18 ただの前哨戦3
三回目。
こうして仁が黒騎士と相対するのは三回目だ。
一度目ならば偶然だろう。
二度目も、まだそうだと言い張れた。
しかし三度目。
これをただの偶然だと片付けることは仁には出来ない。
ならばそこにある何かの必然。
無意識に、仁はその答えから目をそらす。
三度の全てに関わっているのは仁だけだ。
そしてその仁に心当たりが無い以上、やはりこれは偶然なのだと言いたい。
――本当に?
その心の底から湧き上がってくる問いかけに。
仁は意識を取られずにはいられない。
その三回。
その全てにおいて、一つだけ共通項が有る。
――ダメだ。
気付いてはいけない。
気付いてはいけない。
そんな事はあり得るはずがない。
一度目の時。その直前に何があった?
二度目の時。その時仁はどうなっていた?
三度目の時。黒騎士は現れて真っ先に何をした?
――その三回全てにおいて、本当に関わっていたのは。
装甲に黒騎士の長剣が掠めた音がした。
金属同士が擦れ合う微かな音色。
仁のレイヴンが姿勢を僅かに崩す。
強い。
やはりこの個体は圧倒的に強い。
ASIDのサイズとリアクターの出力は概ね比例している。
サイズが大きくなればリアクターの出力も高まっていくのだ。
それは人類製のエーテルリアクターにも同じことが言える。
アサルトフレームサイズで高出力のリアクターを生み出すのは容易ではない。
故に、艦船用のリアクターなどはそれだけで数十メートル、百数メートルもある巨大構造物だ。
だが黒騎士は――というか人型は違う。
アサルトフレームと同サイズのリアクターで、100ラミィやら1000ラミィやらの出力を実現しているのだ。
そのロジックは分からない。
先日の大襲撃の際に残された残骸から、解析しようとしていたのだが上手く行っていないのが実情。
ただ、その高出力とアサルトフレーム程度という小サイズが組み合わさると途端に凶悪な存在となる。
数百メートル、数キロメートルのクイーンクラスならば薄く纏うエーテルコーティング。
それを僅か20メートル足らずのサイズに凝縮させるのだ。
表面積で考えれば数十倍の強度を持っていると言ってもいいだろう。
それは他のあらゆる点でも言える事。
攻撃力も、機動力も大型のクイーンより遥かに収束されている。
初回は全霊を傾けて尚後手に回った。
二回目は戦いにすらならなかった。
距離を取れない。
本来ならばこの近接戦闘の距離は仁にとってベストではない。
振るわれる長剣をエーテルダガーで必死に捌いていく。
時折その刀身が装甲を掠めていく。
擦過音がする度に仁の寿命が縮むような気さえした。
本当ならば澪の事を考えている余裕なんて無い。
戦いの場において余分を持ち込んだ結果が先ほど掠めた一刀だ。今のこの状況だ。
いくら黒騎士が相手でもここまで一方的になる事は無い。
仁が集中して、相手の先を読むことが出来れば。
だがその集中が上手く行かない。
雑念が入り込んでくる。
人型ASIDが真っ先に攫ったのは誰だったか。
あの日、レオパードのコックピットにまで届いた声は誰の物だったか。
計算能力の高さと記憶力の良さはどこから来たものなのか。
漂流していた仁を黒騎士が助けに来たのにはどんな理由が。
本来厳重なセキュリティである筈の訓練校のゲートを突破してしまえたのは。
シャーリーの言っていた面倒な計算を瞬時に解けたのはどうしてか。
唐突に目覚めたクイーンと、その群れが真っ先に狙いに来たその訳は。
仁が目を瞑っていた事が次々と思い浮かんで来る。
その全てに関わっていた相手が、普通の人間では無いという事を仁に伝えてくる。
その疑念の一部だけならば、移民船団にも解法があった。
移民船団の旗艦、シップ1に搭載されているマザーファクトリー。
それはASIDその物をコピーして作り上げられた物。
故にコントロールにはASIDと誤認させないと行けない。
それ故に、ASDIのナノマシンで敢えて肉体を侵食させ、生機融合体とする移民船団の暗部。
倫理的にも問題のある方法で、一般市民からは隔離された情報だ。
