIDのクイーンタイプから鹵獲した大型建造ブロックとなっている。
移民船団を守護する防衛軍の軍艦を始め、アーク級移民船のメンテナスも下層のマザーシップが行っている。
ジェネラルアーク級移民船自体も複数のモジュールに分割されており、それぞれマザーシップで建造された。
マザーシップが無ければ他の艦のオーバーホールを行う事が出来ず、何れは沈むため正しく移民船団の中心である。
居住可能人数は500万人。
第一船団を除いたすべての船ではシップ1となっており、行政機能が集中されている。
裏返すと、シップ1が無ければ移民船団は船団としての構成を維持できず、瓦解してしまう。
◆ ◆ ◆
「分かった?」
「助かったぜ東郷! 教科書読んでも良く分かんねえんだよな」
「全部暗記すればいいんだよ」
「いや、普通はそんな事出来ねえからさ……」
守の呆れた様な驚いたような視線を受けて澪は視線を逸らす。
「一生懸命読めばできるもん」
「うーん、まあ俺も頑張ってみるけど」
拗ねた様な不安がっているような澪の表情を見て守は慌ててそう言い繕う。
実際、暗記しなければテストの時にはまた泣きを見ることになるのだ。
がんばろ、と守も心中で決意する。
別に勉強は好きではない。だが今目の前に居る奴が勉強大好きなのだから仕方ない。
初めて会った時から危なっかしいと思って、守らなくてはと思っていた。
だからこうして必死になって勉強して追いつこうとしているのだが、ふと守は思う時がある。
――別にこいつは俺の助けなんて必要としていないのではないか。
そう考えるとちょっと寂しい。
だと言うのに。
「あ、そうだ。今年も一年よろしくね、とーや君」
軽く微笑みながらそう言われただけでやる気が漲ってくるのだから、我ながらちょろいと守は自嘲した。




