32 澪の誕生日3
966年1月16日。
「おとーさん、おとーさん。誕生日」
の早朝。
肩を揺すられる感触で仁は目を覚ました。
「おとーさん、早く起きて」
「ん……今何時だ……?」
「五時!」
「早い……」
昨日は遅くまで起きていたので少し寝不足気味だった。
「今日はみおの誕生日だよ」
「分かってる……分かってるけどちょっと待って……」
どれだけ楽しみにしてたんだと微笑ましくもあるが、それ以上に眠い。
もう少し寝かせてくれと仁は枕に頭を埋める。
「もーおとーさん起きてよ」
「分かった分かった……」
布団を叩いて催促してくる娘に根負けして、仁は目を擦りながら起きる。
この時期の日照設定は六時から。
まだ外は暗かった。
何かを待つように、仁の前に立つ澪。
それを見て仁は真っ先に言うべきことを思い出した。
「誕生日おめでとう、澪」
「ありがとう! みお、七歳!」
胸を張っている娘の頭を撫でて、今日の予定を考える。
と言っても、昼間は澪も学校だし、仁も訓練校で仕事がある。
仁にとっての本番は夕方だった。
ただ澪にとってはそうではない。
学校に行き、揚々と友達二人に伝える。
「みお今日誕生日だった!」
「はあ!? そう言うのはちゃんと事前に言いなさいよね! プレゼント余らせられないじゃない!」
「プレゼント余らせられないって凄い文章だなあ……でもどうしよう。何にも準備してないよ」
突然の誕生日宣言に、エミッサと雅は二人で頭を突き合わせてプレゼントを考える。
その二人の前に。
「お、東郷。誕生日おめでとう。ほい、プレゼント」
と守があっさりプレゼントを渡していった。
「東谷! 何でアンタ澪の誕生日知ってるのよ!」
「ええ!? 何で俺怒られてんの?」
理不尽な怒りをぶつけられた守が涙目になる。
「おー、とーやくんありがとう。そう言えばとーやくんの誕生日っていつ?」
「4月1日」
「凄いキリ良い日だね……」
「それよりも何で知ってるのよ、このストーカー!」
「プレゼントだけで何でそこまで言われなきゃいけないんだ! 兄貴から聞いたんだよ!」
おーと、澪は納得する。
要するに訓練校で仁達の話を聞いていたコウが、守にも教えたという経緯らしい。
「あ。そうだ」
何か思いついたのか、雅は自分のロッカーの方に駆け寄って一つの栞を取り出してきた。
「これ。ライラックの押し花の栞。澪ちゃんにあげようと思って作ってきたんだ。お誕生日おめでとう」
「きれー。ありがとう!」
雅もちょうど別件で準備していた物をプレゼントし、ここでプレゼントが無いのはエミッサだけとなってしまった。
ちょっと焦りながら何か渡せるものが無いか探している。
「うう……」
だが見つからなかったらしく、涙目になっていた。
「な、何か欲しい物はあるかしら! 何でも持ってくるわよ!」
「ん……あ、じゃあえみっさの髪飾りと同じの欲しい。お揃い!」
「お揃い! 良いわね! じゃあこれあげるわ。うちにまだいっぱいあるし!」
「ありがとうえみっさ」
今、さらっとエミッサが渡した髪飾りは小振りだがトパーズの嵌め込まれた高級品である。
この場の誰もが価値を理解していない事が救いではあったが……。
「でも澪、最初の頃より大分こう、人間っぽくなったわよね」
「え」
「あ、うん。始めた会った時はお人形さんみたいだったと言うか……ちょっと近寄りがたかったというか」
「そう、なの?」
約一年前の印象を語られて、澪は目に見えて落ち込んでいく。
「そうかあ? こいつ、初日で鼻血垂らしてたぞ。初めて会った時から結構馬鹿だぞ」
「馬鹿!?」
とーやくんに馬鹿って言われた!? とショックを受けながらも、何故だか澪は少し嬉しそうな顔をする。
対照的に、流血沙汰を初めて知った二人はここぞとばかりに守を責め立てる。
「ちょっと東谷。アンタ本当に何してんのよ」
「それは無いと思うなあ。東谷くん」
「なあホント待って。こいつが勝手に自爆しただけだからさ……自分から木に突っ込んだだけだから……」
そんな風に言い合う三人を眺めて澪は小さく呟く。
「このままが良い……」
「澪ちゃん?」
「そう言えば、2年生になったらクラス替えがあるって言ってたわね。学力別に」
「え。そうなの?」
エミッサの言葉に、守が表情を曇らせる。
「3月のテストの順位でクラス分けするって言ってたじゃない」