仁はシャーリーからその存在を聞いていた。
その特徴。
高い計算能力を持つという事。
拒絶反応を抑えるために子供の内に施術することが多い事。
電子機器に対して干渉が可能である事。
故に、仁はそうなのでは無いかという疑いを以前から持っていた。
共通項が多い。
とは言えそれを突っ込んで調べようにも伝手が無い。
実質的に、相手のアクション待ち。そしてその動きが全く無いと来ていたのだから。
だがそれだけでは説明のつかない事が沢山沸いて出てきている。
それで説明が付かないのならば。
残った可能性というのはそう多くはない。
そしていずれも荒唐無稽とされる物――つまりは妄想に近い。
だってそんな事有り得る筈が無いのだから。
黒騎士の長剣がレイヴンの肩を捉えた。
バランサーの役割を持つ肩部装甲が半分ほどになり、滑らかな断面を晒す。
落下した装甲が、メルセの地表に埋め込まれた。
戦いの場で戦い以外の事を考えていた代償だ。
それだけで済んで良かった。
相手次第では今ので終わっていたかもしれない。
ダメだと仁は思う。
このままでは死ぬ。
理由は定かではないが――本当に? ――黒騎士からは怒りを感じる。
何時ぞや対峙した時と同じ。
同胞を傷つけられた怒りだ。
二回目の時の様に戦う気が無い訳ではない。
隙を見せたらその怒りのままに仁の命を奪っていくだろう。
「関係有るか……」
仁は己の懊悩を断ち切ろうと声を張り上げる。
そうだ。関係が無い。
例え、並外れた計算能力を持っていたとしても。
例え、人型と何か関りがあったとしても。
「お前を倒せば全て解決する!」
眼前に広げられた弾幕に、黒騎士も堪らず後方へと飛びずさる。
防戦一方だった仁の反撃に警戒度を強めた様に、直ぐには距離を詰めず仁機の周囲を回り始める。
背を向けぬ様に、牽制射撃を撃ち続ける。
三度の邂逅。
その理由が何であろうと関係ない。
結果を排除してしまえば、原因が発生しても問題ない。
因果関係を逆転させた結論。
因を排除するという選択肢が仁には取れない以上。
果を消し飛ばすしか無い。
対処療法と言われても仕方ない。
きっとこれが他人の事だったならば、仁も根治を――即ち根幹原因を断つべきだと言うだろう。
だが出来る筈がない。
そんな事出来る筈がない。
だってそれはつまり――を排除するという事。
「そんな事をするくらいなら俺は――」
言葉が続かない。
俺はどうするというのだろうかと仁は思う。
もしも本当にそうだとしたら。
どうしなければいけないのか。
どうしたいのか。
――嫌だ。
そんな選択はしたくない。
この数か月とこれまでの二十数年を秤にかけたくなんて無い。
かけたくなんて無いから――また目を瞑る。
結果だけを撃ち滅ぼすことに専念しようとする。
エーテルカノンが火を噴いた。
ここまで温存されていたエーテルライフルとは比較にならぬ大火力。
黒騎士も虚を突かれたのか、砲火が装甲の表面を舐める。前腕部装甲が融解し――しかし仁の見ている前で再生した。
ナノスキン装甲。それがASID由来技術である以上、ASIDが同様の機能を持っているのは自明の理。
ASID由来のナノマシンであれば、様々な事が出来る。
第三船団ではそれが顕著だ。
仁自身その恩恵を十分に受けているのだから。
故に、第三船団で体内にナノマシンが存在している事へ疑問を抱くものなどいない。
完全に擬態したナノマシンは、通常の検査では区別が付けられない。
付けられるようでは意味が無い。
専門の機器で無いと判定が出来ない物だ。
また雑念が入り混じった。
その雑念を消し飛ばすように叫ぶ。
「アイツは俺の娘だ!」
それ以外の何物でもない。
例え血の繋がりが無いとしても。
自分と娘は親子なのだと仁は叫ぶ。
「親が子を見捨ててどうする! 親が子を疑ってどうする!」
仁は親の顔は知らない。
親とはどういう物かを知らない。
だからこれは幼い頃の仁の叫びでもあった。
それを求めていた頃の叫びであった。
「親は子供を守る物だろう!」
或いはその叫びは、仁自身が一番そう信じたいだけなのかもしれない。




