31 澪の誕生日2
「中尉。それは」
「悪くないと思うんだがな。腕は鈍らせずに済む」
「そうですね。鈍らせないだけです。現状維持が手一杯でしょう」
その現状が当代トップクラスの腕前なのだから問題は無いように思えるが、シャーリーには懸念がある。
「そんな心構えで戦いに挑んだ事なんて無いでしょう」
「まあな」
現状維持では戦友を守れないと仁は知っていた。
だから強くなり続けた。
その歩みを止めるという事が既に仁のメンタルは最も強かった頃とは違う。
「そんな中途半端で復帰するくらいならしない方が良いと思いますけど」
「正直、俺も同感だ」
仁は口元に小さく笑みを浮かべた。
そこに色濃く宿るのは自嘲。
彼自身、その選択が無様であることを自覚していた。
「どの道、最盛期は過ぎていく。後はどれだけ維持できるかだ」
「他の人に任せるというのは無いんですか?」
「無い。アイツだけは俺が殺す。例え届かないとしても、一矢報いたい」
その形振り構わない姿は、一年前までの仁の様でシャーリーは不安になる。
「……多分、そうしないと俺は前に進めない」
視線を指輪を握り締めた拳に落としながら仁は呟く。
「だから他人には任せられない。俺が、自分の手でやらないと」
「本当に、自分に優しくない人ですね」
もう少し楽をして生きればいいのにとシャーリーは溜息交じりに思う。
そう言うと仁はまた笑みを浮かべた。
今度は少し懐かしそうに。
「前にも言ったなそれ」
「そうでしたっけ」
「六年、いやもう七年前か」
「もうそんなになりますか」
「年取ると一年が早いよな」
「私はまだ一年を長いと感じてますので!」
シャーリーの自己申告が真実かどうかは、追及しないでおこう。
「まあ教導隊も今のあいつらが任官してからだな。少なくとも後二年は教官やってるよ」
「良いんですか? 鈍りますよ、腕」
「その鈍った分を差し引いても、あいつ等を鍛えた方が全体のプラスになる」
「えっと、そんなに凄いんです、あの子ら」
どうにも、何時ぞやのバーベキューで遊んでいた姿しか思い出せない。
仁がそこまで評価しているとは意外だった。
「ナスティンは良い目をしてる。狙撃手にも、指揮官にも向く視野の広さだ。ベルワールは……まあちょっとこれから次第だな」
「ふむふむ」
メイに関しては、素直にパイロットと言う訳には行かないかもしれないと仁は考えていた。
やはり、ここしばらくの訓練を見ていると厳しい気配がする。
「笹森に関しては……正直、今の段階でも正規兵よりも動けるかもしれん」
少なくとも個人技と言う点に関しては、比肩する者はほとんどいない。
それこそ比較対象はエースクラスになってくる。
「撃墜数に関しては運も絡んでくるからあれだが……腕ならサイボーグ戦隊も超えるだろうな」
「可哀そうに……若いのに中尉にみたいに人間失格だなんて」
「何で可哀そうなんだよっておい。お前俺の事人間失格だと思ってたのか」
「気付いてなかったんですか」
「ええ……」
あんな告白してきておいてそんな風に思っていたのかと仁は胡乱気な瞳を向ける。
「まあ中尉の考えは分かりました」
「あー。それでだな……」
少しばかり、仁は言葉を選ぶ。
「お前もどうだ?」
「……それは、私も教導隊に移籍しろと?」
「機体の調整。お前以外にやられると調子でないんだよ」
気恥ずかしそうに視線を逸らしながら、仁はそう告白する。
「俺が命を預けられるのはお前が整備した機体なんだよ」
「……全く。私からの告白は保留にしておいて、そうやってまた私を振り回すんですね」
「……すまない」
「謝らないで下さい。と言うかですね。不思議に思った事は無いんですか。何で私が訓練校の機体の整備に回ったのかって」
元々、シャーリーは仁と同じ部隊の整備士だった。
仁が教官になった時に合わせて、彼女も訓練校の整備士となった事。
仁は言われるまで気にしたことが無かった。
「言われなくたって行きますよ。だって、中尉の機体の面倒見れるの何て私くらいなんですから。放置したらあっさり死んじゃいそうですし」
まあそういう事である。
戦場に立つ戦士として、この二人は間違いなく比翼の鳥であった。