「言ってたね。学力にあった授業を受けさせるって」
「そうなの?」
「マジかよ!」
守は頭を抱える。
この中でぶっちぎりで成績が悪いのは守だ。
逆に全科目満点を取っているのは澪。
エミッサと雅は得意苦手はあれど、いずれも平均よりも高い成績を取っている。
「私たちは来年も同じクラスになる可能性は高いけど……東谷は無理そうね」
「うわ。お前凄い嬉しそうな顔しやがって!」
「まあまあ。東谷くんも運動神経で将来生きていくって言ったし……本望だよね」
「言ったけど……うわあ、マジかよ……」
「とーやくん別のクラス?」
それはちょっと寂しいと、澪は肩を落とす。
「ぐぐ……まだ3月のテストまで一月あるし……」
「万年零点のアンタが今更どうにかなるとは思えないけど」
「お、男にはやらなきゃいけない時があるんだよ!」
そんな感じで澪の誕生日は過ぎていき。
夕方。帰宅後。
「よし、蝋燭七本立てて……」
「ふーってしていい?」
「待て。まだ火を付けていない」
慣れない作業に手古摺りながらも、仁は蝋燭に火を付けて。
「澪、こっち向いて」
「?」
七本の蝋燭を前にしている澪の姿を写真に収める。
「よし、もう良いぞ。誕生日おめでとう。澪」
あの日、船団の片隅で倒れていた少女の誕生日を祝っている。
きっと一年前の自分に言ってもそんな事は信じないだろうという確信が仁にはあった。
令の居ない世界で生きていこうと思えているなんて、仁には信じられない。
「誕生日って単に年齢が増えただけじゃなくて、生まれてきてありがとうとか。今日まで生きてくれてありがとうって意味もあるんだぞ」
「そうなの?」
「ああ」
「みお、生まれてきて良かった?」
その言葉に。仁は息を飲んだ。
澪には仁と出会う以前の記憶は無い。
だが、この一年澪を探しに来る誰かの気配はなかった。
無意識にでも思っているのかもしれない。
「勿論だ。勿論だよ」
ぎゅっと抱きしめる。
それ以外に、仁は澪へ愛情を表現する方法を知らない。
見た事も無い澪の親に、仁は一つだけ感謝をしたい。
澪を手放した事だ。
仁と出会う切っ掛けを与えてくれた事だ。
「俺は澪と出会えて本当に良かったと思ってる。生まれて来てくれてありがとう」
「おとーさん苦しい」
強く抱きしめすぎて、当の澪からは不評だった。
だけど解放されるとうへへと頬を緩めた。
「っと、そろそろできたかな」
澪へのプレゼントも最終工程を終えた。
出来を確認して、澪に手渡す。
「これが俺からの誕生日プレゼントだ」
「本?」
今時珍しい、電子ではない紙で製本されたもの。
何だろうと澪は表紙を捲り。
沢山の自分が写し出されていた。
「澪と会った時からの写真を集めたアルバムだ」
初めて会った時の物。
ジェイクの店で撮った物。
登山の時の物。
訓練校の物。
シャーリーと一緒に写った物。
キャンプでみんなで撮った物。
忍び込んだ巡洋艦の中で撮った物。
水族館、プール、温泉、公園。
この一年で仁と過ごした軌跡がそこにはあった。
前半の方は仁があちこちで集めて来たものだ。同期の警官やジェイクなど大勢の協力があった。
後半は仁の手で取った澪と過ごした履歴。
そして最後に、今切り取ったばかりの情景。
「これからも色んなところに行ってここに写真を増やしていこうな」
「澪、これからもずっとここにいても良いの?」
「当たり前だろ。ここは澪のうちなんだから。どっか出て行かれたらおとーさん泣いちゃうぞ」
そう言うと、澪は小さく頷いた。
「うん……みお、ずっとここにいる」
ぐしぐしと顔をこすりつけて甘えてくる。
「よし。じゃあケーキ食べようか」
「みお、この真ん中のチョコのやつ食べたい!」
「おお、良いぞ。今日は澪が主役だからな。好きなだけ食べていいぞ」
「やったー」
◆ ◆ ◆
七本の蝋燭を立てた誕生日の写真を見て澪は微笑んだ。
ページを捲る。
蝋燭が八本に。
九本に。
十本に。
本数はどんどんと増えていく。
そして一番後ろの空白。
十五本の蝋燭が立てられた写真を載せる予定のページを見て澪は表情を曇らせた。
「おとーさん、まだかな……」
974年1月7日。
超大型種『スタルト』討伐部隊が出撃してから約一か月が経過。
東郷仁。
シャーリー・バイロン。
笹森コウ。
ユーリア・ナスティン。
他数千名未だ帰還せず。