仁の操縦に着いてこれるような機体を調整できるのはシャーリーだけで。
シャーリーの調整したギリギリのセッティングを乗りこなせるのは仁だけだ。
だからこそ、二人の縁は別れても途切れなかったし。
だからこそ、仁はシャーリーと共にいても戦場を忘れられず破局へと繋がった。
皮肉にも軍人としての相性が抜群であればあるほど、私人としての相性は下がっていくのだ。
「でも! 忘れないで下さいね中尉。命を投げ捨てる事なんて許しませんから。私の告白受け入れてくれるまでは絶対に」
「イエスしか認めねえのかよ……」
「当然です。絶対にあと十年でイエスって言わせて見せますから」
シャーリーの再度の決意表明に仁は答えない。
ただ、と仁は思う。
もしもあの超大型種を倒せたら。
その日こそ、令がどこにもいないと認められる気がする。
そうしてからでないと、先の事なんて何も考えることが出来ない。
その確信があった。
◆ ◆ ◆
1月15日。
何時もの様に訓練校で講義を終えて、何時も通りに食堂で澪と食事をしていると。
「ほらよ、嬢ちゃん。一日早いけどおめでとう」
ジェイクから包みを渡される。
「じぇいくありがとう」
「いかがわしい物じゃないだろうな」
「お前は俺を何だと思ってんだ……子供用の調理器具だよ」
「おー。おうちでお料理できる」
流石に包みをこの場で開ける事はしないが、澪は包みを持ち上げて喜んでいる様だった。
「あ、ジェイクに先を越されましたか。はい、澪ちゃん私からです。ちょっと重いですよ」
「しゃろんもありがとう」
何だろうと包みを振って中身を当てようとしている澪を見て、仁は笑いを堪える。
流石にそれで当てられないだろうと。
「ちなみに中身はバスボムです」
「おー。爆発する奴だ」
「爆弾……?」
「中尉はもうちょい、世間を学んでください」
入浴剤の一種だと教えて貰って仁は一つ賢くなった。
お風呂好きな澪には嬉しい贈り物だろう。
「ふっふふ。私達三人からもありますよ。はい、どうぞ」
そう言いながらメイが渡したのはラッピングのリボンを結ばれた大きなぬいぐるみ。
「でっかいペンギンだあ」
渡された澪の身体の半分が隠れる程のサイズ。
ふらつき始めた娘を見て仁は慌てて支えに走る。
ぎゅっと抱きしめて緩んだ表情をしている。
リアクションがシンプルなだけに気に入っているのが良く分かる。
「どうしたんだこれ」
「ユーリアが巻き上げてきました」
「人聞きの悪い言い方をしないでってば! 射的大会の景品です!」
三人で街を歩いている時に偶然見つけたらしい。
軍人お断りだったらしいが……訓練生なのでギリギリセーフだろう。
「まあ実際は私一人で取ったんですけど」
「おい、見つけたのは俺だろ」
「参加しようって言ったのは私ですよ」
「笹森は真ん中あたりでしたし、メイに至っては最下位争いしてましたし……」
どうも、入手に至るまでこっちはこっちで苦労があったらしい。
「みんなありがとうございます!」
欲張りにもプレゼントを全て抱きしめながら澪は深々と頭を下げる。
ちゃんとお礼を言えて良かったと仁は澪を褒めてやりたい。
「……ところで何でみおはプレゼント貰ってるの?」
「そこからか」
思いもよらぬ疑問にみんな気の抜けた笑みを浮かべる。
澪の世間知らずと言うか天然振りはこの一年間でみんな慣れた。
「明日は澪の誕生日だよ」
「おお……みおにも誕生日があったのか」
「そりゃもちろん」
だが確かに、と仁は思う。
過去の記憶が無い以上、誕生日がいつか何て澪には分からない。
もしかしたら自分には無いと思っていたかもしれない。
「よかったあ。みんなと一緒だ」
こんなに心の底から安堵している様子を見ると、もっと早くに教えてやればよかったと仁は後悔する。
「明日はうちでパーティーするぞ」
「お誕生日パーティ?」
「そうそう。俺が準備するからあんまり豪勢にはならないけど」
「ううん! 嬉しい!」
急激にテンションが上がった澪。
やはり子供はパーティが好きなのかと仁は思う。
「はやく明日にならないかな」
そわそわと、待ちきれないとばかりに澪は身体を揺らしていた。




